ご都合主義。
視点――――十人目
私は殺人好きのスーツの男と別れると、走った。あの、根暗系男子がそろそろ立ち直ってる頃だろうと思ったのだ。
でも、彼は私の想像を絶するほどの根暗だった。さっき会った時よりも悪化していることが分かる。目を瞑り、耳を塞いで、体操座りになっている。
だから、今の彼は小さく見えてしまう。
見ていて悲しくなる。
だから、こんな姿を見て私は後悔してしまう。自分の、罪を。
「起きなさい、朝よ」
「…………」
そして無反応で返される、俗にいう無視という奴でしょう。
無視はいじめの一つと聞いたことがあるけど……効果抜群ね。だって、少しイラってしましたから。
「無視しないで欲しいわ。虫唾が走る……」
思ったことをそのまま口にする。そしたら彼が笑った。侮辱された? 私……。
どうして? ……あ。
私はダジャレというものを無意識で言ってしまったらしい。それに気づいたらひどく辱めを受けた気がした。やばっ、どうしよう。恥ずかしい。
て……照れ隠しがしたい。でも、我慢……。
「…………あなたに頼みたいことがあるの」
そう、それがあって根暗くんに会いに戻ってきたの。私は他人に干渉することが許されないから、できても話すこと、触れ合うことくらいで、今彼に頼もうとしていることは絶対にできない。
スーツの男を殺して欲しい。個人的な恨みではなく。それが彼のためにもなる。そして、あなたのためにもなる。だから、彼を殺して欲しい。
「スーツの男。あなたが営業マンさんって呼んでる彼。彼の殺人を止めて欲しい」
私は彼の耳を塞いでる手を無理やり剥ぎ取って言った。
「無理だよ……。俺にはできない」
「私の方ができないわ。だから、あなたにお願いしてるの」
私はそれができない。神としてそもそも干渉を禁止されているのにもかかわらず、もしも殺しなんてしたらパパに殺されるもの。
でも、それだけの理由じゃない。私は……。
「あなたは他人のために生きているんでしょ? このままだと、あなたが空見ちゃんと呼んでいるあの子、殺されるわ」
それを言うと目を見開き驚く。考えてみたら分かる事なのに驚くということは考えていない証拠。でも、そんなことが分かっても事態は好転しない。
彼が動かない限り殺人は続く。殺している本人にも止めることは出来ない。
「でも、無理だ。俺にはできない」
「目の前で、天野柚子が殺されたとき、あなたは後悔しなかったの? 今度も後悔するの? 見殺しにできるの?」
「……出来ない……」
「だったら――」
「何もしたくないんだ! 俺に関わらないでくれ!」
気が付いた時には体が動いていた。私はビンタをした。口より先に手が出てしまう。根暗君はまた私にビンタされたからなのか、唖然としていた。
彼は必要以上に驚いていた。
ただ、私は自分の間違えにすぐ気付く。
私は泣いていた。だから驚いたのだ。
涙だけ出て不格好だった。どうして涙が出るのかはすぐ気付いた。
ショックだったんだ。
私は神様の権利を初めて手に入れたとき、力を使って少しだけ悪戯をした。それは一人の人間に干渉すること。ちょっとした気持ちでお腹の中にいる胎児にこう願いを込めた。
他人の心配ができる人になって欲しい。
優しい人になって欲しかっただけだった。私の思う優しい人というのはそういうイメージがあった。何処かで呼んだ漫画や小説の影響もあったかもしれない。けど、優しい人になって欲しい気持ちで願った。
そうすれば幸せになれると思っていた。そして、同時に幸せになって欲しかった。
これは、本当に私のただの気まぐれだった。だから、特に何も考えないままその子の成長を見守っていた。
そして、私の干渉で彼は不幸になった。私の願いは歪な形で彼を蝕み、彼を不幸にした。私が干渉しなかったら彼はきっと普通の人生を送れたことだろう。
それほどまでに、不幸だった。本人は自覚してないかもしれない。けど、私の気まぐれで強制してしまった彼の、その生き方は彼自身を不幸にするものだった。
全てが私のせいだった。彼が生前苦しかったことも、死んでもなお苦しみ続けるのも全て――私のせいだった。
でも、どうして私が泣くの? それが分からない。
涙だけ瞳から溢れる。私は泣いているという感覚はなく、ただ涙を不思議に思うだけ、私は悲しいのだろうか、悔しいのだろうか、分からない。でも涙が溢れてきて視界をぼかす。
「……ごめんなさい。私のせいなの。全部! ……私のせいなのに頼ろうとして、私……私がやらなくちゃだめなのに……できなくて……ごめんなさい」
ああ、分かった。私の涙の理由。これは自責の涙だ。
自分が許せれなくて、こんな自分が嫌で、それでも逃げてしまう自分が嫌いで、だから流れてしまう涙なんだ。
そして多分言っていて彼は理解できていないだろう。だから彼は私が何故いきなり泣いているのかすら分からない、だからこの行為は彼を戸惑わせるだけのもので、無意味だ。
そのはずなのに、彼は私の髪を撫でて、どうにか落ち着かせようと、私のために何かしようと動く。
彼は、さっきまで塞ぎ込んでいただけだったのに。
自分の事だけで精一杯だったのに。
なのに私を心配して慰めてくれる。
それは私の役目なのに……私が彼にするはずなのに。でも、思いと裏腹に涙は流れる。
何て滑稽なんだろう。私のせいで彼の全てを変えてしまったのに、その彼は私を慰めている。しかもそこには、その行為には私の願いが混じっている。彼は本心から心配しているのだろう。けど、私はその本心に干渉してしまっている。だから、慰められれば慰められるほど後悔が募ってくる。
だから、とても滑稽だった。彼じゃない、私が。
私は、彼に死んで欲しくなかった。
それは自分のせいで不幸になって欲しくなかったから。
だからこれは自分の為。
私は彼に強くいて欲しかった。
それは自分の罪が、少しでも良かったことだと思って、楽になりたいから。
これも自分の為。
そして、今私は泣いている。
……これも、自分の為に流している涙なの?
