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七話

 何もしないで時間を潰すのもなんなので、俺とアリエスは教団のおつかいで城下町へと繰り出していた。閑散とした大通りを歩きながら、俺は計画の変更を考えていた。

 大天使の加護を受ける儀式をしてもらう気持ちは、俺の中では完全に消えていた。失敗のリスクが大きすぎる。アリエスもそれはわかっているようだった。それでも教団関係者による儀式の志願者は後を絶たないのだそうだ。そりゃそうか。ほっといても今日か明日か、近いうちにこの街は攻め滅ぼされてしまうのだから。

 伝説の武具消失、チート魔法取得確率は0.5%前後、敵の妖魔は聞く耳持たない。どこかに乗り込める方式の伝説の巨大石像でも埋まってないかと聞いてみたが、そういう類の話はないらしい。彼らにしてみれば勇者召還こそが唯一の一発逆転の手だったようだ。


 もう手詰まりっぽかった。異世界に召還されたといきまいていた自分は遠い過去のものとなった。いまはもう、どうやって逃げ出すかだけを考えていた。

 既に聞いたとおりに、召還した人物を送り返す呪文なり儀式は伝わってないとのことだった。召還された人達は過去も含めて、みんなこの地で生涯を終えている。帰れる方法があったなら、多分帰っていただろう。いずれ探すことにはなるだろうが、いますぐ帰ることはできないという結論に達した。


 それならばと、俺はアリエスに昼のうちに街から脱出するのはどうかと提案してみた、

「妖魔を防ぐ結界は人の出入りをも阻みます。夕方になればそれも切れますので、その後、妖魔の包囲の薄いところからであれば出ることもできるかと」

 ただ望みは薄いとのことだった。すでに、戦えない女子供はその手段で逃げ延びる算段をしているそうだ。合図があったら、街の壁を一部崩して強行突破するそうだ。俺もその逃げる組に入れてもらえないだろうか。ただ、俺の口をついて出た言葉は気持ちとは正反対のものだった。

「なんとしても、今日中に妖魔を倒す方法を見つけますよ」

 格好つけたい年頃なんだよ、俺は。だっていま言わなきゃ、一生言う機会なんてないだろう。俺の言葉にアリエスは笑顔で頷いていた。ああもう、あの笑顔を見れただけで言った甲斐があるってもんだ。



 教団からの魔法玉やら回復用の薬品類を街の門に常駐している衛兵に渡し、俺達は来た道を戻った。戻る道すがら、俺達はお互いの話をした。アリエスは西の高原で酪農を営む家に生まれたそうだ。たまたま魔法力が強いのを見込まれて王都に招かれ、四歳の頃から教団で勉強してたそうだ。それまで一日遊びまわっていた生活から一変、勉強漬けの毎日で苦労したんだと。俺も日々学校で勉強はしているが、アリエスほどではない。どこの世界でも地味に努力した人間が強いということか。

 一方、アリエスのほうは、彼女にとっての異世界、つまり俺の住んでいた世界のことに興味深々だった。俺のする話はなんでも注意深く聞いて、いちいち驚いてくれた。こんなにリアクションがいいと話し甲斐もあるってものだ。


 俺達が歩いていると、急に周りが慌しくなった。衛兵やらが走り回っている。

「私、ちょっと聞いてきます」

 そう言うとアリエスは近場にいる衛兵に事情を聞きに行った。一人で待つのもなんとなく寂しいので、俺もそちらへ脚を向ける。すると突然、前方に見える家の壁が吹っ飛んだ。


「グオオオオオオオ!!」


 棍棒を振り回す3メートルはあろうかという全身毛むくじゃらの怪物が、壊れた家の壁からぬっと現れた。でかい。

 誰かの叫ぶ声が聞こえた。そしてそれをかき消すように、またも怪物が雄たけびを上げる。俺は固まったまま動けなかった。やばい。逃げなきゃ。でも脚が動かない。というか、後ろを向いた瞬間にこっちに走ってこられたらどうしよう。何がなんだかわからなかった。

