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ゴミ箱で、始まる前。

あらすじに書いた、調子に乗ってすみません。

生命の終わり、いわゆる死。それについて深く考えたことはないだろうか? もしも、そのことについて、深く興味を持っているならば、一度病院へ行ったほうがいいと思う。そこで優しいお姉さんに君の思っている死についての持論を述べようものなら、たぶん、優しい笑顔と、よくわからないお薬をくれることだろう。

 なぜこんな話をしているのか? なぜなら今俺は、死に直面しているからだ。

 そう、何かいろいろあって、現在進行形で自由落下をしているからである。そしていま、俺の腕の中には、大好きな姉がいる。

 二人で自殺を決め込んだわけじゃない。姉が自殺するのを止めようとして、失敗。そして、姉の飛び降り自殺を妨害、失敗。姉が落ちる、続くように俺も落ちる。ただ、姉に生きていてほしかった。シスコンと言われようが関係ない。

 救いたい、助けたい、生きていてほしい、そう願い俺は叫んだ。

「生きてくれ、お姉ちゃん」

 こうして、俺は死んだ。



 音がない。心音だけが鼓膜に響いている。

 あれ? 俺、死んだんじゃないのか? どうして心音が聞こえるんだ?

 気づくと見知らぬ部屋にいた。

 清潔なベッドに、きれいな机、無臭の空気、何よりも異様なのは、一面。

 白、白、白。そんな、知らない部屋に放り込まれて、ただ呆然としていた。

 えっと、誰かいる? てか、俺って生きてるの? 死んでるの? それすらも分からない。だから、その情報が知りたくてとりあえず声に出して聞いてみた。

 もちろん此処には俺だけしかいない。だから、これは空気に聞いたのだ。まあ、それは言い訳で、本当は不安で不安で、その不安に押しだされるように言葉が出てしまったのである。

「俺は生きているのか?」

「死んでるよ、君」

 すぐに生気が一切ない声が聞こえた。何処からかも分からない、部屋を見回しても誰もいない。この異常なほどまでに白い部屋には俺しかいない。

「そう、死んでるの、大丈夫、死んだのよ。きちんと」

 その声は告げる。ああ、やはりそうか、死んだのか。なんて、すぐ納得はできない。だって証拠がない。証拠がないものは信じれない。信じれることは、自分の目で見たことか証拠のあるものだけだ。

 でも、俺は他人に言われた事を信じ易い人間(つまりは騙されやすい人間)なので、とりあえずは信じてみる。謎だらけの声にさえ信じるのは俺の悪すぎる癖なのかもしれない。

「ん? 待てよ、じゃあここは、天国なのか? にしては質素すぎか、じゃ地獄? にしては綺麗だ。あ、わかった。中間か、狭間、そうだろ?」

 姿の見えない声に律儀に反応する俺。何か滑稽な気がする。傍から見たらただ独り言を言っている変人にしか見えないだろう。そしていつまでたっても俺の返答に対する突っ込みがないので、中間っておい、それじゃ現世じゃねえか。と、自分で突っ込む。……どうして悲しい気持ちになるんだろうか。

 というか、つまらなすぎる。俺の突っ込みも、ボケも。……一人じゃ何もできないな、R1グランプリは絶対に出れないぞ。

「いいえ、違うわ。ここは……そうね、パソコンでいうゴミ箱ってとこかしら」

 遅れて返答があった。ただ、その返答は俺を納得させるためには不十分だ。俺の頭のデキは一を聞いて十を知れるような天才設計はされていない。

 一般的な日本人男子と同じくらいの頭のデキだろう。

「待って、ごめん。頭がコンガラガッテきた。どゆこと? ってか君誰?」

「……誰と言われて素直に答える人なんて、ほとんどいないわよ。特に、ここでは」

 どうして素直に名前すらも答えないんだよ。と言いたかった、てか言っちまった。けれど返答はなかった。

「…………」

 返答は……なかった。

「すみませんでした。あの、心細いので一人にしないでほしいです。いるだけでいいんで」

 無音。返事なし。やっぱ嫌われたのかな? 

「ごめんなさい。……あのぉ五十銭賽銭箱に入れますから……見捨てないでぇ」

 ああ、不安だ。何が一番不安なのかと聞かれたら、間違いなく、死んだという実感が持てないことである。そして、なんか天使の囁きっぽいのにもそっぽ向かれちゃったし、どうしよう? とりあえず外に出てみようか。

 うん、出てみよう。

 我ながら実に行き当たりばったりである。



 ドアを開けて分かったこと。

 どうやらこの世界には空という概念があるらしい。何となくこの白い部屋から出れなさそうな雰囲気だったけど、ドアがあり、開けてみると外に出れた。しかし、太陽がなく、ペンキで塗ったような青色の空、なんか、ただの塗残しです、と言われたら信じれそうな白い雲。

 それだけが安っぽく存在しているだけだった。

 そして俺はこの非現実にようやく心が落ち着いてきた。ああ、本当に死んだのだ。その事実が俺を安心させる。自分が生きているか死んでいるかすら分からないなんて、落ち着かないからな。

 そして外に出たはいいが、何をすればいいんだ? 

