ウチのお嬢は強いので。
関西弁わかんないけど書きたい!!と思って書きました。温かい目でご覧ください。
「お、おい、アンタ!あの子の連れだろう!?」
「まぁ、そうですけど」
「助けなくていいのか!?」
焦った様子で、広場の中心にある噴水を指差す屋台の親父に、朔弥は溜息をついた。
「あー、いいんですわ。別に」
「いいってことはないだろ!!あの子、殺されちまうぞ!?」
焦る親父が指差す先には、人だかりが出来ていた。その中心にいるのは、水色のワンピースに身を包んだ、まだ幼さの残る顔立ちの少女。陽に当たり輝く金色の髪に、スッと通った鼻筋。青い瞳には、まるで吸い込まれてしまうかのような妖艶さが漂っている。まさに、美少女というのが相応しい顔立ちである。
そして、その美しい少女が、ナイフを構えるガタイの良い男の前に、仁王立ちしているのだ。
「あぁ!!危ない!!」
男が少女に向かって、ナイフを振り上げた。
誰もが、この後起こりうる最悪の事態を予想して、叫び声をあげた。
そんな悲鳴を聞きながら、朔弥は咥えていたタバコの煙を燻らせて、本日二度目の溜息をついた。
「……ウチのお嬢に、勝てるわけないやろ」
雲ひとつない空に向かって煙を吐き出すと、朔弥はどっこいしょ、と立ち上がった。
その隣に、誰もが男にナイフで切りつけられて、血塗れになるだろうと予想した、あの美しい少女が立っていた。
「行きましょう、朔弥」
「ほいほい」
綺麗な、金色の髪を靡かせて歩き出す少女の後に、続いて歩く。
チラリ、と広場から離れる際に振り向くと、完全にノビている男が、憲兵に連行されていくのが見えた。
「……お嬢、手ェ痛くないんですかい?」
「あぁ、これですか?」
朔弥の言葉でようやく気が付いた、といった様子の少女は、自分の手の甲に付いている血をハンカチで拭った。
「問題ありません。あの男を殴った際に付いた血のようです」
ニッコリと微笑む少女に、ドギュンッ!!と道行く男たちの心臓が撃ち抜かれる音が聞こえた。
まさか、誰もこの美しい少女がついさっき、自分よりも遥かに大きな男を投げ飛ばした、などとは思わないだろう。
可愛らしく微笑みながら、手の甲についた相手の血を拭っているなどと、誰が思うものか。
「………ウチのお嬢は、ほんまにお強いわぁ」
本日、三度目の溜息が漏れた。
***
『アーベルバンド』といえば、この国で知らない者はいない、と言われる程の資産家である。
まだ、他国との戦いが絶えなかった頃は、先頭で指揮をとり、貧困で国が荒れていた頃は、その財を惜しげもなく国の為に投資した。
そんなアーベルバンドの一人娘であるレイお嬢様は、その見目麗しい姿から、誘拐や痴漢といった、ありとあらゆる悪の手から逃れるために、これまたありとあらゆる護身術やら戦闘術を身に付けていた。
そのおかげで、今回のような暴漢からも逃げる(もとい、ボコボコにする)ことが出来たのである。
「あ〜〜、なぁんでこんな事になっとるんでしょ〜〜〜〜」
ギシギシと軋む椅子に手足を縛られた朔弥は、灰色の天井を眺めながら呟いた。
ついさっき、広場の大通りから離れてすぐに、後ろから鈍器で殴られ、気が付いたらここに手足を椅子に固定されていたのだ。
「うるせぇ!!黙ってねぇとぶっ殺すぞ!!」
「あぁ、すんません。殺さんといて」
後頭部に銃を突きつけられて、朔弥は首を竦める。その様子を見ていた見張りの一人が、ゲラゲラと声を上げて笑うと、朔弥の顎を銃で持ち上げた。
「あのアーベルバンドのご令嬢は、何でこんな使えない奴を側近にしてんだかな?」
「さあ、自分にもわかりませんわ」
庭師のおっちゃんにも同じこと言われたなぁ、と考えながら朔弥は周りをグルリと見渡した。
朔弥と、見張りが二人。それ以外は何もないコンクリートの部屋。
(カーテンは閉められてるけど、外はまだ明るいわ。薬使われたわけでもないみたいやし、丸一日は経っとらんな)
攫われてから、そう時間も経っていないという事を確認して、朔弥は大きく欠伸をした。
そのまま、目を瞑る。
「テメェ、何寝てんだ!!」
「何って…、煩いっておっさん言うたやん。せやから邪魔しないように、昼寝するんや」
「舐めてんじゃねぇぞ!!」
鈍い音がして、朔弥は椅子ごと床に倒れこんだ。
