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TAKAFUSA  作者: 伊藤 真一
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時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(四)

 今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は、爺と立ち合うことが決まった田中久三が、これまでの自分を振り返ります。


 立ち合いの場所に久三ははやくついた。その場所は河原であった。

 久三は川面をみつめた。水がゆるやかに流れている。耳を澄ますと、その水の流れる音。心地よくきこえてくる。まるで時間がとまったような感覚を久三は感じていた。


 久三は、頭のなかでいろいろ振りかえり考えていた。


 いよいよだ。諸国を巡り歩き、もう会えぬかもと思ったことも。しかし、ついに。巡りおうた。亡くなった四人の仇をいよいよ討てる。長かった。


 が、後藤殿と一緒にいた五郎殿。必死だったな。昔の自分にも重なって。後藤殿が死んだなら、同じようにわしのことを怨むであろう。

 

 しょうがないではないか。仇を討つ。それだけを。それだけを考えて生きてきたのだ。居所も定めず、仕官もせず、嫁ももらわず生きてきた。時折、子などをあやす母親を見て、羨ましくも思った。仕官の口も数多あった。が、全部断ち切ってきた。

 いや、一度だけ。関東のさる大名のところに長逗留したとき。あの時ばかりは、心がぐらっときたがな。

 あの父上と笑顔が似ている殿さま。

「久三よ。もうよいではないか。己の人生を生きてみよ。わしのもとで働け。いや、働いてくれ、久三」といわれた時には、それでもよいかと思った。

 しかし、その夜、夢で見てしまった。天狗が兄上や叔父上を倒すのを。

 それでだめだと思った。別れの時の、殿さまは寂しそうな顔。忘れられない。

 

 そう、あの化け物のような男。人から天狗のような動きをすると聞いていたから。そんな夢を見たんだろう。あ奴を倒すために心血をそそいできた。あの敏捷な叔父でさえやっつけた奴。すごい奴。おそろしい奴。

 

 倒すには、尋常じゃない速さを身につけねば。そのために山の斜面を全速力で駆け下りた。体に速さを馴染ませるために。何度もこけ、傷ついた。木に頭をぶつけ半日気絶していたことも。

 水を満杯にした桶の栓を抜き、全速で打ち込み百本、終わるや否や栓を閉じた。最初水はほとんど残らなかったのに、数年経つうち半分以上残るようになった。

 そして、いつも天狗のような奴を脳天から一刀のもと、たたき斬る姿を思い描いた。刀身の重みを使い、相手が刀で受けようが、刀ごと相手を二つに割く姿。刀は長く、そして刀身の分厚いやつがいい。しかし、それを使いこなすには。

 

 そう力がいる。そのために、大石や木の幹を切ったものを担ぎ、傾斜のきつい山を数限りなく登った。太い鎖を何重にも首にかけ、四股を踏み続けた。

 宿でも寺でも大名の城でも泊った場所では、金など要らぬから薪割りをと申し出た。いつしか右手と左手に斧を握り薪割りができるようになった。そして大力のある男でも簡単には割れぬ薪を、片手で軽々と断つことができるようになっていた。薪割りの薪はいつも天狗だと思い割った。


 それにしても、あの五郎殿。おれが、おかしいと。後藤殿のことを思い必死で。おれがおかしいのはわかっている。しかしだ。やらなければいけないのだ。それに後藤殿自身が承知したのではないか。だのに、なぜおれがおかしい。おかしくないだろ。


 でも、お前が五郎殿なら。おれが五郎殿なら。やはり、必死でやめさそうとするだろう。ならお前がおかしいのでは。いや、おれはおかしくない。人は立場により、違う考えになってしまうものなのだ。



「ほれ食え、お前の好きな鴨肉じゃ」

 叔父上が、鍋の鴨肉をとって口に何度も運んでくれたな。父が死んですぐの頃だったな。

「そうよ。たんと食べて兄様たちのように大きくならんと」

 伯母上は、優しかった。いつもよく抱きしめてくれたものじゃ。

「久三はね。うちの子だからね。何も遠慮はいらないからね。うちの子だからね」

 そういいながら、抱きしめてくれた。

「久三早う大きゅうなれ、大きくなったら、みっちり仕込んでやるからな」

 兄たちはよう遊んでくれた。楽しかった。大好きだった。外では弁慶と恐れられていたが。おれにはいつも温かかった。


 それを。それをこわしたのが、あの後藤殿とは。悪鬼羅刹のような男だと思っていた。そう思い描いていた。その悪鬼羅刹のような天狗をたたき斬ることだけを思って生きてきたのに。後藤殿は。後藤殿は、悪鬼羅刹どころか。自分の命を顧みず、人を助けようとする菩薩心にあふれたお方。びっくりしたわ。


 しかし、やはり父や叔父上たちのため。斬らねばならぬ。本当にそうか。自分のためではないのか。いや、どうなのだろう。いずれにせよ後藤殿は承知してくれたのではないか。

 お前は仇をとるために、厳しい修行をしてきのではないのか。


 その通り。名のある剣術家のもとを訪ね、いろいろ伝授してもろうた。かなり、自信がついた時、塚原卜伝様のもとを訪れた。弟子の方々と切磋琢磨する中、誰とやっても負ける気はしなくなった。そこで、おもいきって卜伝様に木刀での試合をお願いした。


「久三よ。腕をあげたそうな。みせてみよ」

卜伝様はそういった。


 おれは全力でぶつかった。おれの上段を木刀でうけたなら、たいがい折れるか、手から木刀が飛ぶ。卜伝様でも、そうなるか。必死で木刀を卜伝様にあびせた。が、当たらない。すべてかわされた。そして、卜伝様の木刀が、おれの体いたるどころで寸止めされた。技量の差を思い知った。天と地の差だ。あれだけ。あれだけやってきたのに。衝撃をうけた佇んでいるおれに卜伝様は近づいてきた。


 して、おれの耳に入ったのは意外な言葉だった。

「びっくりしたわ。これだけの技量。今まで出会うたのは数人」

 卜伝様は決して嘘をいうようなお方ではない。正直おれはうれしかった。

「久三よ、さらに強うなりたいと思うなら、戦場に出てみよ。戦場での経験はさらに己の技量高めるのに役立とう」


 その後、言葉にしたがい幾多の戦場で働いた。また、多くの立ち合いも重ねた。誰にも負けなかった。様々大いに学んだ。さらに自信もついた。 

 振り返ると出会った武者の中で、卜伝様だけが。そう卜伝様だけが別格だったということがあらためてわかった。


 後藤殿の技量は。どうなのだろう。本当に天狗のように強いのか。しかし、相当お年もめされた。当時の力量は保たれているのか。どうなのだろう。

 関係ないではないか。強いか弱いかなんて。お前は仇を討てばよいだけ。それだけ。ただそれだけのことよ。


 それにしても。五郎殿。あの必死の形相が何度もおれの頭に浮かぶ。中途半端な気持ちではいかぬ。迷いを絶たねば。絶たねば。


 と、突然、

「ちゃぽん」という音。


 川の魚が跳躍し、水に落ちた音だった。久三は、これで我にかえった。


「そろそろ、約束の刻限か」

 久三はつぶやいた。そして、迷いを断ち切らねばと再び思った。後藤殿が来られたら、もう一度だけ確かめ。それで、やるということなら、頭の中からすべてを取り去り、後藤殿とぶつかることだけに全力をそそぐことを決めた。


 その時である。河原の端の山道から、爺と五郎が姿をあらわしたのは。

 久三の全身になんともいえぬ感情がひろがった。


 いかにも初夏らしく、空は青々と澄みわたっていた。

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