 その前に、何か、忘れてる気がする。なんだっけ? 死因、そう、俺どうやって死んだんだ? やばい、記憶がこんがらがっている。

 しかし、何も考えずに歩いていた。しまった! 自分の出てきた家がわからない。振り向くこともせずに家を出てしまった。けど、どの家も見た限り同じ形と大きさだから……うん、大丈夫だろう。

 寸分狂いもない(パッと見そんな気がする)同じ家(しかもどの家も正方形なのがより性質が悪い)が等間隔で並び、道は直線。平安京ってたしか、こんなだった気がする。

 ただ、家を出た時には、目的地が決まっていた。空より先に気になった、赤色のドーム状の建物。

 白の世界でひときわ異彩を放っている赤の存在。血肉の赤、生命の赤。そんな色。

 俺は、ほぼ無意識の状態でその赤のドームに向かった。気まぐれで、だからこれもまた俺らしいかもしれない。



 そして、ドームに向かっている途中に何か物音がした。この世界は騒音が全くと言ってない。だから、ほんの少しの音が耳に届いてしまう。

 がさっと服の布の擦れる音が聞こえた気がする。もしも普段の俺だったらそんな事は気にしないだろう。しかし、今の俺は何と言っても不安で仕方がなかったのだ。

 死んでから、人の声は聞いた。けど、声だけで姿を一度も見ていない。それじゃあ不安すぎる。俺は一人で生きるなんて孤高な生き方は出来ない。もしも、俺が孤独に生きているなら、それはもう俺とは呼べない。俺に似た別人だ。

 それほどまでに、俺は孤独が嫌いだ。孤高の人という漫画を読んだけど、俺には到底理解できないものだった。一人になりたいという欲求は俺にはない。微塵もないかもしれない。だって、独りで生きるということは他人がいないということで、他人がいないなら俺が生きることの必要性もなくなってしまう。

 話が脱線してしまった。

 物音がしたんだ。だから、俺はそこに人がいるのかを確かめなければならない。義務ではないけど、義務に似たものに俺の体は突き動かされる。

「誰かいるの?」

 返事はなかった。だから、物音は気のせいで、俺の聞き間違いなのか。それとも、いるのに返事をしないだけか。 

 俺個人としては、人を見つけることができたらそれだけで万々歳なので、後者にかけ、ちょうど家が死角となって見えない部分を探す。

 そして、俺は人を見た。女性でも、女の子でもない。少女というのに相応しい容姿をしている。その少女は俺の言葉、存在には目もくれずに空をじっと見つめている。

 だから、つられて俺も空を見てしまう。何かがあるのかな? という軽い気持ちで。でも、空はやはり、できそこないで、特に変わったことは無かった。

 そうして視線を戻して、少女を見る。でも、少女はまだ空を見上げている。その姿には儚いという言葉がぴったりと合う。今にも消えそうな危うさがそこにはあった。

 少女の髪は薄い茶色で空気が入っているような癖がついており、少女にしては短い長さで、それでいて、どこか触れがたい印象があった。

「あの、こんにちわ?」

 とりあえず挨拶をしてみた。俺のこの少女との接触の仕方はまるでUMAに会ったかのような余所余所しさがある。

 そして、そんな俺の言葉を聞こえていないかのように無視する。無反応。小鳥のさえずりを聞き流すように、俺の小言を聞き流す。

 そしてずっと空に向いていた視線が俺の方向え戻る。

 ようやく反応してくれたという嬉しさと、同時にある不安が俺の心に芽生える。何故不安なのか? 少女が不思議だから。分からないから不安なのだ。

 で。俺の挨拶は軽くスルーされる。さも当然のように。

「あの、一人じゃ不安だから、一緒に来てくれますか?」

 この女々しいセリフは少女が言ったのではない。俺が少女に言ったのだ。

 返事はない。けど、無言は肯定というのを何処かで聞いたことがあるので、と自分を納得させて、この少女の手を引いて歩く。

「名前は?」

「…………」

 名前を言わないか。だったら勝手につけさせてもらおう。後悔するなよ? うん。空を見てたから空見ちゃんだ。なんて単純な俺なのだろう。 

 そして、手を引いても無抵抗だったので、それをいいことに空見ちゃんを俺のパーティの一人として迎える。なんてRPGじみた事を言っても、無言が虚しいだけだ。



 ドーム状の建物の前に来た。そのドームが異様なのは何となく想像がついていたけれど、近くで見ると想像なんかよりもリアルな感じがして俺はほんの少しだけ吐き気を催す。

 生理的な嫌悪感。このドームを見て、それを抱かない人は少ないだろう。ドームはドロドロして、黒色が混じったような赤で塗られ、その独特の威圧感に、まるで死神と目を合わせている。そんな気さえする。

 でも、無理やり連れてきた空見ちゃんは何の感想も抱いてないかのように見える。なんか、俺より心の広さってやつが遥かに違うのだろう。

 俺なんかあれだぜ? 脊髄にあるだろう動物的本能が(脊髄にあるのかは謎)俺に入るなと命令を出している。そして、それに反するかのように、空見ちゃんが知的好奇心か知らないがこの建物に入ろうとする。

 迷うな、迷うくらいなら突き飛ばせ。と中学生のころの恩師、中田先生に教えられた気がするので俺はドームの中に入るのを決意した。決意しなければ、入りたくないようなほどに異質だった。

 そして、ドアはないが、穴? みたいなところから入った。

 血だらけドームの中に入ってみたが、ドームみたいに天井が高くなく、そもそもドームでもなく、半球のなんかあれ、マンションみたいな? 学校、病院、まあ、そんな感じだ。こんな説明では分からない? それは仕方がない。俺でさえ理解していないんだ。百聞は一見に如かず。それは一見しても分からないことは百閒しても分からないと言うことも表している素敵な言葉だ。

 ドームじゃないならなんだ? なんて言えばいいんだ? 