私はどこまでも自分の事しか考えれない。駄目な存在。
彼に私が望んだ生き方とは正反対で、私は私の事しか考えれなくて、だから、誰かの為に生きれる人になりたかった。
でも、私は出来なかった。
その生き方はつらいから。
他人の事しか考えないで、人は生きていくことは出来ないから。
だから、私はしなかった。
自分が傷つきたくないから、だからそんな生き方はしなかった。
自分の為。
自分の為にしか生きれない。これが私なのだろう。
今、私のいる世界はゴミ箱のようなものだ。
魂が自殺して腐ってしまう。それが輪廻を回って元の世界に戻らないようにするために、神様が適当に作った世界。そこでの死は永遠の死を意味してしまう。魂の消滅が起こってしまう。
パソコンのゴミ箱の機能――空にする。それがこの世界に来た人しか経験することのできない二度目の死である。
だから永遠の死。それは無を意味する。
私のせいで、彼の魂を無に還したくはなかった。これも私の傲慢だ。
私がしていることは全て我が儘に過ぎない。いや、我が儘としか言いようがない。
彼は私のせいで不幸になった。
私が干渉したから不幸になった。
そして、私は彼がこれ以上不幸になるのを、見たくなかった。
だったら、だとしたら、普通は私が彼を救ってみせるって言うのがどの物語でも常識的で当たり前だ。
でも、私にはそれが出来ないから。
怖くてできないから。
心が弱いから。だから私が助けるべき当の本人に、彼自身に頼っている。
それがおかしい事くらい自分でも分かってる。
分かってるつもりだ。
でも、私はそれができないから。
物語の登場人物のように、かっこよく誰かを助けるなんて、そんな事出来ないから。
だからと言って、見捨てることもできなかった。
もちろん助けることも出来ない。
だから、頼る事しか出来なかった。
私はもうこれ以上、彼に不幸になって欲しくなかった。
そんな彼の魂が消滅するのが。耐えられない。
これも、私の身勝手だ。
……でも、もしかしたら。
私がこんなにも誰かを傷つけてしまったことに対して、後悔をしなくてもいいのかもしれない。
例えば、私は彼に干渉して。
彼の人生を狂わして、それでおしまい。
それだけで見捨てて、後悔を抱えて何もしない。そっちの方が利口だったかもしれない。
今、私はあれだけ恐かった干渉することを自然としている。彼を失うのはもっと嫌だったことに思えたのかもしれない。
でも、そんな彼のためにだって私は他の人の命を奪うことができない。ただ命を奪うことならできたかもしれない。
けど、一つの魂を消す。永遠の死を与えることはできなかった。私には、その殺人の覚悟ができなかった。殺すのが怖くて、恐ろしくて、たまらなかった。
だから、私は汚れ役を、私が狂わせてしまった張本人に押し付け、私は高みの見物をしている。
そもそも、私は彼をぶってしまったけど、私にはそもそもその権利はない。絶対ない。
彼に恨まれ、憎悪の対象にされなければいけない。それが私の罰に対する相当の報いだ。
けど、この私の葛藤は言葉にはならずに、言葉にする勇気さえ私にはなく、私は自分を責め続けるだけだった。
私は彼に甘えているだけ。
本当に滑稽だった。
「そうだよな、俺は他人のために生きるんだよな」
諦めたように彼が言う。ただ、それは諦めというよりは受け入れと言った方が正しいのかもしれない。
「だったら俺は最後までそう生きなきゃいけないんだよな」
決心したように呟く。言葉を重ねるごとにその心は強くなっていく。
「ようやく気付けたよ。ありがとう。十人目の女の子、名前はどうせ覚えれないから言わなくていいよ」
彼は強く、優しかった。私が求めたように――ただ優しかった。
「行ってくる」
それだけを言い彼は走る。地面に落ちていたナイフを拾い、そのまま駆けて行った。
私は彼につらい役目をまた押し付けてしまうと分かっていながら、止めることは出来なかった。
私はどの世界のどんな人よりも弱くて、脆いような気がした。
でも、少しだけ違ったのかもしれない。
私が、狂わしてしまった彼は、もしかしたら、私が思うよりずっと強い人間なのかもしれない。
だったら、私はうれしいな。




