TAKAFUSA その10 陶晴賢 おゆうという娘
今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。今日は、おゆうの悲しい物語です。
その10
その日の夕暮れ時、
物乞いとなっていた爺と五郎は河原に行き、自分たちでこしらえた小屋にいた。
と、寒風が吹く中、ぼろい扉をたたく音が聞こえ、
「のぞいていい?」という可愛い声がきこえた
その声の主は、八つくらいの娘で、名をおゆうといった。
おゆうも一緒にいるおばばとともに物乞いをしており・・・
河原で顔をあわせているうちに仲良くなったのである。
「あんたら、きっと今日も稼ぎ少なかったんでしょ。ハイ!」
と言いながら、一つの饅頭を二人にくれたのである。
こんな境遇にもかかわらず、キラキラ光るつぶらな瞳が印象的な娘であった。
「いつか生き別れた母ちゃんに会うのが夢なんだ!」
そんなことを五郎に語っていたおゆうであった。
あとで・・・
河原でおゆうのおばばと爺(治右衛門)が顔を合わした時・・・おばばが、
「どんな酔狂でやっているのか・・・それは、あんたらの勝手だが・・・
そのおかげで、饅頭半分食い損ねたわ。
あんたらを心配する・・・優しいおゆうには何も言えなくってな・・・」
爺(治右衛門)は、
「誠に、あいすいません・・・」と素直に認め、
おばばに丁寧に詫びたので・・・この二人も仲良くなっていった。
「あの子は実にかわいそうな子でな・・・」
とおばばは、おゆうについて・・・いつか話してくれたそうな。
その話によると・・・
おゆうの父親というのは金治といい、気性のおとなしい染物職人だったとか。
また見た目は二枚目で、近所の娘たちからはちょいと噂されるほどだった。
しかし、おゆうの婆様にあたる金治の母イネは意地悪く、
それはそれはきつい性根の女で・・・近所でも嫌われものだった。
金治は、そんなイネのいいなりの気の弱い男だった。
イネは嫁にきた、おゆうの母親のお徳とも最初はそう仲悪くなかったそうだが・・・お徳が近所でいい嫁だと評判があがったのが気に入らず・・・
いびりだしたそうな。
金治はというと、それを止めもせず・・・
お徳もじっと耐えていたのだが・・・。
そこに、
たまたま、イネの知り合いで小金持ちの男の娘フネが
男前の金治を一目みてくびったけとなり・・・
「娘がいてもいいからとにかく金治さんと一緒になりたい」と・・・
また、このフネがいいだしたら聞かない性質の娘で、
甘い父親は、持参金をたんまりつけるからなんとか・・・という話になり、
イネは渡りに船とばかりに、あれこれ理由をつけて、
お徳を離縁し、家からたたきだした。
「娘はしっかり育てるから、あんたは金輪際合わないように。いいね!」
と鬼のように厳しく言い、さっと引っ越していったそうな。
それでお徳は、おゆうには一切会うことができなくなってしまった。
晴れて一緒になったフネは・・・
金治はもちろんイネやおゆうも大事にし・・・
うまくいっているように見えたのだが・・・・・・
ところが婆様のイネが死に・・・妹、弟が生まれてくると・・・
フネは途端におゆうに冷たくなりだした。
ある時・・・フネはおゆうに一緒に神社に行こうって誘い・・・
「本当?」って、
おゆうも・・それは喜んでついていったのだが・・・
秋の夕暮れ時、
参拝の帰り、勾配のきついことで有名な高い石段を下りようとしたとき・・・
「きゃー」
おゆうは後ろから突き飛ばされ・・・転げ落ちたのである。
腕の骨を折っただけで・・・幸い死にはしなかったものの・・・
落ちた先から見えた、石段の上にたつフネの氷のような顔をおゆうは忘れることができない。
フネは金治には
「おゆうちゃん、本当にそそっかしくて・・・」
などと言っていた。
夜具に入ったフネは、
(ちくしょう!死ななかった。憎い・・・私とは違う女と金治さんの間に
・・・憎い・・・あいつさえいなければ・・・きっと・・・きっと)
おゆうは、フネがいないある時、
父親の金治に、あの時フネに突き飛ばされたかも・・・と伝えてみたが、
「そんなことはあるはずがねえ」と相手にされなかった。
しかし、それ以降金治はそれとなくおゆうを避けるようになっていった。
おゆうは、父親の金治も自分を守ってくれるとは思えず・・・不安にかられ、
夜になると母親のお徳の温かい肌を思い出し、
「母ちゃん、母ちゃん・・・」と泣いていた。
ある晩のこと・・・
おゆうが布団にくるまっていると、何か物音が聞こえた。
耳を澄ましてみると・・・
「ポトッ!ポトッ!」
何か水滴が落ちるような・・・
おゆうは薄目をあけて音の方を見てみると・・・
フネが・・・水がしたたりおちる濡れた手拭をもち、
二mくらい向こうに立ち、おゆうを見つめていたのである。
そのフネの目はまるで狐が憑いているようだった。
(どうしよう、殺される!)
