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INDOMITABLE PLANTMAN#1

 ある程度コミックのヒーローの悲惨さを見て覚悟を決めていたアールだが、現実に己がヒーローとして当事者になってみるとやはり想像以上に辛い経験をしたものであった。世の中の理不尽を知り、それでもヒーローを続けるアール・バーンズの不屈の物語を綴る。

登場人物

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…ヒーローを始めて世の中の様々な側面を知ったエクステンデッドの青年。

―ジェイソン・アイオルコス…バーで出会った青年。



『それこそが、俺達みんなの勝利の瞬間なんだ』

――ニッケルバック



10月:ニューヨーク州、マンハッタン


 少し寒さが感じられる季節となってきた。朝方は冷え込むようになったと同僚達が言っていたが、しかし既に尋常ならざる能力を手に入れたアールは鈍感になったのかそれとも寒さへの耐性が上がり過ぎたせいか、その変化がよくわからなかった。去年の冬やその前の冬には気にならなかった事とは言え、最近になって己がある種のアウトサイダーであるような気がして、得体の知れない孤独に震えた夜もあった。

 それはそれとして、ヒーローとして社会に貢献するという行為は知らなくてもいい様々な世間の側面を知る事と同義であり、それ故酒に酔って忘れたくなる日は何度もあったが、その日の有り金全てを注ぎ込もうと既に超人的な肉体の持ち主である彼は酔う事を許されなかった。かくして栄えあるネイバーフッズの一員となった事で、己の日常生活が社会派ドラマの脚本のように様変わりした――大抵の場合において後味がよろしくない。そのため彼は人々の温かさを感じられる出来事や、ベターな事件解決に慰めを見出していた。彼は今となって、尊敬するチームリーダーのメタソルジャーが抱える酔えない辛さがよくわかった。


 酔ったふりをして飲む事にも慣れ、周りの客に混じって佇み、そして時にはスポーツ観戦で一喜一憂する夜が増えた。彼は元々外出する事はそれ程多くは無かったものの、ヒーローをやり始めてからというもの、ビデオゲームや本などを読む代わりに飲みに行く夜が多くなっていた。もちろんバランスは取れていたから、例えば最近のメインストリームのコミックのストーリーを追い掛け切れないというような事まではなかった。

 おたく気質であった己がかようにして夜の街で飲んでいる事を不思議に思いながら飲んでいた10月のある夜の事であった。先程まで一緒に飲んでいた50代後半の男は湾岸戦争での数奇な運命、冷え切っていた妻との奇跡的な復縁、そしてその妻との満ち足りた死別について語ってくれた。彼はいつの間にか人々と話をするのが前よりも好きになっており、それらはまるで物語を読むように多種多様な『普通の人生』を語ってくれた。彼自身は己がエクステンデッドである事もヒーローである事も隠しているとは言え、それを抜きにすると己の人生には人に語って聞かせる程のエピソードが無いように思え、そこはコンプレックスを感じる他無かった。

 彼が世界で一番可愛いと思っているフィリスならそうした様々なエピソードを元にして、素晴らしい小説を書ける事だろう。エピソードと言えばあのヴァリアントの少女は――。

 いや、違うだろう。人生を悲観するな。お前はもう簡単に自殺できるような肉体じゃないからな。彼が自嘲して気を入れ替えようと努めながらカウンター席でジョッキを呷っていると、先程の男性が座っていた隣席に誰かが座った。こんな夜だし挨拶でもするかと思い、回転する椅子をするりと回してそちらへと振り返ると、そこには彼と同年代か少し下ぐらいの青年が座っていた。まず目を惹いたのは額の縦に走る大きな陥没タイプの傷であり、それは本来かなり痛々しい印象を与えるはずであった。だが次に軍人のように短い坊主頭に切り揃えた茶色の髪が見え、顔は彫りが深く整っており、アールは己自身を結構ハンサムだと思っているにも関わらず少し嫉妬させられた。優しい目をした青年はやあと言い、ジョッキを置いたアールも片手を挙げて挨拶を返した。ふと耳を済ますと後ろの席に座っている男が連れ2人に刑務所内で遭遇した九死に一生とでも言うべき事件について熱弁していた。