 そんなことを考えながら、廊下を歩き、大きなドアを見つけた。 

 中世ヨーロッパにありそうな大きなドア。中にピーチ姫とか住んでそうな感じ。だったら俺はマリオじゃなくてクッパだな。不法侵入をしているからな。まあ、誘拐なんてする勇気はないから、クッパ以下だ。

 だから、マリオの話を頭から追いやって、このドームをどう呼べばいいのか。それを頭の中で駆け巡らせながらドアを開ける。

 ぎぎっっという、風化したドアが音を鳴らしながら開く。

 中には人がいた。それだけでうれしさが込み上げてきた。いや、安心しただけだ。



「やあ、ようこそ。世界の果てへ」

 そこには、5人いた。俺と空見ちゃんを入れて7人。野球をするのには残念だが二人足りない。

「くっくっく、貴様も選ばれし一人というわけか。名は何だ?」

 馴れ馴れしいやつが一人いた。馴れ馴れしいというか、自信過剰なだけかもしれない。だからそいつは自信に溢れた表情をしていて、男にしてはやや長い髪に、仰々しい目つきが不釣り合いな、そんな男だ。

「名前は普通自分から名乗るもんだろ?」

 と第一印象が悪いという理由だけで俺も少し態度が悪く返答してしまった。けどそれを後悔なんてしない。こういう自分様様キャラは付け上がらせるとあとが面倒だからな……。

「それもそうだな。だが、我は神だ! 故に自己をわざわざ証明する必要なんてない。ははははは」

 ほら見ろ。自分様様どころか、自分神様じゃないか。すげえよ、逆にすげえよ。だって普通自分の事をあんなにもはっきりと神様だなんて羞恥心が邪魔して言えねえよ。けど、そんなことを言われてしまって俺のよく分からない対抗心に火がついてしまった。

 だから無意識にこんなことを俺の口は言っていた。

「じゃあ、俺も神だから言わなくてもいいな」

 ……ああああ! 恥ずかしい! 多分今の俺の頬は初々しいカップルが初めてディープキスをした後の「もうっ」とか言ってる女の子並みに頬が赤くなっていることだろう。

 言って初めて分かった。あの自称神の精神力は常人のそれじゃない。

 恥ずかしいなんて微塵も思ってない。そう思わせる雰囲気だ。

 すげえ。素直にすげえ。だけどうぜぇ。素直にうぜぇ。

「私も神よ、だから自己紹介はしないわ」

 とまさかの神様三人目が現れる。その声は透き通っていてなお、芯が通っている声。美しくもあり、強くもある。

「でも、初めまして」

 彼女は幻想的な白髪を背中まで伸ばして、風もないのに白色の線がゆらゆら揺れている。それほどまでにさらっとしている。そしてそんな白髪は普通の人には似合わないだろう。白色が似合う人と会ったのは初めてだ。

「うん。初めまして」

 ……この声、まさかあの白い部屋で聞いた声と同じ? 自信はないけど、そんな気がした。

「私、天野……柚子です……」

 消えそうな声で自己紹介をしてきた女の子がいた。

 ツインテールで、前髪が心なし長い。そして、俯いている。

 人形みたいな女の子だ。と俺は思った。ちんまりしていて、そしてそれは可愛らしさがあるというより、自信がないということが目立って分かってしまう。

 だから、もしかしたらこの自己紹介を言うことだけでもの凄い勇気を使ったのだろうと思ってしまう。

 そしてそれも間違いではないのだろうとも思う。

「よろしく」

 だったら俺は優しく、ジェントルマンとして接するのが一番だな。なんて思ったりもするけど、俺にそんな器用な人間関係を築く力はないので普通に接するしかないが。

「あっ? さっきまで皆、自己紹介するぜって言っておいて、実は誰もしてなかったのに、この展開じゃ俺も自己紹介をしなきゃいけねぇじゃねえか」

 と言ったのは目のくまが半端ない事になって、少しだけ痩せている男。もの凄いほどの不健康さ目に見え、そして俺と同じ年頃だからこう呼ぼう。

 不健康青少年だ。

 と自己紹介を言う前に勝手にどう呼ぶかを決める。俺は他人の名前を覚えるのが大の苦手だ。だから、適当にニックネームをつけてそれで呼ぶという失礼極まりない行為を生きている時からしていた。

 だから、名前を聞く前にニックネームを付けるのだ。

「俺は黒沢大悟っていう名前な」

 と不健康青少年は言った。

 こうすると全くと言ってもいいほど元の名前が覚えれなくなるから、俺の名前を覚えるのが苦手なのが悪化するだけだがな。

「うん、よろしく」

 もちろん、俺はこの時点で不健康青少年の名前を忘れている。

 なんと素晴らしい人間力。

そして、スーツを着た。真面目そうな男が穏やかな声で自己紹介をする。

「僕、死んだときに頭を打ったのか分からないけど、記憶喪失なんです。だから名前は分からないから、適当によんでくださいね」

 そして、その男は終始笑顔だった。その笑顔は体面上のものとすぐに分かる。描の状態で、顔の筋肉が固まってしまったように、表情がずっと笑顔。

 それが何か営業マンっぽかったので、彼の名前は営業マンさんと呼ぶことにする。

「じゃあ、営業マンさんって呼びますね」

「あ、はい」

 と本人の許可は頂いた。しかし、すぐに

「センスの欠片もねえ!」

 と不健康青少年に突っ込まれ。

「本気で言ってる? 正気?」

 とホワイトに心配された。そして、他の人は声にこそ出さないけど、視線が痛かった。表情に変化がないのは営業マンさん本人だけだった。

 そして最後に自己紹介をしたのが金持ちオーラ、お嬢様オーラをびんびんに出している少女だ。彼女を見て、一番最初に気になってしまったのは残念ながら胸である。男として仕方がない事だが、巨乳の上に、美乳という軌跡の両立をさせており、全体的におっとりとした雰囲気がよりグラマーである。