殴られた頭から、血が垂れる。生温かいそれに顔を顰めると髪を掴まれ、無理矢理上を向かせられた。
「なあ、知ってんだぜ?」
朔弥の顔を覗くように首を傾けた男は、ニヤリと嫌な笑い方をした。
「おめぇ、アーベルバンドのお嬢様を殺そうとしたんだろ?」
「………何の話や」
「隠すこたねぇって!アーベルバンドにケンカ売ろうってんだ。オメーの事はしっかり調べてあるぜ」
掴んでいた髪を離すと、男たちはゲラゲラと笑いながら部屋を出て行った。鍵の閉まる音と、遠ざかる足音が聞こえなくなってから、朔弥は大きく息を吐き出した。
もう、15年も前の話だ。
人売りに売り飛ばされて、酷い扱いを受けていたのは。来る日も来る日も、家主からの暴力に耐えて仕事をした。必要がなくなると、また人売りに売り飛ばされて、違う家主を転々としていた。
そんなある時、新しい家主から殺しをするようにと命令された。そのターゲットが、まだ一歳になったばかりのアーベルバンドのご令嬢、レイだった。
やらなければ、逆に殺される。その恐怖に駆り立てられ、楽しく休日を過ごしていたアーベルバンド一家に銃を向けた。当然、すぐに捕らえられたが、その時、当主は朔弥の顔を見るなりこう言った。
「レイの側近にならないか?」
自分の娘を殺そうとした人間に対してそう言うと、当主は朔弥を抱き上げて、レイと妻の元へと連れて行った。
「なあ、この子をレイの側近にどうかな」
「まあ!いい考えですわねぇ!」
ニコニコと笑い合う夫婦を横目に見ながら、今ならこの子どもを殺せる、と首元に手を伸ばした。
絞め殺したらいいんだ。そしたら逃げよう。全部、色んなモノから逃げてしまおう。こんな子ども知らない、関係ない、と触れる寸前。
ーー温かい、幼い手が朔弥の手に触れた。
ヨダレまみれの小さな手は、今まで感じた事のない温かみに満ちていた。
その温かみを感じると同時に、朔弥の心臓は罪悪感に押し潰された。
何も知らない赤ん坊を殺そうとした自分に、吐き気が込み上げてくる。
「う、ぁ……っ」
涙が溢れ落ちて、赤ん坊の額に落ちた。
止めどなく溢れる涙を拭くこともせずに、朔弥は誓った。
この幼い、無垢な子どもを守ろう。殺されそうになった事さえ分からないこの子どもを守ることが、きっと自分の役目なのだ。
「って、思ったんやけどなぁ……」
深い溜息をついた朔弥は、苦虫を噛み潰したような顔をして、天井を見上げた。
そう、まだ当時10歳だった幼い自分は、お嬢を守ろうと確かに誓ったのだ。その為にたくさんの体術を教わってきた。国の大会で、大人達を倒して優勝したことだってあった。
それなのに、まるで「お前は必要ない」とでも言うかのように、お嬢は護身術やら何やらを身に付けて、今では自分よりも遥かに大きな男でさえ、投げ飛ばせるまでに成長したのだ。
「喜んで良いのかわからんわ」
幼い頃の誓いを打ち砕かれ、今ではただの付添い人である。それどころか、こんな風に捕まって思い出に浸っているなど、15年前の自分は想像しただろうか。
本日、何度目かも分からない溜息が溢れる。
と、乱暴に鍵を開ける音がして、先程とは違う男が二人、部屋に入ってきた。
「お前、あのガキの連れだな?」
「ガキって誰のことですかいな」
「とぼけてンじゃねぇぞ!!」
髪を掴まれ、無理矢理顔を上げられる。そのまま、銃で思い切り横殴りにされた。
鈍い音と同時に、口の中に血の味が広がる。
「もう一度聞くぞ。あのガキの連れだな?」
「……何のことかわからんわ」
ニンマリと口の端を釣り上げた朔弥に溜息を吐くと、男はポケットに手を突っ込んで、何かを取り出した。
ハラリ、と床に落ちたそれに朔弥は目を見張った。
「これ、何だかわかるな?」
「………何、したんや」
「あ?聞こえねぇよ!!」
髪を掴んでいる男が、再び朔弥の顔を横殴りにする。ゲラゲラと笑いながら朔弥の耳元に顔を寄せると、男は楽しそうに話し始めた。
「あのガキ、「サクヤは無事か」って煩くてよ」
「……」
「脅しついでに髪を切ってやったんだよ。そしたら、綺麗な顔に傷が付いちまってなぁ」
「………」
「用が済んだら、どっかの貴族にでも売り飛ばしてやろうと思っててよ」
「………だよ」
「あぁ?何だよ、聞こえねぇよ」
「うるせぇんだよ」
ガツンッ!!!!
