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風邪

作者: mimi

 風邪をひくと心細くなる。

 誰かに心配をしてもらいたくなる。愛されているという実感が欲しくなる。自分が孤独な人間ではないという確証を得たくなる。縋るように伸ばした手を握りしめて欲しいと願う。

 ケホケホと咳が出る。頭の奥? 脳の奥? 自分の頭部の何処かが重たく感じる。鼻水の重さかもしれないと考える。摂取した水分の八割が鼻水になっていく気がする。吸っても出しても切りがない。ティッシュは気づけば山になっている。ズボラだな、と自分を苛める。

 ここはどこだろうととぼける。考えることが次第に億劫になっていく。風邪をひいていない時が夢幻のように思える。自分の頭がクリアだったことなど一度だってない。いつだって混線している。ああ。息苦しい。誰かに人工呼吸してもらいたくなる。

 体調を崩すとエッチな気分になる。そんなのは嘘だ。自分は年中発情している。なんて。口寂しさはきっと乾燥しているからだ、と思うのに水をのむのも気怠い。このまま意識を失うように眠ってしまいたい。

 寂しい。

 沸き起こる悲しさと切なさを誰に理解してもらえるだろう。誰かの体温を求めるのに、求める相手がいないことの侘びしさをきっと百パーセント伝える方法を自分は知らない。今すぐ誰でもいいから布団に入ってきてくれないだろうか。できれば全裸で。そして自分を温めてくれればいい。

 行く宛のない感情の波は揺れるだけ。いや、揺れているのは自分の体だ。視界はブレてまともじゃない。指も足も、全身くまなく震えている。バイブレーションだ。ただいま大人の玩具に大変身中、アハハ。

 iPhoneに手を伸ばす。LINEに登録されている人間は少ない。世の中の人間はLINEやFacebookにツイッターでつながってないと不安になるってほんとかな。多分ほんとだ。今だってつながりたくて必死だ。嘘です。iPhoneを持つ手が痺れて気持ち悪いのでそのまま力をゆるめて床に落とす。連絡する相手なんかいない。くだらない話をするのは二ヶ月に一度で十分だ。

 そして瞼を下ろす。

 気づけば楽になっていた呼吸に感謝する。風邪をひくまで、ただ鼻で息をするだけでこんなに清々しい気持ちになれることを忘れている。なんて愚かなんだろうね。神様こんな自分を愛してくれる人間をちゃんと用意してる? してなきゃイヤよ? アハン。

 薄暗い部屋の中で聞こえてくるのは自分の荒い息遣いと、時計の秒針が刻む音、つけっ放しのPCの自分働いてますよアピールだけだ。分かってる。もう少し回復したらシャットアウトしてやるから待ってろ。垂れた鼻水を舌で舐めた。涙との違いは微細すぎて不明だ。

 暗闇なのに、暗闇じゃない。瞼の裏には光が確かにチラついている。光虫のようなそれは幻想的にすら思える。だけど眠るのにはとても邪魔だ。頼むからどっかに消えてくれと祈る。

 手を――誰か手を握ってくれ。

 そして風邪なんて気にせずキスをしてくれ。舌を絡めて、唾液を啜ってくれ。ください。寂しいよ。


「おやすみ」

 瞼の上に誰かの手の温度を感じる。すると、不思議なくらい体に入っていた力が抜ける。腑抜けになる。骨抜きになる。心地よさに自分の何もかもが鼻水のように蕩けてどこかから抜けていくように感じる。

 手を伸ばすと、ちゃんと握ってくれる。自分じゃない、他人の温度は気持ちいい。自分という意識が暗闇の底の誰かに引っ張られるのを確かに感じる。

 誰だろう。

 誰でもいい。

 目を開ければきっとこの気怠さは跡形もなく消えて、自分は目の前の相手に恋するだろう。バカバカしい話だと笑ってもらって構わない。風邪をひく人間はすべからくバカだ。だからいいだろう。君に恋をしたっていいだろう。なんて、思いつつ、自分は、やっと、眠りに、つく。



了。

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