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九話

 気がつけば、俺はまた教団本部に戻っていた。アリエスに会わせる顔が無いのは百も承知だ。でも他に行くところが無い。

 本部前に来た所で、僧兵達の一団に会った。彼らは王城を囲む城壁の門から出て行くところだった。よく見れば後姿のヤルコフもいる。最後に何か言っておきたかったが、僧兵達は足早に街へと消えていってしまった。たとえ会ったとして、いまさら俺が何を言えばいいのか。そう思い直し、俺は本部の中へ入っていった。


 本部の建物の中はほぼ無人だった。廊下でばったり出くわした見知らぬおばちゃんは、手に槍を持っていた。動ける者は誰でも戦闘要員ということなのか。俺はアリエスの居場所を聞いた。せめて最後に一言会って、詫びておきたい。魔法の技術の高い者は、最前線である街の正面門へ行っているだろうとおばちゃんは教えてくれた。結局、アリエスにも会えず終いのようだ。もっとも、戦闘が始まる前に会って「この戦いが終わったら」とかいうフラグ立てをしないですんだといえば、すんだのだが。

 おばちゃんに礼を言うと、俺は資料室へ行くことにした。こういう時は最後まで足掻くのが、勇者として召還された者の礼儀だろう。ついでに妖魔がきたときに隠れられそうな場所もチェックしながら、俺は廊下を進んだ。


 資料室は人っ子一人いなかった。俺は一人で、魔法について記された巻物の最終巻を読んでいた。恐らく最終巻であれば難しいながらも強力な効果が期待できる魔法が載っていると俺は予想した。それを何かの拍子に使えるようになればよいのだが。

 流石に最終巻になると、俺には意味不明な用語が羅列してあった。ここまでちゃんと読み込んでいれば理解もできるのだろうが、斜め読みしても分量的に三日はかかりそうだ。読んでる暇など無い。とにかく読み進めることにした。

 最終巻の内容は主に場所と場所をつなぐための魔法についてだった。時限を越えた移動も扱っているようで、儀式魔法のところには大天使の加護や勇者召還の魔法も載っていた。

 俺が目をつけたのは、遠距離間移動の魔法だった。この魔法を使えば街から脱出できるのではなかろうか。俺はその魔法について記された部分を読み込んだ。だが、術者二人が同時に呪文を唱える必要があることがわかり、机に突っ伏した。なんと使い勝手の悪い魔法だ。術者が街の外に出れるのであれば苦労は無い。


 そもそも、上手い事逃げることができるような呪文があるなら、教団の連中はそれを使って街の住人の避難を完了させているのではないか。そこまで考えて、俺の頭にある疑念がわいた。

 まさか、何かしらの呪文でもう既に逃げていたりして。全員とはいわずとも、魔法の達者な幹部連中はそれで逃げ出しているのではないか。そう、いままさにこの絶望的な状況でなら、そういう選択もあるだろう。

 そうえいば、魔術の得意な教団の連中は正門へ集合しているそうじゃないか。あれはブラフで、実は王城あたりで王と貴族連中を連れて魔法で逃げ出そうとしているのではなかろうか。

 となるとアリエスはどうだ。彼女も魔法は得意なはずだ。まさか、いやでも。そんな嫌な考えが頭から離れず、俺は巻物を読むどころではなくなっていた。


「リョウ様、ですか?」

 背後から躊躇いがちに声をかけられた。振り向くそこには白いローブをまとったセミロングの女性が立っていた。アリエスだった。

「なんでここに」

「なぜここに」

 二人の言葉がハモった。お互い、相手がいまここに居ることが信じられない様子だった。

「幹部は正門に行ったって聞いたけど」

 俺は彼女に先んじて質問をぶつけた。

「幹部ではなく、高位魔術師はみな正面の城門へ集まっています。敵の攻撃も恐らくそこが一番、激しいでしょうから」

 アリエスの言葉に、ではなぜ君は行かなかったのかと俺は質問を重ねた。

「私はもう魔法を使えません。勇者召還を行った召還術者は、二度と魔法を使うことはできなくなるのです」

 だからよほどの事がないと勇者召還の魔法は使われないとアリエスは続けた。つまり、アリエスの長年の修行の成果と、未来の魔術教団での活躍の機会と魔法の才能全てを犠牲にして俺は召還されたということだ。

「気にしないでください。自分で決めたことですから」

 そうアリエスに言われたところで、俺の心中は穏やかでなかった。

 俺はバカだった。なにがアリエスは逃げ出しただ。彼女は戦う機会も逃げる機会すら捨てて勇者を求めたのだ。そして出てきたのがこの俺だ。何の取り得もなければ、戦うことすらできない。逃げ出すお膳立てをしてもらっても、それすら投げ出してくるようなこの俺をだ。じゃあ、俺はそれにどう応える。どう応えればいい。


「俺は馬車で脱出するのが無謀だと思って引き返してきた。いや違う、逃げ出してきたんだ。この巻物に書いてある魔法で、なんとかならないか。最悪、逃げ出すための魔法がないか調べにきた。何も役に立たない俺だけど、この巻物を読むことが、俺にできるこの世界での唯一のことなんだ。最後の悪足掻きだけど」

 俺は素直に心情を吐露した。軽蔑されてもいい。正直な俺を知って欲しかった。叫ぶように言った俺の目からはいつの間にか涙が流れていた。アリエスは黙って俺に寄り添った。椅子に座る俺の頭を抱きしめて、髪を撫でてくれた。中学生になってから、泣き崩れて頭を撫でられるなんて考えもしなかった。

「悪足掻きもいいと思います。私もリョウ様と同じようなものですし」

 聞けばアリエスも、何か自分にも扱える武器がないか本部を探し回っていたらしい。夫と一緒に街で防衛戦に参加するそうだ。

「種まきの日に生まれた女は、諦めが悪いんです」

 そう言って彼女は笑った。最高の笑顔だった。あの衛視さんはどうやってこんな良い女性と出合ったのだろう。


 俺はこれが最後になるであろう巻物の解読と考察をすることにした。こうなれば最後まで足掻くしかない。ただ、その前にふと気になったことをアリエスに質問した。その答えを聞いて、俺はさらに疑問を深めた。

 疑問は疑問を呼び、俺はアリエスに矢継ぎ早に質問した。その答えは俺の予想に対してパズルのピースのように当てはまっていった。質問の答えを繋ぎ合わせて出来上がった絵は、俺のチート魂に火をつけた。いけそうだ。


 最後に術者の居場所を聞いた俺に、アリエスはその術者に何をするのかと問いかけた。

「もちろん儀式呪文をやってもらうのさ」

 俺の答えにも、アリエスは不思議そうな顔をしていた。

「でも、大天使の加護の儀式は準備に三時間かかります。それに一人では無理です」

 ろくに説明もせずに質問するだけだったので、アリエスは誤解したようだった。

「そっちじゃない。勇者召還の儀式をやってもらうんだ」

 俺は自信たっぷりに答えた。



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