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TAKAFUSA  作者: 伊藤 真一
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時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(一)

今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は爺が、命を助けられます。


廿日市宿から、五郎と爺は多田野村に向かって歩みをすすめていた。爺は廿日市で編み笠を買い、それをかぶっていた。陽ざしがけっこう厳しくなってきていたからである。


 街道をあるく人間は少ない。街道の横にひろがる田んぼでは、農民たちが、田んぼで代掻きの作業を行っていた。田んぼに張られた水の表面が陽に照らされ輝いていた。代掻きとは、田植えの前に、まず田起こしを行い、それが終わった田んぼに水を張って、土をさらに細かく砕き、丁寧に掻き混ぜて、土の表面を平らにする作業のことである。


「爺、このへんの農民は、いや農民だけでなく見る人々みんな刀とか鎌を差しているの」と五郎が口をひらいた。

「五郎殿、これがあたりまえの光景にございます。大内様の支配は盤石のゆえ、武器をもっていない男もおりますが、ふつうは十五くらいになれば『刀指』という成人の祝いをし、以後は帯に脇差を差すようになりまする。いつなんどきにも戦えるように。それがこの戦国の世にございます」

「なるほど」


 夕刻になり五郎と爺は多田野村に辿り着いた。

 多田野村の温泉は、その昔、傷ついた白鷺が湯浴みしているのを村人が見て発見されたという話が開湯伝説として伝わっている。泉質は放射能泉で、神経痛、関節痛などによく効くという。この時は、まだひなびた温泉であったが、慶長年間には、芸陽唯一の温泉場としておおいに賑わいをみせていくことになる。


 宿につき、二人は露天風呂に向かった。風呂には数人の人間がいた。町人風の男がが二人湯に浸かっていた。なにやら商売の話を熱心におこなっている。風呂の横で体を洗っている男がいたが、この男に五郎の目は吸い寄せられた。体が並外れて大きい。立てば六尺(約1,82m)はゆうに超えそうである。またその肩幅がたいそう広く、背中にはこぶのように発達した筋肉が張り付いている。体をこするたびにその筋肉がゆれるように動く。

(すげー)と思いながら、五郎は見入っていた。まるで熊のような大きさのこの男と自分が剣術をしたらどうすれば勝機が見いだせるだろう。まともの力でぶつかれば跳ね飛ばされるのは目に見えている。おそらくこれだけ体がおおきければ動きが緩慢だろう。そこをついて素早く俊敏に動き、相手を翻弄するしか手はない。五郎はそんなことを考えていた。その男が、体を洗い終え湯に入ってきた。肩と胸の異様に発達した筋肉が、五郎に大鬼を想像させた。湯に浸かろうとした時、目が爺と五郎の方へむいた。男は軽く会釈をした。爺も会釈を返した。

 