 グラマーおっぱいと呼ぼう。

「如月このえと言います。よろしくお願いします」

 グラマーおっぱいはないな……。さすがに。誰だよこんなこと考えたのは。まるでおっぱいの事しか見てねえ発情期真っ盛りの男みたいなやつは誰だよ! 出てこい。

「よろしく」

 なんとか自分の心の邪悪(年中発情期のこの性欲)に打ち勝ち俺は返事を言えた。

 そして、まだ俺の後ろにいる空見ちゃんの自己紹介がしていない。けど、空見ちゃんは室内に入っても上を見上げている。 

 天井に特に変わったところはない。だけど、上を見ている。

 この子は自己紹介ができないと察したのか、自己紹介タイムが終わった。

 そこでいきなり、自称神が叫びだした。まるで、自分の声が誰かの耳に入る事が喜びみたいに。いや違うか。自分の声が届かないのは、それ自体が不幸だ。とでも言うみたいに、とまで言った方がいいかもしれない。

 それほどまでに声には気迫と自信に満ちていた。

「我々ここにいるメンバーには共通点がある。それが何かわかるか? わからないだろう、それが、普通さ。だが、神となった我には分かる。それはな、一度死んでいるということだ!」

 何故か一回転しながら奴は言った。

 うざいから殴りたかった……けど、暴力は嫌いなのでもちろん何もしない。

「大丈夫、この子には私が状況説明をしとくから。自称神の屑は黙ってて、あなたが話すたびに頭痛がするから」

 そんなこと言いながら、今度は女の白髪の方の自称神が俺の襟を引っ張った。それが自然な動きなので反応が遅れてしまった。

「イテェよ、おい、放してくれ! こんにゃろ。」

 俺の反抗(口だけ)も空しく、隣の部屋に引きずられた。

 よし、どうせこの女の名前が分からないのなら、何度も言うがそもそも俺は人の名前を覚えるのが苦手だから、とりあえずこの女にもニックネームをつけよう、隠れた筋肉バージョンホワイト。

 略して、ホワイト。

「うざい、うざい、うざい、あああ、本当にむかつくわ。あの自称神様野郎。十回くらい殺したい。嬲り殺したい。痛めつけたい」

 ……俺を隣部屋に連れ込んですぐに愚痴を吐くから、少しビビった。

そして、もっとビビったことがある。この部屋にはもう一人の人間がいた。

「あ、君には感謝するわ。君のおかげであの男から離れることができた」

 ホワイトは俺を床に叩き付け、腕を組み、言った。ただ、角度的にはホワイトは気付いてはいなかった。

 この部屋に居るもう一人の存在に、中央部屋につながっているドアに、何に使うのかも分からないものがごちゃごちゃとこの部屋には存在し、その中にひょっこりと。

若さの故に張りがあるしなやかな筋肉が見える。そして、その曲線美に調和して、適度の大きさの美乳が見える。綺麗な色をした肌はシンクの生地のように美しく自己主張をなさっている。

 つまりそう、状況を整理してみると裸の少女がいたという事実が浮き彫りになる。

 この状況での俺の落ち着きようと言ったら、賢者の域に達していたと思う。

 ここでばれてしまったら、俺はともかく、何故か全裸でいる少女に、今、イライラ絶好調なホワイトの矛先がこの子に向くだろう。

 そして、蔑むような目線どころか、毒舌が飛び、精神的にその女の子は殺されるだろう。

 俺は気づかれないように目線を送る。

 叫んだら駄目だぞ! 今のうちに隠れろよ! と紳士の眼差しを。それに気が付いたように、青ざめた顔のまま今よりましな物陰に、物音ひとつ立てずに隠れる。

 運がよかったのは、この部屋がごちゃごちゃしていることだ。

 ……やばい。そんな事より何か話を振らなければならない。このホワイトを楽しませなければ、視線が部屋に向いてしまったら確実にあの女の子は見つかる。

「あの、もしかして、状況説明するってのは口実、ですか? ホワイトさん」

 それだったら最悪だ。自分の状況さえも分からなかったら落ち着いて飯さえ食えないじゃないか、と突っ込みは心の中でとどめておく。だって、今の状況でさえ自分でもよく分からないからな。何で裸の女の子がいるのかなんて分かるわけがない。

「もちろんよ」

 やはり、そうですか。最悪の方向ですね。分かりました。じゃあ、俺戻りますんで、はい。てか一緒に戻りましょう。

「待ちなさい」

 と、彼女は俺を引き留めた。

「君が戻ってしまうと私まで戻らないといけなくなるの。分かる? あの自称神が嫌で逃げて来たのに、無駄じゃない。あとホワイトって何? もしかして私の呼び名? 何が可笑しくて初対面の人に名前を付けられなくちゃいけないのよ。……一応言っておくけど私のこの髪は白じゃなくて銀よ、シルバーよ」

「あ、はい。そうでした、そうですね」

 この部屋から出るために彼女を論破していくのは不可能そうで、早々に諦めるしかない。その代わり彼女を何があってもホワイトと呼んでやる。と、変な対抗心が芽生えてしまった。しかし、今はそんな対抗心なんて今は気にしている暇はない。

