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自殺とその経緯。

視点――――主人公

 


 俺は酷い暗闇にいた。目と耳を塞いでできた自分だけの世界。ちっぽけな世界。優しい世界。暗い世界。

 俺はそこで安楽を得ようとした。誰にも会わなければ、誰も傷つかない。俺も傷つくことはない。だから――幸せだ。

 幸せ。言ってみてもうれしい気持ちにはなれない。そこには何もなく、ただの言葉にすぎない。気持ちが、魂がこもっていない。だからその言葉は寂しいだけだった。

 寒い、唐突にそう思う。体は冷えてはいないが、きっと心が冷えてしまったのだろう。

 寒い、寂しいだけかもしれない。この世界は狭すぎる。俺の心さえ入りきらない。でも、この世界にいるのが幸せなんだ。

 寒さを忘れるために、違うこと、何か別の事を考えないといけないという強迫観念に俺は急かされる。この世界は体がない。意識しかない、だから考えることしかできない。

 でも、妄想は苦手だ。想像力もない。だから、いつも俺はニックネームを付けるがどれも気に入らない。創造力もないのだ。

 だから過去を振り返る。思い出に浸る事しか寒さを耐える方法がなかった。

 思い返してみる、死んでからは嫌な記憶が多すぎて思い返したくない。だから記憶は生前に遡ろう。

 俺が生きている時……まず、学校の友達がいた。学校では嫌なこともあったけど楽しい事もあった。多分普通の学校生活だったんだろう。特に仲のいい友達もいたし、部活もやった。サッカー部だ。彼女もいたこともある。死ぬ二週間前くらいに別れてしまったけど。

 だけど、学校の記憶は楽しかった、という事実しか俺は覚えていない。だから、暖かくなるためには無意味な物だった。

 だったら何が俺の心を温めるのか? ただの学生だった俺は学校くらいしか交友関係がない。バイトも進学校だったせいで禁止だった。

 なら、家族。生まれたときに初めて出会う社会集団。俺の家庭の家族構成は父、母、姉、俺の四人家族だ。犬も飼っていたが俺が小学校高学年の時に死んでしまった。普通な家庭だ。――だった。

 両親が死んだ。俺が中学の二年の時だ。悲しむ事は出来なかった。そんな暇がなかった。姉が自分のせいだと嘆いていた。自分が殺したんだと言っていた。

 もちろんそんな事実はない。あったのは間接的な要因だけ。姉が行こうと言った旅行先での帰り、交通事故に遭って、後部座席にいた俺と姉は何とか生き残ったが、両親は死んだ。

 俺も両親の死体を直視することは出来なかった。あまりに悲惨だった。まず母は顔がなかった。父は体に鉄骨が二本刺さっていた。その時俺は少し気絶していて、目が覚めた理由は姉の絶叫である。

 それからしばらく入院した。俺は骨折だけで済んだ。姉は軌跡的に無傷に等しかった。それからしばらく「私のせいで家族が死んだ……」と言い続けていたけど、時間が経つにつれて言わなくなってきた。

 俺は少しずつ笑うようになってきた姉の姿が心底うれしかった。

 だけど、姉が事故を振り切ろうと思ったのか、免許を取った。

 そして、免許を取ってからの初めての運転の時に不幸があった。

 野良猫を轢いてしまった。

 でも、普通は猫を轢いたくらいでは自殺はしないだろう。悔やみはするけど、自殺する理由にはならないだろう。

 しかし、姉はこれが自殺のきっかけとなった。過去のフラッシュバック、トラウマの映像、家族の変わり果てた死にざま、それらが昨日の事のように記憶の奥底から上がってきた。

 姉は発狂した。叫んだ。俺の大好きなお姉ちゃんの優しい穏やかな声とは似つかない、狂っている人の声、今にも狂いそうな人の声。

 絶叫。その絶叫で俺は後悔した。思えばあの時の笑顔は俺を安心させるものだったのではないか。そう思うようになった。姉をここまで追い詰めたのは他の誰でもない、俺自身だ。

 それに気づいたら最後、俺も叫びたくなった、狂って楽になりたかった。けど、それは出来なかった。今にも壊れそうな姉の支えになる。それが俺の生きる意味になってきた。

 そのころからかもしれない。自分より他人の方が大切だと思うようになったのは。

 俺は姉のために何でもやった。姉は精神病院に入院することだけは拒み続けたので、俺が看病することにした。精神的なものだから看病と言ってもつきっきりじゃなく、どうにか姉を愉しまそうと躍起になっていた。

 しばらくその生活が続いた。そして――ようやく笑ってくれた。

 俺はそれが嬉しくて、久しぶりに生きててよかったと思った。

 だけど、俺は馬鹿のままだった。その笑顔も、俺を安心させるためのものだったから。

 それを知ったのは屋上。姉が自殺する直前になってようやく気付いたのだ。

 それはあまりにも遅すぎた。だから、絶望的に手遅れで、絶対的に意味のないものだった。

 気が付いた時には姉は飛び降りてしまって俺もそれを追って飛び降りた。

 これが俺の記憶だった。

 暖かくなりたくて臨んだ記憶遡行は、俺の心をより深い闇に落とした。生きていて楽しい事なんてなかった。死んでなお楽しいと思えるものもない。

 この世界は俺を恨んでいるかもしれない。

 だから、そんな世界になんて居たくない。


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