鈍い音がして、男が倒れる。
「テメェ…っ!!」
「お前も、いつまでお嬢の髪の毛握ってんだ。殺すぞ」
朔弥が手首を軽く振る。すると、袖から小型の銃が現れた。
パンッ!!!と乾いた音がして男が倒れる。
それに目すら向けず、朔弥は再び手首を捻ると、腕に仕込んだナイフで縄を切る。
頭突きした頭がガンガンと痛み、血が流れる。それを乱暴に拭って、足の縄を手早く解いて立ち上がる。
「ま、て…」
足を掴まれて振り向くと、頭突きをされて、頭から血を流す男が、焦点の合っていない目で朔弥を睨みつけていた。
「テメェ、ゆるさねぇ…」
「……なぁ、ええ事教えたるわ」
銃をゆっくりと向けながら、朔弥はニッコリと微笑んだ。
ーー次、誰かを捕まえるときは、全裸で捕まえた方がええで。
パンッ!!
再び、乾いた音が部屋に響いた。
***
朔弥は私のことを嫌っている。
5歳の誕生日に父の商談相手から、貴女の側近は貴女を殺そうとしたのですよ、と言われた。
今考えれば、ただの嫌がらせだったのだろう。
父に商談を断られた直後、誕生日でニコニコと喜んでいた私を見つけて、腹いせに泣かせてやろうくらいの気持ちで言ったのだ。
けれど、その言葉はずっと私の中で木霊していた。16歳になった今でも、その言葉は私の心にズッシリと重くのしかかっていた。
ーーさくや は どうしてわたしの そばにいるの?
泣きながらそう尋ねた私を抱き上げて、朔弥は涙を拭ってくれた。
ーーお嬢を守るためですわ。せやから、泣かんといてください。
困ったように笑って言う朔弥。
いつも抱っこをしてくれる、優しい朔弥。
泣いていたら、涙が止まるまでずっと側にいてくれる朔弥。
ーーさくや だいすき。
……だから、朔弥を自由にしてあげなきゃ。私が弱いから、泣き虫だから、朔弥は嫌いな私を守らなきゃいけないんだ。だったら、私は強くなる。強くなって、朔弥に「もういいよ」「もう守ってもらわなくても平気だよ」って言うの。本当は離れたくないけれど、仕方ないの。
だって、朔弥のこと大好きだもん。
「……外が騒がしいな」
男がドアを睨みつけて呟いた。
今、この部屋にいるのはレイと男が二人。二人とも銃を持ちながら壁に凭れ掛かり、レイを見張っている。
「随分と大人しくなったな?」
「朔弥が無事だと確信しましたから」
ニヤリと笑う男に微笑み返すと、癇に障ったのか、苛立たし気に舌打ちをした。
さっきまで此処にいたよく喋る男は、レイが「朔弥は無事か」と騒ぐと、脅しのつもりか、レイの腰まである髪を掴んで切ってしまった。それを、嬉々として何処かへと持って行ったのだ。
「あの野郎、軽率な行動は控えろと言ったのに」
もう一人の男が、深い溜息をこぼす。
そう、レイの髪を切って持って行った、ということは、この建物の何処かにいる朔弥へ、それを見せに行ったということだ。
レイの髪を見せて脅すつもりなのだろうが、そんなに上手くいくわけがない。
(…朔弥は私の事が嫌いだもの。私がどうなろうと、朔弥にとってはどうでも良い事なんだから)
きっと、朔弥は助けに来てはくれない。
そんな考えが、頭の中に浮かんでしまった。
途端にポロポロと涙が溢れて、零れ落ちる。
「おいおい、恐くなったか?」
突然の涙に一瞬驚いた後、男達はゲラゲラと笑いながら、レイへと近づく。そのまま、レイの顎を掴むと無理矢理上を向かせた。そうして二人で目を合わせると、嫌な笑顔を浮かべて、猫なで声で囁いた。
「なぁ、あの男を助けてやろうか」
「………ぇ?」
パッと顔を向けると、男はレイの真っ白な頬にザラついた指を滑らせた。
「お前が俺達の言う事を聞くってんなら、あの男を助けてやるよ」
ゆっくりと、お気に入りのワンピースの襟に男の指が触れる。リボンが解かれて、床に落ちる。その音を聞きながら、レイは目を閉じた。
ーーコレで朔弥が助かるのなら、安いものだわ。
「綺麗な顔だなぁ。ほら、こっちを向け」
男の顔が近づいてくる。顔を背けたい気持ちを懸命に抑え、レイはその美しい顔を上げていた。
本当は泣き叫んで、朔弥の名前を呼びたい。
でも、そんな事をしたらきっと朔弥に迷惑がかかってしまう。
「…………さくや だいすき」
ーーできる事なら、全部初めてのは朔弥が良かったなぁ。
唇が、あとほんの数センチで触れる。
その瞬間ーーー。
ダダダダダダッ!!!!!