 どうにかホワイトの注意を俺に向けさせなければならない。

 ただ、今になって裸を見てしまったことに興奮してきた。

 俺は何歳になっても思春期、という持病を持っているのだ。いや、マジで。

 ええい、マテ待て、落ちつけ。こういう時はまず状況を把握するんだ。

 この部屋はよく分からないものがたくさんある、物置のような部屋だ。そして、ほこりはないのだが、この部屋にはほこりがどうとかもう、どうでもいいと思えるほどの危険が潜んでいる。全裸の女の子に、危険そうな女のホワイト。この二人が接触することは誰も幸せにはならない。

 あえて言うならいじめることが好きそうなホワイトは喜びそうかもしれないけれどな。

 とりあえず裸を見たせいで、その光景が瞼から離れないのなら、違うことを考えるんだ! 俺。落ち着くためにはなんだってするんだ! 俺。

 目の前にいる不機嫌そうなホワイトを見る。とりあえず、目線が泳いでるのはばれてしまう第一歩になりかねないのでできる限り視線を安定させる。

 そして気づいてしまったスレンダーな体つきに、すべてを見透かしてると思わせるような目。そして何より、胸が大きい。胸、胸、胸。

 ああ、やばい。落ち着こうと状況把握をしようとしたのに逆効果。

 俺がお姉ちゃん以外に発情するなんて、くっ、抑えるんだあああああああああああ。

「大丈夫? 君。あと、こっち見ないでくれる? 吐き気がするわ」

 はっ! 

 危ない、危ない。今俺は何を考えていたのだ。我ながら恐ろしい。

 今考えていたことが顔に出たということはないだろうが、それでも、変な顔になっていたのかもしれない。だから、心配……されてないけど、気味悪がられたのかもしれない。妄想はほどほどにしないと。

 とりあえず妄想に逃げていたら駄目だ。現実を見なければ。妄想のように信じれないような現実を。

「…………」

 そして空白の時が過ぎる。最後にホワイトが発言した時から誰も何も言わない時間が流れてしまった。

 偉い人は言いました。本当に仲がいいというのは、無言が苦にならない間柄の事を言うんだよ、と。偉い人とは、中田先生である。

 そして、中田先生の教えには裸の女を隠すためにはどうすればいいのかなんてなかった。

 それだけでなく少しずつこの場の空気が悪くなっている。シーンって奴だ。駄目だそれだけは阻止しなければ。

 その状況が、裸の彼女の人生に終止符を打つ決定打になりかねない。この場の空気、そいつをひとたび微妙に変えてしまったら最後。ホワイトの視線が泳ぎ、部屋を見渡し、見つけてしまうだろう。

 露出に励んでいる美少女を。

 そして、玩具のように遊び、いじられ、裸少女の人生が社会的、精神的に終わってしまう気がした。

 で、どうすれば阻止できるのか? 自問自答を繰り返す。

 いくら考えてもこれと言った画期的な案は出ない。

 落ちつけ。俺は俺のできることしかできない。だから、できることを探すんだ。

 そして、俺は姉と一緒によくお笑い番組を見ていたことを思い出す。

 ……やるしかないか。よし。やるしかない。

 ホワイト! 貴様の表情の変化が少なすぎて、筋肉がなくなってしまった頬を緩ませてやる。そう心で言ってやると(言ったらその時点で怒涛の言葉責めに合う気がしたので言えなかった)覚悟を決め、とっておきのネタをお見舞いしようと、まずは呼吸を大きく吸い、俺は言った。

「このまま黙っているのもつまらないだろ? だから少し面白い話をしてもいいか?」

「……そうね、それも悪くないかもしれないわ」

 よっしゃ! 何かいきなり「嫌よ」とか言われたらどうしようかという不安も大丈夫だった。

「……昔、昔、あるところに、おじいちゃんとコンドr」

「長そうだから没、はい次」

 早くも番組打ち切り! まさかそこまでしか聞いてもらえないとは思わなかった。

「どうしたの、もうネタ切れ?」

 みんなは知っているかい? ネタっていうのはね、短ければ短いほど難しいんだよ。

 だがしかし、そんな理由であきらめてしまう人間は所詮そこまでだ。

 やるぜ! 俺はやる! たとえ未来が見えなくてもやるぜ!

 これはもう既に、俺だけの戦いではない。他人のためでもある。それが俺をより一層やる気にさせる。

 

「厨二病によくあるシリーズ第一弾、学校休んだ次の日の言い訳が自分探しの旅で」

「厨二病って何?」

 あひん! 

「次」

 

 先日、自分の好きな漫画をつまらなそうに紹介するというスレを発見した。

「で? 次」

 で? て言われても面白かったんだよ! 主に俺がな!


