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決壊ノココロ

数ヶ月振りわぁい。

----


「薄々、そんな気がしていたんです」

テーブルの反対側に座ったエリスがそんなことを言う。

「絶対してなかったろ。あれ本気だったろ」

廊下で俺を見下ろした冷たい目ははっきり覚えてる。

俺に放った蹴りも覚えてる。

携帯越しからのマシンガン罵倒も覚えてる。あれは怖かった。

彼女は本気だった。本気と書いてマジと呼ぶ...いや、それは日本語的に間違いだ。

元々マジは真面目から江戸時代に派生した言葉であって、本気とは少し違う意味だとか国総の教師がいつしか言っていた。

つまり江戸時代の侍たちはもう既に「今度戦があるってマジ?」「マジマジ」などと喋っていた可能性がある。なんか嫌だ。

「先輩、女の子になってしまうなんて、とんだ災難ですね」

「ああ、全くだ。...俺の中での災難ランキングが塗り替えられたがな」

妹がお茶請けを持ってキッチンからやってくる。

どうも、とそれを受け取りながらエリスは俺に怪訝な目を向けた。

「して、どうして女の子用の服まで? まさかもう目覚めたんですか?」

「ちげえよ」

目覚めるってなんだ、女装にか。いやこれは外へ出るため仕方なくだな

「今から服と下着を買いに行くんです。日常生活で不便ですから」

そう、それそれ。妹の言葉を盾にして、つい昨日まで男だった俺が女物なんて着て買い物に行く免罪符を作る。

いやまて、買いに行くから仕方なくだとしても買うものは女物の下着と服じゃないか? しかも俺用の。

「へえ。可愛い服を着て可愛い服と下着を、ねえ」

考えれば考えるほど俺の頭には漢字2文字が浮かぶ。

まて、大丈夫だ、今俺はどこからどう見ても少女であり、女装癖のある流行りの男の娘ではない。

だから別に不思議じゃない、妹と並んで姉妹のようにランジェリーショップにいてもおかしくない。


「...先輩、変態ですか」

上辺だけで固めた言い訳は、その2文字によって完膚無きまでにも崩れ去った。俺は変態のレッテルを得た。


ーーーー


「...なあ。なんだか物凄く見られてないか?」

「気のせいです」

「いや、さっき3回くらい同じ人と目が合ったよ? 最後に至っては俺の目をじっと見てきたし...」

「そっとしておきましょう」

「え、うん」

外に出れば案の定、視線がひっきりなしに刺さってくる。

住宅街では人がいなかったのでそうでもなかったが、駅前まで来るとザクザクと俺の精神を抉りに来ていた。

初夏特有の、焼けたアスファルトと一直線に降り注ぐ太陽のダブルコンボでさらに気が滅入る。おまけに熱気が舞い上がってくる始末だ。

先程そうだ深夜に来ようと掛け合ってみたのだが、お店閉まってますと打ち返された。

外回りのスーツを着た営業マン、ベビーカーを押す母親、さらには駅前にたむろってる男子高校生数名までもが俺をガン見していた。最後の奴らは学校行け。

「...銀色ですからね、仕方ないです」

エリスが人事のように呟いた。

「お前だって、紫じゃないか。充分目立つぞ」

顔立ちからして日本人ではない。ゴスロリのような髪飾りも付けているし、制服改造してるし、というか私服2人に対して制服だし、俺よりも目立つと思う。

「私は反射しませんから」

素っ気ない返事が返ってきた。

反射って、そんな、俺の髪は鏡じゃ、


「...」

キラッキラに輝いていた。俺が歩くたびに揺れ、肩と腕、背中を撫でる銀糸一本一本が太陽を反射し光り輝いている。

まさに鏡だった。これで往来の皆さんがガン見してくる理由も分かった気がする。もう帰りたかった。

「もうすぐですよ、兄さん、頑張って」

今にも絶望の淵から闇の終焉へと落ちそうな眼をした俺を、妹が励ました。


ーーーー


俺は今、また新たなる問題に直面している。

最後は駆け込むようにして総合デパートに入り太陽の呪縛から逃れたのはいいが、ついに自分自身と向かい合う時が来たようだ。というか今まで考えないようにしていた。

「...兄さん、むしろ店の前で立ち止まっている方がおかしく見えますよ」

そう、ここはデパート内の店、しかも売っているものは女物の下着、所詮ランジェリーショップである。

今まで何度したかわからない押し問答が頭の中で繰り広げられる。

逃げてはいけないと分かりつつも一歩が踏み出せない。俺の中の何か大切な物を失ってしまうようで...。


気づけば俺は片足を出していた。俺の中で何かが音を立てる。

俺は出していない、動かしていない。これは確信を持って言える。では何故か?

答えは俺の背中にあった。

「...また一つ、経験になりましたね」

天使のような、薄い笑いを浮かべてエリスが背後から話しかけてくる。

その細い腕は俺の背中に伸びており、俺に対して前進の力が加えられていた。ぎゅっと。

彼女の微笑みは天使などではない、悪魔だ。悪魔の笑いだ。

思考停止したこの瞬間にも俺の体は前へ、前へと進む。強制的に。


「限界を超えてこそ、快楽が待っているんですよ、先輩」

もうどうにでもなれと思った。




また間があく予感

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