「何だ!?」
外から激しい銃声が聞こえた。
男達はすぐに銃を構えると、ドアに向かって躙り寄る。そして、ドアの目の前に立つと、声を張り上げた。
「何があった!?」
「応答しろ!!」
静まり返った廊下からは、返答がない。二人は顔を見合わせると鍵を外して、外を覗いた。
バキッ!
鈍い音がして男が二人、その場に倒れこむ。そのまま、外にズルズルと引っ張られていく。パンッ!と、二回乾いた音がした。
そして、勢い良くドアが開かれ、汗だくの朔弥が部屋に入ってきた。
「お嬢…っ!!!」
レイの顔を見るなり、険しい顔を崩して途端に情けない顔になった朔弥が、レイの縄を解いていく。
手足が自由になると、朔弥は大きな腕で強くレイを抱きしめた。
「さ、くや…どうして…」
レイが呟くと、朔弥は困ったような顔で笑い、そして涙の跡が残る頬を優しく撫でた。
「お嬢を守るために来たんですわ。ちょっと、遅れたみたいやけど」
申し訳なさそうに、切られた髪に触れる朔弥に首を振る。
何か言わなくちゃ、と口を開くが涙が溢れそうになって、顔を伏せた。
「ど、して…、来てくれた、の…?」
何とか絞り出した声は、情けなく震えていた。
朔弥は、私の事が嫌いなのに。
どうしてこんな危険な目に遭ってまで、助けに来てくれたの?
その答えを聞くのが怖くて、レイはギュッと手を握りしめた。
「そんなん、決まってますやん」
呆れたように溜息を吐いた朔弥が、大きな手でレイの頬を優しく包んで、目の渕に溜まった涙を親指で拭ってくれる。と、いつもの優しい困ったような笑顔で朔弥は口を開いた。
「昔っから、泣き虫なお嬢の涙を拭くのは、自分の仕事だからですわ」
ーーいくらお嬢が強うなっても、この仕事だけは譲る気ないで。
「朔弥…っ」
「ほんまに、泣き虫なお嬢さんやなぁ」
ほら、と腕を広げた朔弥の胸に、レイは飛び込んだ。
いつも優しい朔弥。
私が泣いていたら一番に来てくれて、涙が止まるまで側に居てくれる、大好きな朔弥。
「……朔弥、大好き」
抱っこをされながら、心地良く揺れる腕の中で、レイは呟いた。
きっと聞こえていない。それくらい小さな呟きを残して、レイは目を閉じた。朔弥の大きな腕の中で、意識を手放す。
「………勿体無いお言葉ですわ、お嬢」
完全にレイが眠ったのを確認して、朔弥はレイの額に唇を寄せた。
いつからだったか。お嬢が抱っこをせがまなくなったのは。泣くと直ぐに「さくや、さくや」と腕を伸ばしてきて、抱き上げると嬉しそうに笑う、あの泣き虫なお嬢が、泣かなくなったのは。
「…あんま、強くならんといてください」
ーー泣いたってええんです。自分の仕事は、お嬢の涙を拭くことですから。
「……なぁ、泣き虫なお嬢さん」
どうか、この小さな温かい手が皺くちゃになるまで、側で見守らせてくれや。
そう呟くと、朔弥は再びレイの額に唇を落とした。
どっこらよっこいしょ〜〜〜〜