 所詮俺はここまでの人間でしかないのか、そう、嫌な思考が脳を支配する。冗談一つもまともに言えない人間なのか。それが悔しかった。だから最後に一つだけ、自嘲気味に言ってみることにした。

「人生最後の言葉がお姉ちゃん」

「……ふっ」

 ああ! 笑った! 人生最後の戦い、終わってから初めての戦いに俺は勝利したのだ。俺は今日から英雄だ。よく分からんが、とにかく嬉しかった。

 そして、同時に俺は恐怖する。今、がたっと音が鳴った。裸の女の子にも今のネタ? は面白かったらしい。必死に笑いを堪えている。

 てかどんだけ俺の人生の最後の言葉は面白いんだよ。本人はいたって真剣だぞ。

「笑ったわけじゃないわ。嘲笑っただけよ」

 それも笑った内に入る! バナナはおやつに入らない! は今は関係ないか。

「君、案外おもしろいわね、素数を数えるより」

 いやいや、それ程でも。謙遜します。まあ、今は素数がどうとかはスルーしますけどね。そんなのに突っ込むほど俺は余裕ありませんからね。

「君の人生が滑稽だったことに免じて、今私たちに起きている現状を説明してあげるわ」

 いやいや、それ程でも。

「あ! 待って待って、俺の人生は滑稽なんかじゃなかったぞ」

 しまった食いついてしまった。でも、状況を説明してくれるのはありがたい。てか本来はそれを教えてもらうために別の部屋に移動したのに、そんなことがどうでも良くなってしまっていた。

 おそらく、きっと、裸少女のせいで、俺の悪癖に火がついて……庇ってしまった。

「あの自称神が言ったとおり、死んだ人が集まる世界っていうのは間違っていないわ。でもそれだけじゃないのよ、この世界って」

 俺の反論をもろに無視して、大事なことを言おうとする。

 それだけじゃないって、どういうことだ? それが頭を駆け巡ったせいで、突っ込みを入れることができなかった。

 相変わらずな無表情な顔つきで告げる。それは、きっと、この世界の真実。

「自殺した人が集まっているの」

 え? 予想外の言葉に脳が追い付かない。

「じゃあ、あなたは、最後どうやって死んだの?」

 お姉ちゃんを追って、あ。

「思い当たる節があるでしょう? 自殺の、ね」

 自分の意志で、飛び降りたんだ。辻褄は合う。合ってしまった。

「輪廻転生とは少し違うんだけどね。生まれ変わるの、肉体を失った魂って」

 凛とした声ですらすらと、セリフを暗記しているベテラン女優のように彼女は話す。

 その声が少し悲しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。

「だけど、それだけだと不都合が生じたの。普通に死んでいった人と違って、自殺した魂は、腐ってるの」

「臭い物に蓋……てことか?」

「そうよ、自殺した人を更生させることなんてめんどくさいもの、と神様は思ったのかしら?」

 しかし、これを聞いて、ホワイトこと閻魔王女と話して、どうしてか落ち着いてきた。こう見えて俺、さびしがりだし、そして何より不安だった。

 だって普通そうだろ? 何も知らないまま、気づいたら知らない場所にいたんだ。

 せめて、自分の居る場所くらい知っていたい。

 ほんの少しだけ心の霧が晴れる。

 けど、とりあえずどうにかしなければならない。裸の少女を。

 と思ったら、運よく

「じゃあ、私は戻るわ」

 と言ってこの部屋から出て行った。

 がちゃんと、ドアが閉まる音、そして数秒遅れて壮大なほどの達成感が湧いてくる。

 だから心の中で俺は叫んだ! ホワイトに勝ったぞ! うおおおおおおお!

「もう大丈夫だぞ、出てきても」

 そして、ゆっくりと裸の少女が物陰から顔だけを出す。そして、これはお決まりのパターン、裸を見て殴られるという芸もないテンプレな展開が起きそうだった。

 そして、顔だけをひょこっと出したおかげでようやく裸少女の顔を見ることができた。

裸少女は笑顔と花の似合うような顔で、活発そうに見える。

 でも、とりあえず今はテンプレ的展開、きゃあH! とか言われないために行動を取ろうと思う。なぜなら、そんな悲鳴は必ず中央部屋の人にも聞かれてしまうからだ。

 そうしたら、今まで積み上げてきた努力が水の泡。それだけは避けたい。

「どうして裸なんだよおい!」

 怒られる前に怒る。どうだ。これこそ必勝法だ!

「すみません! この世界で真の自由を手に入れたと思ってつい脱ぎ散らかしてしまいました。そしてこの中央にあった塔に入って、人の気配がしたのでこの部屋に隠れたんですが、この部屋を出るには中央の人のたくさんいる部屋に行くしかなくて……あの露出狂じゃないです……よ? 本当ですよ」

 裸なのを気にしながら相変わらず物陰でぺこりと小さく、俊敏におじぎする。

「あ! 見ないで……くださいよ」

 無理な相談だぞ。と言いたい。目の前に裸の女がいて見ないのは男じゃない。けど俺は紳士なんだ。だから……。

 そして俺はそっと上着を渡す。……そうだ紳士だ。俺は紳士だ。

「ありがとうございます……」

 そして、俺の上着を着て裸からちらリズム特性を手に入れた裸の少女にはもう敵はいない。

 って俺は何を考えているんだ! 

「で、何処に脱ぎ散らかしたの? 服。この部屋にはないようだけど」

 もしかして、この部屋にないとしたらそれは大変だ。

「あの。最初にいた部屋に畳んで置いてきました」

 目のやりどころに困るけど、俺は「マジかよ……」という言葉を視線で送る。

「あの白一色の部屋? 同じ家がたくさんあるけど。あの中のどれか?」

「はい」

 それはご愁傷様です。はい。

「無理ですよね? あんなたくさんの家から探すのって」

「そうですね。無理ですよね」

 でも。その恰好を人前に晒すのは恥ずかしいだろう。恥ずかしいというか犯罪だろう。犯されても文句が言えないぞ。誘っているようにしか見えない。

 が、俺は紳士なので、そんなことはしないがな。

「名前は?」

 自称神には名乗るなら自分から名乗れと言っているのにも関わらず、自分で実行しない俺。てか無意識にそう聞いてしまう。

「蒼井優です」

 と聞いておいて覚える気も、覚えれる気も全くない俺は頭にはとどめない。この人は裸の女王様と呼ぼう。

 ん? これも忘れそうだ。まあ、いいか表記名は裸少女のままで。

「俺の名前は――」

 自分の名前を言おうとした瞬間だった。

「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 誰の声かも分からないほどの叫び声が聞こえた。悲痛な声。この世の物とは思えないほどの声。