「俺はアールだ。よろしく」

 あれ、俺ってば超人的な五感持ってるのに誰かの接近にも気が付けなかったっけと彼は不思議がった。どうやらそれ程思考に割いていたらしかった。

「僕はジェイソン・アイオルコス。気軽にジェイソンって呼んでよ」

 青年の口元には柔らかな笑みが浮かび、ドラマに出てくる多感な主人公の青年であるようにも見えた。額の傷さえも彼をセクシーに見せている気さえした。

「わかった。じゃあさ、一人寂しく飲んでる哀れな俺の飲み相手になってくれないか?」

「いいね。せっかく会えたんだし、これも何かの縁だろうね」

 言いながら青年は柔らかく微笑み、とりあえず地ビールを注文していた。その様子は爽やかで、この季節に吹く風のようにさらさらとしているように思えた――だと言うのに、何故この青年はどこまでも悲しく見えるのだろうか?

 アールは己のそうした思案を悟られぬよう、前の曲が終わって流れ始めたコール・スウィンデルの『ホープ・ユー・ゲット・ロンリー・トゥナイト』に合わせて体を揺らして口ずさんだ。


 話はあちらこちらにふらふらと流れ、やがてジェイソンは古い時代の昔話をしてくれると言ってくれた。アールはそうした話も好んだから、それを喜んだ。

 ある所に王子がおり、彼は王位を継ぐはずであったが悪辣極まる叔父によって山に捨てられ、危うく朽ち果てるところであった。野の賢者が彼を拾い、立派に育ててくれたという。都では叔父が王位に就いたものの、彼はとある預言を恐れたらしかった。

 ふむ、とアールは唸った。今まで様々な本を読んだ――映画化されそうなサスペンスから量子力学の本まで、面白そうなものは色々と読んだものだから、どこか既視感のある昔話に思えた。どこかで聞いた事あるねぇ。ああ、言われてみれば結構有名な話かもね。でも答えは言わんでくれよ、自分で思い出したいんだ。

 成長した王子は都へと戻るため旅立ち、やがて川辺にやって来た。そこには老婆がいて、彼女は己を向こうまで渡してくれと王子に頼んだ。無論の事優しい性格をした王子はそれを承諾したが、川の流れが急だから渡るのには随分苦労させられた――ともあれ対岸へと辿り着き、老婆は約束通り川を渡れたのであった。すると老婆の正体はさる実体であり、彼女に励まされた王子は勢いを得てそのまま帰郷したという。

 アールは『実体』という言い方が気になった。言葉そのものはそれ程変ではないが、こういう言い方をする者達は大抵尋常ならざる連中であるからだ。だがまさかな、とも考えた。そしてウイスキーを飲みたくなり注文した。

 無事故郷へと帰還した王子は父やあの邪悪な叔父とも再会したが、王子の姿を見た叔父は気が気でなかった。というのも、王子が川を渡った際にある事が起こったため、王子の恰好が預言通りのものになっていたのだ。叔父は預言を盾に王子を再度追放し、ある伝説的な宝物を得るまでは帰還を許さぬとしたが、優しい王子はそれを受け入れた――代わりに王子は、もしもその偉業を達成できたら己に王位を譲る約束をさせた。

 途方もない大冒険を見越して王子は参加者を募り、依頼して作ってもらった職人技の神々しい大船――どうやら比喩抜きで『神々しい』らしい事をジェイソンは示唆して話した――には50名もの王族並びに戦士達が集った。これに勝るとも劣らぬはそうそう無いという巨人のごとき勇者達が揃い踏みしている様子を想像し、アールは今まで読んだ本の知識でそれに肉付けをした。傷のあるハンサムは最初は単にぼかしていただけであったが、アールが何の物語か言わないでくれと言ったものだから、それに便乗してクイズ形式にし、本人もぼかしや仄めかしを楽しんでいるように見えた――微笑みの裏に隠れている、絶望的なまでの悲しさを除けば。

 華々しく幕を開けた冒険は多難を極め、信じられないような武勇の乗員も一人また一人とその数を減らしていった。その場面を仔細に語るジェイソンの表情ときたら。お互いほとんど初対面であろう彼らが辛く厳しい旅の中で時にはぶつかり、時には飲み交わし、そして互いに泣き笑った事で徐々に固い絆が生まれていった事は想像に難しくない。例え死が彼らを引き裂こうと、家族の域にまで達した友情を引き裂く事はできないと思われた。

