時代小説「TAKAFUSA」その15 出立
今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。今回は、五郎は爺と毛利元就に会いに旅に出ます。
夜眠っている五郎だったが、時折、その顔が笑い顔になるのである。
夢を見ているのであった。
「五郎様、これを食べられませ」と五郎の目のまえに差し出されたのは・・・
五郎が、好きで好きで目のない、ういろうであった。
「食べていいのかい」
「もちろんですわ、このまま、私の手から食べてください」
ここで、眠っている五郎の頬が揺れた。笑っているのである。
夢の中で、ういろうをさしだしているのは、切れ長の目元が涼しいお栄であった。
「ええ、五郎様はここのところ顔をみせてくださらない、少し寂しいですわ」
またもや頬が揺れた。また笑っているのである。
「ま、ういろう食べてくださいませ。」
五郎が、「あーん」とういろうをまさに口に入れようとした時・・・
はっと目が覚めた。
(ああーいいところだったのに)と五郎は、夢が終わったことを悔やんだ。
でも顔は、ふにゃふにゃににやけていた。
先日又二郎から聞いたのである。五郎が爺と山に籠もっているときに、
又二郎と百乃介が江田浜に行ったのだが・・・
その際、五郎たちが仲良くしている網元の息子亀吉の姉お栄が、
「五郎は、どうされていますか」と気にしているということを。
それで嬉しくてたまらない五郎であった。
(そうだ、今日は江田浜にでかけよう)
と心に決めて、もう一度布団にもぐりこんだ。
朝になり・・・
五郎は、江田浜に出かけることを告げに、父の興房のところへ行った。
「父上、実は・・・」
興房は、その言葉を遮るように
「ちょうど良いところへ参った。先日毛利殿から手紙が戻ってきての。喜んで待っておるということであったわ。後藤殿には、伝えてあったのだが・・・お前には忘れておった」
「はっ、わかりました。喜んで。」
続けて、
「父上、実は今日は・・」
「おー、五郎それでの、今日昼過ぎに出発せよ」
「今日、今日でございますか」と五郎の目が点になっている。
「そうじゃ。お前に言うの忘れておって、申し訳なかったが、後藤殿が昼に参る。
一緒に飯を食ってから、出立せよ」
五郎の顔が、曇っているのを見た興房が、
「なんぞ、差しさわりでもあるか」
「いえ、何も。毛利様に会えること実に楽しみでございます」
(お栄ちゃんに会いたいなんて言えるわけないと心で泣きながら)
わざと、張った声で答えた。
「そうか。ではあとで共に飯を食おう」
その昼過ぎのこと・・・
「では、後藤殿、五郎が面倒駆けると思いますが、一つよろしくお願いいたします。」
興房が、深々と頭を下げた。
「五郎殿との二人旅、楽しんで参ります。」
「では父上言ってまいります」
「おお、達者でな」
この時には、五郎の気持ちはすっかり切り替わっており、
これからの爺との旅を思い、うきうきしていた。
母親のお藤は、何も声はかけなかったが、二人の姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
うららかな陽が静かに照りわたる、昼過ぎのことであった。
「五郎殿、今日は呼坂宿ぐらいまで行きましょうかの。まずは足慣らしじゃ。
あの宿では、知り合いが大きな宿を営んでおって・・・何ぞ旨いものが食えるかも」
「爺、たのしみじゃ」
五郎は、舌をぺろりと出した。
街道を歩いていると・・・
向こうから歩いてきた一人の武士がはっとして声を次の様にかけ、
「後藤様、後藤様、御無沙汰しております」
爺のところへやってきた。
身なりもよく、色が白くて人品がよさそうな感じである。にこやかな笑顔で
爺と歓談している。笑顔が爽やかであった。
しばらく後、
「それでは後藤さま、また」と言い、
丁重にお辞儀をして去っていった。
「五郎殿、今の武士をどうみられるか」
「どう?・・・爺と久しぶりにあって、とても喜んでいるようにみえた」
と五郎は答えた。
「なるほど。しかし爺は・・あの男はこんなところで厭な奴に会ったと・・・」
「・・・」
少し首をひねった五郎であった。
「でも、爺の方見て、嬉しそうにいっぱい笑っておったではないか」
「確かに。だが五郎殿は、気が付きませんでしたかな。
笑う時に口元と目元が同時に動いていたのを」
「え・・・」
「人というものは笑う時は、まず口元から動き、次に目が動いていくものです。
じゃが、あの御仁は・・・・あれは、間違いありません。つくり笑いです。
それに、話している間中、ずっと右足が少し横に向いていましたぞ。
早く逃げたいという心のあらわれです」
爺はかすかに微笑み語りかけた。
「そのような・・・」
(さすが爺はすごい)と思い、
五郎は、目を見張った。
「五郎殿はいずれ多くの人間を束ねていくお方。
人を深く見るということを学んでいかなければなりませんぞ」
と爺が神妙な面持になり、重い口調で五郎に語った。
「その通り・・・いろいろ、これからも教えてくれ」
五郎は真面目な表情で、爺に頭を軽く下げながらいった。
「わかり申した。」
と言ったあと、急に爺の表情が緩み、少し意地悪そうな顔になった。。
「五郎殿、実をいうと爺はあの御仁には結構な額の金を貸しておりまする。
とうに約束の期限は過ぎておるのに、あやつはまだ返しませぬ」
と珍しく爺が笑い声をあげながら言った。
五郎は目をぱちくりさせ、
「・・・・爺、ずるいぞ!後出しではないか。それを知っておれば、わしにもわかったかもしれん」
「はっはっは」また爺が笑った。
夕焼けが西の空を美しくかざっていた