「中央部屋の方から!」

 俺は無意識に足が中央部屋に向かっていた。

 あの叫び声が姉の自殺した時の声と似ていたからだ。

「行ってくる!」

「あの、私も……」

「ここで付いて着たら俺の今までの努力が無意味になるだろ? だから待っていてくれ」

「……はい」

 そして、俺はドアを開け、一本道で皆がいる部屋とつながっている廊下を走る。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

 痛々しい叫び声。一番大きな部屋に入るドアを開けると同時に、それが俺を襲ってきた。獣のように速く。

 避ける機会はあったかもしれない。しかし、俺にはそれができなかった。叫んで襲ってきた人が意外だったからかもしれない。

 俺たちのヴィーナス。グラマー巨乳の如月このえさんだった。

 そうだよな、自殺したんだよな。この人も、こんな優しそうな人でも。

「ぐゃうぅあああぁ」

 彼女は俺の首を絞めてきた。キリキリときつく、長い爪が立っていて痛い。

 けど俺は抵抗せず、ただ、彼女を見ていた。

 苦しいし、痛い。けど、抵抗せず俺は彼女を見ていた。

 俺を助けようとした人は記憶喪失の営業マンさんだけだった。

 そうだよな、みんな自殺したんだよな。

 狂ってるんだよな。

 急に首を絞めるのを止めたので、は? と思い彼女を見た。

 そこでようやく目があった。正気に戻ったのか?

「あああああ、ごめんなさい! すみません!」

 言うと、彼女は俺から離れ、もう一度深く謝ってきた。どうやら、落ち着いたようだ。

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 でも爪で抉られた部分からつーっと血が垂れる。

「本当にすみません!」

 そういうと、この中央? にある大きな部屋から出て行った。当然だろ、あんなことした後だから、恥ずかしかったに決まってる。

 はあ、空気が少し恋しく感じられた。結構苦しかった。

「だ、大丈夫でした?」と営業マンさん。

「あ、はい。あと三十秒くらい余裕でした」

 急に襲われたから気づかなかったが、自称神がいない。あとツインテールの人形娘。えっと、確か……天野? さんだっけ?

「というかあんた。上着はどこに置いてきたの?」

 とホワイトに痛いとこを突かれる。

 スルーしてよ。見逃してくれよ!

「あ、あれね。あの服はもともと大っ嫌いでさ。だから捨ててきた」

「……そう」

 もの凄い疑いの目をかけてくる。

「気にしないで。お願いだから……」

 今中央部屋にいるのは、俺と、不機嫌そうなホワイト、いつも笑顔な営業マンさんと、今度は壁を熱心に見つめてる空見ちゃん、相変わらず目つきが悪いというか、全部くまのせいなんだけど、目元がきになる不健康青少年の黒沢、以上の5人だ。

 そしてしばらくの間、皆が終始無言を貫いていた。俺はしまったなと思いなおす。こんな空気の中で一人部屋から出るのは疑われてしまう。

 あんな恰好で一人部屋に置いて来ちまったからな、やばいな。

「あ、う、うん。みんな、なんか話さね?」

 不健康青少年が言った。不健康青少年くん、君は勇者だ。

 しかし、共通な話題がない他人にすることはなく、なんか、しりとりをすることになった。

「じゃあ、最初はしりとりの、り、ね」

「そういう奴いるよな。最初はしりとりのりって、誰が決めてんだよ。あと何か縛らねえとつまらんじゃん。だからさ、例えば四文字限定でしりとりとか。とにかく、特に深く考えずにしりとりする奴が多くなってる。だから、しりとりはいつの時代も勝てねえんだよ! ボードゲームやカードゲームによ! わかってんのか?」

 不健康青少年がマジ切れしながら俺に怒ってきた。俺はなんでここまで怒られるのかが分からなかったけど、怖かったので恐縮してしまった。

 そして、ホワイトはざまあみろと目で語ってきて、営業マンさんは相変わらずの営業用笑顔を俺に向けられている。空見ちゃんでさえ、俺の方を見ている。

 こうして、第一回、死んだ人達の遊戯会が開幕した。

 順番は、営業マンさん、不健康青少年、空見ちゃん、ホワイト、俺の順番に決まった。

 細かいルールは、伸ばす場合はその前の語を使うこと。ヰ、ヱは、い、え、とする。

「りんご」「五臓六腑」「…………」「ふむふむ、じゃあ……鼻血」

「おいおい、なんでだよ。空見ちゃん何も言ってねえじゃないか。部屋の端っこを見つめてるだけじゃないか。ホワイト、お前に空見ちゃんの何が分かるんだよ!」

「あなたにはわからないのかしら? 彼女は心で話しているのよ」

「どうやってそんなことできるんだ? 教えてくれぇ」

 しかし、納得はいかないが受け入れた。

 進行のため仕方ないよな。うん。

 じ? そうだな、ジクロルボス。と、言ったときに唐突に不健康青少年がキレた。

「ヴぁぁぁぁぁぁぁぁぁヵやろう」

 オオカミのように吠える。なんで?