 とにかく物影に隠れよう。俺は左右を確認した。だが、どちらの家も扉は閉ざされ、家と家の間に隙間はなかった。隠れられそうな木の箱とか、樽とかが並んでいるのが西洋ファンタジーの街のお約束じゃなかったんかい。

 立ちすくむ俺。怪物は牙の生えたゴリラのような姿をしていた。毛は茶色。尻尾はない。棍棒は丸太のようなものの一方だけを掴みやすいように細く加工してある簡素なものだった。既にその棍棒には赤い染みがついている。その怪物がゆっくりとこっちを向いた。やばい、目が合った。

 怪物が吼えた。俺は情けないことに、へなへなとその場に尻餅をついた。無理。あれは無理。人のどうこうできるものじゃない。

 怪物はゆっくりと俺に近寄ってきた。脚に力が入らず、俺は立ち上がることすらできなかった。少しでも遠ざかろうと、手と足を無様に動かして後退した。

 グルグルと喉をならして怪物は俺に迫った。その手に握られた棍棒が、高い空に持ち上がる。まるで夢でも見ているような光景だった。


 怪物の背後から、閃光のようなものが走った。怪物の頭が消し飛んだ。怪物の身体がぐらりとよろめく。

 俺は咄嗟に左へ飛んだ。よく動けたものだと自分でも関心する。怪物はそのまま俺のいた位置へ派手な音をたてて倒れこんだ。土煙があたりに舞う。誰かが何かしらの力で怪物を倒したのだ。

「リョウ様、大丈夫ですか!」

 アリエスが近寄ってきて俺の無事を確かめた。俺はなんとか、平静を保つことができた。遅れてきた恐怖で心臓がバクバクと高鳴ったが、なんとか押し殺した。

「だ、ダイジョブでっす」

 情けない。できれば俺が助ける側になりたかったのだが、どうやら俺はヒロインに助けられてしまった情けない勇者のようだ。礼を言うとアリエスは首を振った。

「いまのは私の魔法ではありません」

 アリエスが視線を向けた先には、若い衛視がいた。なんと、街の衛視まで魔法が使えるのか。それとも持ってる武器が特殊なものなのだろうか。衛視は怪物に近寄って死んだかどうかを確かめていた。

 俺はなんとか立ち上がると、衛視へつたない礼をした。若い衛視は怪我がなかったかと心配してくれた。そしてなにやらアリエスと話し込んでいた。言葉がわからないので内容はわからない。深刻そうな会話だった。


 話が終わるとアリエスと衛視は、別れ際に軽くキスをしていた。え、なにそれ、この国の習慣か何かですか。

 戻ってきたアリエスはぽかんとしている俺を見て、あれは夫だと頬を染めて教えてくれた。話を聞くと新婚三ヶ月だそうだ。

「アリエス……さんは、歳はいくつなんすか」

「16です。それに呼び捨てで結構ですよ」

 恥らうように笑うアリエスだった。同い年くらいに見えたけど、二歳年上だったとは。ははは。

 子供が産めるようになれば結婚するのが当たり前の世界だから、俺の年齢で結婚するのも珍しくないんだと。はあそうですか。こちとら彼女の一人もいない、寂しい中学生ですがなにか。


 というか、ここにきてヒロインが既婚者とか、マジありえない。フラグ立て以前の問題だ。俺のやる気はどこへ向ければいいの。アリエス以外にまともに会話したのって、教団代表のボニール爺さんと、ガチムチな元剣闘士のヤルコフくらいだよ。俺の選択肢はこの二人のどちらかしかないの?

 ありえない展開に俺の気力は完全にゼロになった。

 帰る道すがら、妖魔がとうとう地下道を掘って壁の内側に侵攻してきたらしいという話をアリエスから聞いた。だが、もう何も考えることはできなかった。妖魔の掘った地下道と一緒に、俺のハーレムルートも埋められてしまったようだ。

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