と全身が総毛立ち恐怖に震えるおゆうだったが・・・
意を決して、
ばっと飛び起き、無言でフネを思い切り強く突き飛ばし・・・
部屋を飛び出していったのである。
おゆうは、それきり家に帰らなかった。
おばばは、遠くを見て思い出すかのように、そんな話をし・・・
続けて、
「・・・そして見ず知らずの私と出会い・・・おゆうはこの賑やかな
山口の町で物乞いをしていれば・・・いつか、いつか本当の母ちゃんに
会えるのではと思ってるんだよ・・・」
外から冷たい風がぴゅーっと鳴る音が聞こえてきた。
爺(治右衛門)は、その話を何もいわずじっと聞いていた。
その右目にはうっすら涙が滲んでいた。
その三か月後・・・
再び物乞い姿で山口にあらわれた五郎と爺であったが・・・
河原にはおばばの姿は見えなかった。
おゆうはいたが、フラフラしているように見えた。
五郎は、
「おゆうちゃん・・・おばばは?」と聞くと、
「先月急に風邪をこじらせて・・・死んじゃった」としくしく泣きだした。
そのおゆうも風邪ひいているらしく・・・
顔が真っ赤で・・・咳き込んでいた。
五郎が額にさわってみると・・・
「ひ、ひどい・・・熱いぜ」
おゆうは、高熱をだしていた。
その日の晩、おゆうは倒れ・・・意識を失い・・
「母ちゃん、母ちゃん」
とうわごとを言っていた。
爺と五郎は・・・急いでおゆうを陶の屋敷の離れに運び・・・
医師の竜泉をよんだ。
竜泉はおゆうを丹念に診たが・・・
部屋をでて・・・首を横に振り、
「あと三日もてば・・・」
五郎が、
「何とか、何とかならないのでか!」っと竜泉に詰め寄ったが・・・
再び悲しそうに・・・首を横にふった。
爺と五郎は・・・陶の屋敷の人間の手も借り・・・
必死でおゆうの母親お徳を探した。
四方八方手をまわしたが・・・
一日たっても・・・何の情報も得られず・・・
病床のおゆうは・・・どんどん衰弱し、意識を失いぐったりしていた。
二日目に、生き別れた娘を探している人間がいるという情報が入り、
すぐに飛んで行ったのだが・・・
・・・別人だった。
爺や五郎は、期待してだだけに、がっくりしたのだが・・・
その別人の女が
「あのー私と同じように・・・娘を探しているひとが・・・
いつも夕刻になると古熊神社にお参りに・・・」と。
「えっ」ということで、
すぐにそこへ行くと・・・
いた、いたのである。お徳であった。
お徳は人ずてで、娘が失踪したことを聞いたのだが・・・
その後は、とにかくあっちこっち狂ったように娘を探しまわる日々を重ねていた。
お徳の髪はほつれ・・・頬はげっそり痩せていた。
五郎が
「早く、早く、おゆうちゃん死んじゃうー」と半分泣きながら言い・・・
一行は急ぎ、屋敷に戻った。
部屋に入ると
お徳は
「おゆう!」と言い・・・近寄った。
おゆうは、しずかに眠っていた。竜泉も見守っているだけだった。
お徳が・・・おゆうの手をきつく握り・・・
「ごめんね、ごめんね、おゆう、会いたかったよ」
「おゆう、おゆうーー!」
と叫ぶが・・・・反応がなかった。その後何度読んでも・・・
と、しばらく後・・・
お徳が
「おゆうーー」と突然大声をだした。
五郎は、どうしたのかと思った。
「今、おゆうが、私の手を、手を、にぎったのよーーー」
と、お徳が言ったとき・・・
おゆうの目がゆっくりと開いた。そして
「ああ、かあちゃん、かあちゃん・・・」
とつぶやき、目からぽろりと涙がこぼれた。
そして・・・再び静かに目を閉じ・・・おゆうは旅立った。
亡くなったおゆうの懐をあらためると・・・
おゆうが何が書いたくしゃくしゃの紙が出てきた。
開いてみると、
そこには、汚い文字で・・・
「かあちゃん かあちゃん いま どこに
おゆうはかあちゃんのこと まいにち おもてるよ
かあちゃんも おゆうのこと おもってくれてるよね
かあちゃんにあったらね あったらね いっぱいはなすんだ
いっしょに ごはん たべて おんぶも してほしい
それから
かあちゃん と かあちゃんと いっしょに くっつて
ねるんだ
かあちゃん あいたい
あいたいよ 」
お徳の泣き声が、部屋中にひびいていた。




