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二話

 急な展開に俺は言葉を失った。

「あの、リョウ様」

 アリエスの声にも反応できない。

 目の前には城塞都市が広がっていた。いかにも中世ファンタジー的な風景だ。それはよい。

 その城塞都市の外側を取り巻くように、小さな点が蠢いていた。もっと近い方の城壁を見れば、いままさに壁奇怪な赤銅色の肌の何者か壁を乗り越えてきている。大きさは人の二倍くらいはあろうか。その化け物は壁を防衛しているであろう槍を持った兵士と戦いだした。あ、兵士がやっつけた。兵士すげぇ。

「こちらです。お急ぎください」

 そう言うとアリエスは俺の手を引っ張って、塔から繋がる城壁の上の通路を走りだした。意外に足が速いし、力も強い。女の子に手を握って引っ張られるというなかなかないシチュエーションに酔いしれる暇もなく、俺は城壁から続く石畳の通路を抜けて王城と思しき建物へ入っていった。


「あの、さっきのアレは何ですか」

 俺は間の抜けた質問をした。まさか召還直後に戦闘か。心の準備をさせて欲しい。

「大丈夫です。そろそろ日が昇りますから」

 アリエスの力強い言葉が終わらぬうちに、外から鐘の鳴る音が聞こえた。それは一斉に鳴り出したらしい。街のいたる方向から聞こえる。鐘が鳴り止むと一瞬、空が光った。よく見ればそれはシャボンのような薄い膜で、その大きな膜が街を包んでいるようだった。

「これで今日の夕方、日が沈むまでは大丈夫です。対妖魔の結界です」

 アリエスの言葉に俺は胸をなで下ろした。まだ戦闘に出るには準備不足だ。



 控えの間らしき部屋へ通された俺に、アリエスはこの国の状況を説明してくれた。簡単に言えば妖魔に攻められてピンチらしい。そこで俺が召還されたのだと。

 ムービーシーンは飛ばす派の俺でも、リアルに目の前で窮状を訴える少女の言葉を無視するほど薄情ではなかった。必ずお助けしますとポーズを決めて言い放つ俺を見て、アリエスは嬉し涙を流していた。人生最良の瞬間だった。


「さて、それではそろそろ魔法の使い方でも教えてもらいますかね」

 俺の言葉に、アリエスは困ったような表情をした。むむ、どうやら教えてもらうルートではないらしい。実はもう使えていたりして、そう考え俺は右手を二、三度、縦や横に振ってみたが、火球も雷も出なかった。まだイベント待ちといったところか。

 力のほうはどうだろう。剣とか振り回せるようになったのか。あまり変化はないような気がする。試しに座っていたソファを手で持ち上げてみた。うわ重い。

「伝説の武具とか、ありませんかね」

 その言葉に、アリエスは凄く悲しそうな顔をした。やや、何かまずったか。

 気まずい空気を察してか、俺達二人に近づく足音が聞こえた。ゆっくりと近づく足音の正体は、アリエスと同じ模様のローブを着た老人だった。恐らく、組織だか教団だかの幹部だろう。

「初めまして、召還に応じし勇者殿。わたくしは王国魔術教団代表のボニールと申す者です」

 ビンゴだった。説明役が出てきてくれて助かった。俺は挨拶をして、大人しくこの老人の話を聞くことにした。


 老人の話はアリエスの説明と被っていた。この国を救ってくれという奴だ。俺は内心イライラしながらも、重要なワードを聞き漏らせまいと注意して聞いていた。この地に封印されていた妖魔が、最近になって結界を破って出てきたとか、近場の都市は攻め滅ぼされとうとう王城のあるこの都市まで迫ってきたとか、そんな内容だった。

「それでリョウ殿には、なんとしても妖魔を退けていただきたいのです。もう四人目ですので」

 教団代表の最後の言葉がひっかかった。四人目ってなんだ。

「ああいえ、実はこの度の妖魔の侵攻に際して、すでに三人の方を召還しておるのです。その方々は残念ながら皆様失敗しておりまして」

 これはこれは。変化球できたか。これは重大なヒントだろう。俺は前任者がどのような経緯を辿ったのか詳細を求めた。


「お一人目はリョウ殿と同じく若い男の方でした。その方は『Lv1の城の周りにスライムより強い魔物がいるわけがない』とおっしゃっり、城にあった伝説の防具を身につけて城の外へ出られ、近場のオーク数匹に撲殺されました」

 なんという愚か者だ。しかし、思考パターンが俺に似ている気がする。十分注意しよう。この世界はいきなり高レベルモンスターと戦闘ありのハードモードのようだ。


「お二人目は若い女性の方でした。戦うのが怖いとのことでしたので、強力な力を求めて大天使の加護を得ようとされました」

「その大天使の加護というのを詳しく」

 老人の言葉に俺のゲーマーとしての感がピクリと反応した。

「大天使の加護は教団が執り行う儀式で得ることができます。そして、加護を受けると強大な魔術を行使できるようになります。それこそ、いま攻め込んできている妖魔達をどうにかできるほどの力を得ることができると、そう伝えられております」

 きたきた。これだ。正規ルートだ。チート魔法使い様の誕生だ。

「ただ、加護の取得はとても難しいのです。過去500年の間に六百人近くが挑戦しましたが、分かっているだけで成功者は三名です」

「少なすぎだろ」

 突込みが思わず口から漏れてしまった。俺は誤魔化すように続けて質問した。

「ちなみにその女性は、どうなったんですか」

「焼死しました」

 教団代表は沈痛な面持ちで、「失敗すると例外なく死亡します」とか続けていた。

 危ない危ない。これは罠ルートだ。

 いやしかし、選ばれし勇者なら成功する可能性が微粒子レベルとはいわず、かなりの確率であるのではないか。これは、しぶしぶプランBを選択して逆転するパターンか。



「三人目は壮年の男性でした。小学校の教師をされていたとか。前任者のお二人の行動をふまえて、二日ばかり色々と試されておりました。ただ、最後は手詰まりとなりまして、自ら妖魔との和平交渉を買って出られました」

 俺は老人の次の言葉を待った。

「残念ながら交渉は決裂し、身体の皮だけがいまは侵攻軍の槍の上に吊るされております」

 おいおい、夢満ち溢れる異世界ファンタジーはどこいった。ライトじゃないの? この世界は異世界ライトファンタジーじゃないの?

「ですので、もう、リョウ様は極力無理はなさらないでください。これ以上犠牲を出すつもりは、教団にはございません」

 そう言うと頭を下げて教団代表は去っていった。おい、何で俺を呼んだんだ。

「ちなみに、元の世界に戻る事ってできるんですかね」

 俺の質問にアリエスは顔を伏せた。そして膝をついて頭を下げ泣いていた。生まれて初めて土下座されたよ。

 泣き続けるアリエスを放ってはおけず、俺はなんとかなだめすかしてからトイレに行くといって中座した。城の中のトイレは木製の椅子に穴の開いただけの簡素なものだった。トイレに座った俺は一人しばらく頭を抱えていた。

 まだ、まだ希望は捨てるべきではない。どこかに正解ルートがあるはずだ。それが異世界召還モノの常ではないか。俺は自分自身に必死に言い聞かせた。

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