 やがて目的地に辿り着き、そこで王子は己の叔父にさえ比肩するであろう、悪巧みに長けた意地悪い王と出会(でくわ)した。宝物をくれてやる条件として無理難題を押し付けられたが、その国の王女は王子に協力を持ち掛けた――結婚を対価として。王子もそれを承諾し、王女の入れ知恵通り事が運んで難題が解決したのであった。焦った王は王子達の一団を抹殺せんとして計った。王女は王子とその仲間の演奏家を呼ぶと、夜の内に恐ろしい魔獣に守られた宝物を奪取させた。王女は魔法の類が使えたらしく、彼女と演奏家の技巧、そして王子の勇気によって見事紙一重で冒険の目的は達成されたのであった。恐らくその瞬間、王子の心には今はもういない勇者達の笑顔が浮かんだのだろう。彼らの犠牲によって己がここに立っていられる事を、己の崇める全ての名と髭にかけて感謝を捧げた。

 宝物を手に入れた一団は急いで船で出立した。王女は幼い弟の王子を連れて共に乗り込んだが、背後からは怒れるあの悪どい王が追い縋った。王の強欲と邪悪さが追跡船の速度を更に早めているかのようにさえ思えた。このままでは追い付かれる、その矢先に王女は信じられないような凶行に走り、王子とその仲間達はあまりの恐ろしさに声すら出せず、そして何はともあれ王は彼らから引き離されて見失ったのであった。王子の悲しみと絶望はいかなものであろうか――手段を選ばぬ王女の行為を目にし、そして彼女と約束通り結婚せねばならぬなれば、その後の運命は呪われているとしか言いようがなかった。優しい王子には想像さえできなかったかも知れないが、よくよく考えてみればあの王の娘なれば此度の凶行とて自然な成り行きであったのかも知れなかった。

 アールはこの箇所を聞いても思い当たる昔話や伝承などが浮かばず、実は己がこの話を知らないか、あるいは全く別の箇所が印象に残って覚えていたのかも知れないとという方向に答えを絞った。

 王女の凶行は大いなるものの怒りを買ったとされ、嵐が船の行く手を何度も遮った。一行は王女の穢れを払わねばならぬと知り、やっとの事で王女の親類が住む異郷まで辿り着き、そこで祓ってもらったのであった。それからというもの無数の苦難が彼らを待ち受け、最初には50人いた勇者達も恐らく王子の故郷まで帰って来た時点ではその半数かそれ以上が行方不明か落命したものと考えられたが、ともあれ彼らはやっと己らが知る地まで帰還する事ができた。一団は解散し、王子は父が寿命で死んだにも関わらず、あの悪どい王とそっくりな己の叔父上が未だ王位に座している事を知った。しかし王子は生来の優しさからか、それとも冒険の達成感や旅で喪った友人達の事からか、今更王位を欲しはしなかったという。もう生き残りの者達で集う事は無いのだろう――彼らにもそれぞれ使命があり、彼らは戦士や狩人、そして王族の者達も含まれていたのだ。多くの勇者達が出自や国の違いを越えて団結し、そして家族同然の同志達と相成った。なればこそ彼らは二度と集わぬとしても、その友情は彼らが天に召されるまで、そして天に召された後も決して消える事は無い。

 だが王子の華々しい英雄譚に影が迫っていた。それは王女の姿を借りて訪れた死の化身であったのか、あるいは王女自身の悍ましさが成せる(わざ)だったのか。王女は己の夫である王子が王位を求めない事に不満を持ち、王子の叔父である王を罠に掛けた――王の娘達に己の素晴らしい魔術の腕を見せる事で信用を勝ち得ると、王を若返らせると嘘をつき、またもや語るも憚られる凶行に走ったのであった。騙された娘達は王を若返らせようとして王を殺してしまい、その頃はちょうど生存した友人の一人と共に魔獣の退治に出掛けていた王子は、己の預かり知らぬ凶行のとばっちりを受けて恐るべき王女と共に追放されたのである。

 アールは既に喉がからからになるぐらい話に聞き入っており、己の興じるつまらぬクイズ遊びなどとうに忘却していたらしかった。

 流浪の果てに辿り着いた異国にて、王子はその人柄のよさによって王になる機会を得た。邪悪極まる今の妻と離婚してその国の王女と結婚して欲しいと異国の王に頼まれたのだ。さすがの王子も己の妻の非道を強く嫌悪し、憎んでいたのだろう。彼らは別れる事となり、王子は思ってもみなかった形で王位に就くはずであった。