 やがてその男が出て行った後、五郎が

「爺、あのおじさんの体はすごかった。どんな修錬を積めばあすこまでいくのかな」

「想像を絶するような稽古を倦まずたゆまずおこなってきたのでしょう。なまじなことではありませぬ」

「あのような大きな男ともし戦うとしたら、素早く動くしかないと考えたのだが」

五郎は、自分と同じことを爺も考えているだろうと思い、そういった。





「はて、五郎殿が素早くうごいても、あの御仁はそれ以上に速くうごきまする」

 爺は、目をつむりながらそう答えた。

 五郎はくびをかしげて聞いた。

「えっ、あのような大きな体で」


「大きな体で動きがにぶい人間は往々にしておりまする。が、あの御仁の山のような筋肉は餅のような柔らかさをもっておった。間違いなく強くて速い」

 爺は、目を開き確信したようにそういい、

「爺もあの御仁とやって、勝つ自信はございませぬ」

とつづけた。


 まるで天狗のように敵を爺が倒すのを見てきた五郎は、それを聞き驚いた。そして、もう一度あの男の体を脳裏に思い描いてみた。


 温泉で汗を流した二人は食膳に向かった。

「五郎殿、ここの猪はうまさが格別ですぞ。よく味わってたべなされ」

 目の前には、いたどりの味噌和え、筍の木の芽和え、鮎の刺身などが並んでいた。五郎は鮎の刺身をわさびをつけ煎酒に浸して口に運んだ。

「うまい。うーん、まことにうまい」と五郎。


 つぎに、とても薄く透き通るように切ってある刺身を食べた。

「これは独特の歯ごたえがあって、これまたうまい。でも何の魚かわからぬぞ」

「それは魚ではなく、こんにゃくでございます」

「こんにゃく。でもこんにゃくの香りがいたさぬ」

「このあたりの水はたいそう澄んでおり、こんにゃく独特の香りがいたしませぬ。まるでフグのような感じがいたしますので、これは山ふぐともよばれておりまする」


「爺はくわしいの」

「爺も食いしん坊でござる。まだまだこれからですぞ。ほれ猪がでてまいりますぞ」

 目をにやつかせた爺がそういった。


 猪の皮と肉とを焼いたものと猪の肉を土鍋で煮たものが出てきた。

「ぱりぱりして香ばしいの。はじめてじゃこんなのは」

「五郎殿、猪汁も我々が山でつくるのとは一味違いますぞ」

「おお爺、味噌のかおりと出汁のうまみが最高じゃな。それに山椒か。実に味が微妙で深い。またネギが甘さが。とにかくうまいわ」


 食膳を前に、爺と五郎は様々なことを語り合い、しばらく後に床についた。



 夜中のことであった。突然、宿の中がばたばたしだした。

「お客様方、火事だー、火事です、三軒向こうが火事ですー」

という大きなこえが聞こえた。

 つづいて、

「あわてずに大丈夫です。ここはまだまだ大丈夫です。灯りをつけておりますので、それを目印にあわてず外へ避難してくださいませー」

 宿の主人の声だった。これを、急がずにゆっくりと何度も繰り返していた。


「五郎殿、外へ参りましょう。火事は恐ろしゅうございます。大したことなければよいのですが」

「わかった、外へ」

 二人は身支度を簡単に終えて、外へでた。二・三十人の人間が外へでていた。燃えているのは三軒となりの、平屋の大きな民家だった。両隣の家屋とは五間くらいづつ間が空いていた。


「今日は風がないから、隣を壊す必要はないか」

「あほう。いつでもできるよう準備だけはしておけ」

と村の長のような人物の怒号が飛んでいた。


 人々があちこちから水をもってかけていたが、火の勢いは激しさを増していった。

 真っ暗な闇のなかに、燃え上がる屋敷だけがぽっかりうかび幻想的な光景であった。


 爺はおちついた声で五郎に話しかけた。

「五郎殿、死人がでなければいいのだが」

「確かに」

 五郎は目の前の燃え盛る家屋に人がいないことを祈った。


 出火した家の人間らしき人々が、家の前に呆然と立ち燃える屋敷を見つめていた。突然、女が、

「おことは。おことはどこに。さっきここにいたじゃない」と絶叫した。

「お姉ちゃんは、スズを追って中へ戻ったの」と幼い妹が答えた

 

 おことは五歳、妹のはつは三歳であった。ちょうど父親は旅に出ておりいなかった。半時ほど前、煙で火事に気づいた母親は、爺様・婆様を急いで起こし、子ども二人の手を携えて、五人で急いで屋敷から出てきたのであった。命だけは全員助かったと、そこでほっとして放心していたのだ。

 ところが、なんと上の娘がふたたび家の中に戻ったのであった。猫のスズを追って。スズは子を三匹生んでいた。火事になりスズは、一匹子猫をくわえて外へ出てきた。が、またもや子猫を助けに中に入ったのである。それに気づいた姉のおことがスズと子猫を助けに中に向かったのであった。


