TAKAFUSA その11 陶晴賢 鬼畜(一)
まえがき
今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。今回も五郎は危険な事件に巻き込まれていきます。
その11
(一)
小間物問屋の泉屋善右衛門は、親たちから見放された捨てられたりした肢体不自由の子どもたちやの知的障害をもつ子供たちを収容する施設を営んでいた。
その施設の中でのことである。
泉屋善右衛門が、昼時に皆を集めて口を開いた・・・
子どもたちや働いてる人間たちもシーンとしてみな善右衛門をじっと凝視している。
「さて今回少し遠くにはなるがな・・・越前の方の大店の主の方が
是非子供を預かりたいという申し出があってな・・・
誰にしようか、それはそれは悩んだのだが・・・」
みんなが固唾を飲んで見守っている。
「このたびは・・・」
「そう、このたびは・・・」
「みなでいろいろ相談した結果・・・」
「・・・太郎にすることにした」と大声で叫んだ。
「おおー」というどよめきが起こっている。
「おれだ、おれだ!やったー!」と太郎は狂気している。
「いいなー」「いいなー」という声も飛び交っている。
そう、ここの子どもたちにとっては、時々ある、いい家からの
申し出で引き取られていくことが夢なのである。
時折、引き取られた子供が遊びにきたりすることがある。先日も
防府の商家に引き取られた駒江が遊びに来ていたのだが・・・・
知的障害の子は当時「福子」ななどと呼ばれたりしており、そういう子が
いると家が栄えるというふうに信じられてもおり、時折あえてそういう子を
引き取るようなこともあった。駒江がそうだった。
駒江は、きれいな服、美味しい食事、温かい風呂・・・そして何よりもいっぱいの愛情に包まれ大事に育てられていた。
駒江の様子から、それが子どもたちには一目でわかるのである。
(いいなあ。うらやましいなあ)と皆心底思った。
遠隔地に行った子は顔を見せることはないが・・・時々、泉屋の手代などが以後の様子を見に行ったり、時には善右衛門自身が直接行くこともあり・・・いかに幸せに暮らしているか。その見たままを施設の子どもたちに伝えるのである。
確かにこの施設も悪くはない。世話してくれる人も親切だし。皆仲もいい。
しかし、食事もそう豊かなものではないし、施設に少しでも報いるためには
物乞いにも行かなければならない。暑い日も寒い日もあり・・・また、街頭で罵声、悪態などを浴びることも日常のこと・・・
(あー私もはやくいいおうちへもらわれていきたい)というのは皆の夢であった。
その夜のこと・・・
善右衛門の屋敷の一室でのこと。
泉屋の主の善右衛門と密教僧の道雪と番頭の孫左衛門が語っている。
「太郎は、十四歳になり、体も大きゅうなって各段と飯を食うように・・・
また見栄えもいまいち・・・よって物乞いしてあまり稼げぬ・・・
じゃから、逝ってもらうことにしたのじゃ」
善右衛門が真顔で語ると、
「例によって、薬で・・・」と密教僧の道雪
「そうよ、太郎や、さようなら。いい夢見て苦しまずに逝けるのだから
最高だろうて・・・」善右衛門は酒を口に含ませた。
続けて、
「馬鹿どもが貢ぐ酒の旨さよ・・極楽、極楽ふっふっふ」
「確かに旨い。この明の酒は甘くて芳醇な香りがいたしますな」
孫左衛門が杯の酒を見つめた。
「道雪殿、この酒は桂花陳酒と言ってな。唐の楊貴妃も好んだ酒だそうな」と善右衛門。
「ほう」
「ところで孫左衛門や、次の仕入れ(人さらい)はどうなっておる。とにかく見栄えのよいのを選らんとだめだぜ・・・この商売やり出してからつくづく思うのだが、人間ってえやつは意識するしないに関わらず、とにかく外見のいいのに魅かれる動物よ」
「わかっておりまする。しかし、ここの子どもの数もかなり増えて、
かなり世間でも知られるようになってきましたが大丈夫ですかね。」
「そりゃ、多けりゃ多いほどもうかるのじゃ。やらいでか。大丈夫かって。
そりゃ大内のバカ殿が『これは奇特なことよ』などと、阿呆なこと申して
たんまり奨励金までくれるのじゃからの。お墨付きもあるのじゃから、大手
を振ってやればいいのよ。笑いが止まらぬわ!」
道雪が
「善右衛門殿は鬼畜ですな」
「鬼畜な!結構結構。儲かるなら鬼畜でも、魔物にでもなるわ」
さて、表向きは小間物問屋の泉屋善右衛門は、子どもをあちこちからさらってきて・・・
体を不具にしたり・・・精神を崩壊させたりして・・・
物乞いをさせてしこたま儲けていたのである。
そこで大きな役割をはたしていたのが、密教僧の道雪であった。
酒、薬と妖術を使い・・こども精神を崩壊させたり、子どもたちを洗脳し
記憶を植え付けたりしていたのである。
さらわれてきて足を切られた子なども、道雪の手にかかれば、生まれた時から不具で親から河原に捨てられ善右衛門に拾われたのだとかたく信じ込んでいたのである。
だから施設の子どもたちも、施設で働いている人間も皆何も疑わず
健気に生きていたのであった。
また駒江のように本当にいいところを貰われていくこともあったのだが、それは
十に一つの話で、それ以外は躰が成長し、大飯ぐらいになったり、物乞いで稼げなくなると、貰われていったという名目で闇に葬られていたのである。