 だが元妻の邪悪さは留まるところを知らず、再度の凶行が新たな妻とその父王に伸び、瞬く間に彼らは今までの犠牲者達と同じく残酷に殺されてしまった。邪悪な王女は王子との間に生まれた子らをも殺害し、己は魔獣が引くチャリオットに乗り込んで姿を消したという。

 王子もまたある種のアウトサイダーとなり、どこにも行く宛もなく、独り身の彼が最後に頼ったのは、打ち上げたまま放置してあったあの冒険の日々を過ごした船がある、故郷の国の静かな浜辺であった。王子は既にかつての友人達を頼る気力も無かった。落ちぶれた己の身を見せる事を恥じたのか、あるいは彼らまで己の恐るべき元妻の標的となる事を恐れたのか、それは定かではない。既に残酷な月日の流れが船を浸食して食い散らしており、立派であった船の在りし日の勇姿はかなり毀損していたが、それでもその全容を見ると、苦楽を共にした日々を祝した記念碑か、あるいは道半ばで倒れていった家族達を弔う慰霊碑や墓であるように思えた。船に近付き、朽ちたその表面に触れると遠い日の冬の夜中、皆で身を寄せ合って寒さを凌いだ事が思い出された。最初の凶行後の逃避行で己の妻たる王女が見せる美しさにどぎまぎした暑い夏の夜。そしてこの浜辺に食事や家具を持ってこさせ、生存者達で最後の宴を開いたあの春の午後。全ては過ぎ去り、後は己を残すのみとなった。

「その時王子は船の近くでうとうとしていた。古い思い出がここ何年も得られなかった安らぎを彼に与えたんだ。だから彼は、次に目が覚めた時船の古びた船首が、風に揺られてぎいぎいと嫌な音を立てている事に気が付いたのに慌てる事は無かった。頭上には今更追い付いてきた死の使いが今か今かとその出番を待ち侘びているというのに、彼は人生の最後になって得られた安らぎによって、己の末路をある程度幸せだと思えるようになった。王女を諌める事のできなかった己の不甲斐無さ、そして王女を捨てた代償を支払った事。それもまた人生の一部だと考えた。王子は己の最期を悟って寝転がったまま天に目を向けた。濃密な潮の香りが遠い日々を思い起こさせ、夕暮れの空に輝く少数の気が早い星々の中には死んだ家族達が混ざっているかも知れない。なんだ、思ったより満ち足りた物語の終わりじゃないか。遂に限界を迎えて落下してきた舳先がとてもゆっくりに見え、その時彼はキャンプ地の火を囲むまだ全員いた頃の家族達の姿と、グロテスクな残酷さを秘める妻が子供達を幸せそうにあやすある日の朝が見えた」

 ゆっくりとそれから2分、両者は無言のまま佇んでいた。アールはジェイソンの語りが上手いと考えており、そのため彼は紡がれる物語に没頭していた。華々しく、そして切ない冒険の物語。だがそこには、悲しみだけでなく友から家族に昇華した者達の絆があった。己もまた友を喪ったから、それを思うと胸が熱くなった。

「さてと、そろそろ僕は行かないとね。なんだか自分でも語ってると泣きそうになったし、泣く姿をみんなに見られるのは恥ずかしいからさ」

 彼は勘定を済ませ、釣りはチップだかなんだかとでも思って受け取って欲しいと言いながら立ち去ろうとした。アールはやっと声が出せるようになり、去りゆくジェイソンに面白く深かった語りの礼を告げた。

「ジェイソン、いい話をありがとな」

 するとジェイソンは右手を挙げて無言でどう致しましての意を表して店を後にしたが、30秒ぐらい経ってジェイソン・アルディーンの曲が流れている事に気が付いて口ずさんだ瞬間、ふと思い至った。

「ジェイソン? アイオルコス?」

 それにあの額にある傷は?

「釣りはいい、常連からの感謝の気持ちって奴だ!」

 彼は紙幣をカウンターに叩き付けるように置き、それから本気を出し過ぎない程度に走って店を出た。太った店主は肩を竦めてそれを回収し、再び業務に戻った。

 そしてドラムビートは鳴り続ける、まるで鼓動みたいに。

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