「おことー、おことー」と半狂乱になって叫びながら、中へ入ろうとする母親を、

「もう無理だ、もう無理」と村人が口々に叫び、母親の体を羽交い絞めにし、動けないようにしていた。

 

 家屋全体に火がまわり、とても中に入れるような状況ではなかった。

「だれかー、だれか助けて」母親は叫び続けていた。


 五郎は、爺が村人が運んできた水をかぶっているのに気が付いた。と思うや否や、爺が

「五郎殿行ってまいる、ここでお待ちを」といい、

燃える民家の中へ飛び込んだ。爺のその後ろ姿を五郎は呆然とながめていた。真っ赤な炎が屋根から大きく吹き上がっていた。


 屋敷の中はもうもうと煙がたちこめていた。そして猛烈に熱い。ぱちぱちと木の燃える音が聞こえる。爺が手拭を口に当て低い姿勢で進んでいくと、奥の部屋で娘が倒れているのが見えた。まだそこは燃えていない。娘は煙を吸って倒れたようであった。しかし、そこに行くまでのこちら側の大部屋の天井も屋根を燃えている。今にも、巨大な梁が燃え落ち、いっきに屋根が崩れ落ちそうであった。

 

 爺は、

「まにあわぬかも」

 ふっと笑うや否や、猛烈な速さで娘のところへ行った。娘と猫三匹を即座に両脇に抱えた時、大きな音がした。巨大な梁の片側が燃え下に落ちたのである。火の粉が爺の方にも降りかかった。爺の頬をじりじり焼いた。   

そして戻ろうと動きはじめたとき、もう片方も燃え盛りながら落ちてきた。

 爺が

「ここまでか」とつぶやいた時、

おちかけた梁がなんと大きな音をたてて止まったのである。なんと下に巨大な古箪笥が差し込まれたのだ。

「さあ」という声。

 あの大男のものだった。


 爺は、その隙間をくぐった。その刹那、梁の上の天井がいっきに崩れ落ちはじめた。

 爺と大男は、転がるように外に飛びでた。爺が振り向くと家屋全体が、轟音をたてながら崩れさったのであった。


 母親が、おことのところに来て抱きしめてその名を叫んだ。おことは目をあけた。母親は大声で泣いていた。  

 猫のスズは、子猫三匹を何度も何度もなめていた。


 五郎も爺が心配でひやひゃしていたが、無事もどってきたので安堵した。また、猫という動物の愛情深さに感動していた。アキ・フユの母猫も身を犠牲にしてまでも子猫をまもり、このたびも。


 村長と宿の主が、爺と大男のところへやってきて深々と頭を下げた。

「一人も死者をださずにすみました。まことに、ありがとうございました。まことに」

 爺が、

「この御仁がいなければ、娘ごも私も助かりませんでした。すべてはこの御仁のおかげです。ほんに心より感謝申し上げる」

「御老人がおられたからこそ、娘さんを救うことができました。私一人では何もできなかった。本当に助かってよかった」と大男はにっこり笑った。


「御老人は、明日もご逗留ですか」

「あと二三日は、ここでのんびりする予定です」

「なら、これも何かの縁。明日の夜は一緒に一杯いかがでしょうか」

「それは、ありがたい。ゆっくり一献傾けましょう」


 あたりはまだばたばたしていたが、宿の主人は

「お客様もう安心なので、宿に戻ってゆっくり休んでください。あとは村の者がやりますので」と何度も何度も客の所を頭をさげながらまわっていた。


 また、温泉に何本も蝋燭をだしてくれて、入りたい客には入れるようにもしてくれた。爺は、五郎に先に休むようにいい、風呂に浸かりにいった。湯殿につかると、爺はひだりの足首のあたりをさすり、顔をしかめた。その足首は紫色になり太くはれ上がっていた。屋敷から飛び出すときに、足をひねっていたのである。


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