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雪ノトモシビ

握力の乏しい指でぽちぽち打ちました。

目を開けても真っ暗だった。

もう一度閉じて開いても真っ暗には変わり無かった。


ふと、頭というか額に重みがあることに気づく。やけに軽い手を動かして、それに触れてみると濡れていた。ぶにぶにとしていて、つん、と指先を冷やした。

あぁ、氷嚢か。そういえば、廊下の途中で俺は意識を失ったはず。両親はまだ帰ってきてなかったから、妹が一人で運んでくれて、看病までしてくれたんだろう。感謝しなくちゃな。


まだ少し頭痛の余韻が残っているが、体は大分良くなった。もう少ししたら起きよう。

ちょっと体に違和感というか、変な感じがする。真っ暗闇だから見えないが、それがちょっと気になった。


視界に光が射し込む。

暗闇に目が慣れてきた時だったから、余計に眩しくてつい目を閉じる。

「兄さん…?」

妹の声がして、片目を少し開けた。

何か、いつもよりはっきりしていた。目はそこそこ悪くてコンタクトもメガネもしていなかったから、こんなに良く見えるはずがないのだが。

「兄さんっ」

妹が弾かれたようにとんできて、俺の寝ているベッドを強く掴む。

「よかった…」

弱々しく膝をついて、ベッドに顔を伏せる。優しく腕を掴んだ妹の手は、少し汗ばんでいた。

その慌てっぷりに、本当に心配してくれてたんだなと思う。確かに酷い症状だった。


妹に掴まれた自分の腕が目に入る。自分の腕ということは感覚とか、そういうので分かっているけども、何かおかしい。いつもより細い。そして、白い。明かりはドアから射し込んでいる光だけなので、断言は出来ないが。

いつものちょっと骨ばったような感じじゃなくて、華奢なんだ。まるで、女の子の腕みたいに。

おかしいのはそれだけじゃない。

胸らへんに異変を感じた。こう聞くと変態かもしれないが、何か、擦れるというかちょっと何か乗ってるというか。

あれ、あれ、なんだこれ。

そして、股間が、身じろぎするたびにあるはずの感触が、あれ?

「なぁ。…今の俺、どう見える?」

手元に鏡は無い。ならば、第3者から見たままを言ってもらうのが早い。

俺は、普通の男子高校生って、それだけ言ってくれればいいんだ。それ以外の言葉はいらない、考えたくない。


「…とても、可愛い、女の子」


妹の静かな、でも決してふざけた色は含んでいない声を聞いて、俺は小さく、息を吐いた。



ーーーー



沈黙した空気の中で、何故か体も心も縮こまってしまう。

キッチンの横、家族4人が座れる木製のテーブル。

俺の前に父さん、その横に母さん。そして俺の横に妹が座っていた。

重苦しくて、すぐにも自室へ閉じこもりたかったが、それさえできなかった。

簡単に言えば俺は怯えていた。父さんの見たこともないようなしかめっ面に。

俺を睨んでいるわけじゃなくて、それはこの状況を必死に理解しようとしているみたいだった。

この状況というのは、もちろん。

俺が女になったことである。


「…本当に、お前なんだな?」

目の前の父さんが、重く口を開いた。

その言葉が、父さんが必死に理解した結果だった。

「…そう、です」

普通は敬語なんてあまり使わないのに、雰囲気に押される。

聞きなれた自分の声じゃなくて、少女の高い、鈴のような綺麗な声。

それに、俺は俺であるけど、それを証明する手段を思いつかなかった。冤罪をかけられた人みたいに、ただただ自分であることを主張するしか出来なかった。

「本当にこの人は兄さんです、私が見ていました。廊下で気絶して、それで」

その続きを妹は声に出さなかった。

堪えるように、きゅっと唇を結ぶ。


当事者の俺は、もう訳がわからない。

俺の体に何が起こったんだ? 原因は? これからどうなるんだ? 俺は、俺として生きていいのか?

考え出したら止まらなくて、次々と押し寄せる不安に押しつぶされて、息までも止まりそうだ。

「私は、信じます」

静寂を破ってそう言い放ったのは妹じゃなくて、母さんだった。

「だって、私がお腹を痛めて産んだ子ですもの」

理由はそれだけで十分だと言わんばかりにこちらを見て、優しく微笑んだ。


母強し。


母さんという人の強さ、優しさにとても救われた。

「わ、私も同じです! 私の、兄さんですから!」

妹も母さんに乗せて、声を上げる。

2人は俺がこの家の家族であると認めてくれた、こんな姿になっても。

「ほら、あなた」

母さんが急かした先には考え込む父さんの姿があった。皆の視線が父へと集まる。

「そう、だな。僕も信じよう」

全身の力が抜けた。

安心して、さっきまでぴんと張っていた背筋が解ける。理由は分からないけど、今までのように接してくれるというのが何よりも嬉しく思った。

「あらあら、涙なんて流しちゃって」

母さんに言われて気づく。

頬を、少し暖かいモノが滑るように流れていた。

「泣いてなんか…ない…」

それが少し恥ずかしくて、嬉しくて、感情の雫をぐしぐしと両手で拭った。






後1話くらいで戻ります。



「ラブ注入」と友達が言った時、本命バレンタインに自分の血を入れる女の子を想像した私はもうダメだと思う。

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