「鼻血はなぁぁぁっ、はなぢなんだよ! だからなあ、ジクロルボスだとなあ、ぢとじで違うんだよ。なあ、おう」

 不健康青少年は、しりとりのことになるともの凄く熱い性格になる。まるで、かの元テニス選手みたいに。

 はい、すみませんでした。

 ぢ、ぢ、ぢ?

 なくね?

 ホワイトが人殺しノートを使っていたかの主人公のような目でこちらを見ている。

「計画通り」

 とホワイトが言うのと同時に、俺にとっては計画通りではない事が起こった。

 ガチャっという音がしたのだ。この中央部屋にはドアが四つあって、その中の一つ。俺がホワイトに引きずられてはいったあの部屋。

 あの裸の女王様の居た部屋。

「こ、こんにちわ?」

 と、ちらリズムをしたら必ずモザイクを掛けなければいけないという、危険な格好で、どういう理由か、俺の渡した上着一丁でこの部屋に入ってきた。

 その服だけで入ってきた……。

「な……」

 その姿を見た人が皆同じような反応をする。

 変態がいる。と皆思ったことだろう。

 何故ならそこには、先ほどのように裸ではないとしても裸よりもマニアックで、エロく感じてしまうような裸Tシャツを装備した少女がいるのだから。

大きすぎず、かつ小さすぎず、まさにちょうどいいくらいのボリュームの胸が、サイズの合っていないTシャツのせいで谷間が常に露出してしまっている。

そしてそれだけでもない。

 彼女の……裸少女のエロさはそれだけに留まってしまうほど二流ではない。

 一流なのだ。

 それは、ギリギリで見えそうな、それでも見えなさそうな、いやもしかしたら見えるのかもしれないという、夢の絶対領域が、局所、秘所、言い方はたくさんあるが、女子としては最も誰かに見せたくないあの聖域をどうにか隠している。

 それが一級である所以。見えそうで見えないというもどかしさが、裸なんかよりもかえってエロ魔力を引き出している。

 そして、彼女がその事を恥ずかしいとも思わない人間だとしたら、その聖なる魅力は半減しただろう。

 しかし、彼女は頬がピンク色に染まり、恥ずかしさに耐えられなくなったのか、小さくもじもじと、落ち着かない。

 それほどまでに彼女は恥ずかしがっている。

 裸少女はその恥辱感で軽く縮こまっている。

 そのせいで、彼女の体には大きすぎるTシャツから、ふたつの男の夢がより存在を主張している。

 そして、その縮こまりのせいで、見えそうだと謳っていた下の方の危険ゾーンはこちらからは見える望みがなくなってしまった。

 しかし、もしも後ろから見たら丸見えだと分かってしまう。それがいっそう妄想力を引き立ててしまう。

 このような危うさが、今の裸少女を、二倍、三倍と淫靡なものにしている。

「どうして来たんだよ!」

 と言ってしまったのが災いした。

 言ってしまったのは、現状確認という最大の任務にフィーバーしていたせいだろう。

「まさか。君がこの子にこの格好させたの? だってこの子の来てる服、君がさっきまで来ていた服じゃない……」

 ホワイトがそういうのと同時に、変態だと蔑む目線が、蔑みの目線のまま俺に向く。

 そして、言い訳はできない。俺は他人が不幸になる事はしたくない。だから。^「全て俺が悪いんです」

 そして、それを言うのと同時に「変態だったのか」「変態ですね」「変態よ」「…………」と皆が言う。

 俺が変態って言われる事であの子が幸せになってくれるなら悔いはなかった。

 けど、当の本人は俺が罪を背負ったのが気に食わなかったらしい。

「いや、これは私が悪いんです! だから、この人は悪くないんです!」

「何? あなたはこの変態を庇うの?」

 ホワイトが言及する。睨んでいるけど、心なしか楽しそうに見える。

「私が裸になっていたところに上着を貸してくれただけなんです」

「ほぅ、裸になっていたところ……どうして裸になっていたのかしら」

「…………ッ」

「露出狂だから?」

「違います! ……えっとこの世界にくる前に、自由になりたくて自殺したんですけど、で、死ぬことができて、これで自由だって思ったんです。だから、服を着なければならないなんて倫理に囚われたくないと思って、だから、全裸になって、それで、この建物に入ったんですけど……人がいて……怖くなって隠れちゃって、そして、服を取りに行くにも何処の家にあるのかも――」

「事情は分かったわ」

 と言葉を途中で切るホワイト。

「でも、露出狂なんでしょ?」

「違います!」

「違わないわ。あなたは露出狂よ。だって自分から裸になったんでしょ?」

「……そうですけど」

「普通の人は何の意味もなく脱がないわ。あ、でもあなたも意味も無く脱いだわけではないのよね」

「そうです! 意味はありました」

「そうね、例えば……快感を得たいとか……」

「違います! ただ、自由になれた気がして、それで……」

「違わないのよ。今はそうやって自分に嘘を付いているかもしれない。けど、本当は違うの。……人はいつも自分に嘘をつくわ。今はまだあなたはその段階なの。本当の自分を隠しているの」

「……本当の……自分?」

「ええ、そうよ。本当の自分。だから、素直になってもいいのよ」

「でも……」

 雲行きが怪しくなってきた。ホワイトが裸の女を調教している。人が調教されるとこを目の前で見るのは、たぶん、普通の人からすると不愉快だ。というか、聞いているこっちが恥ずかしい。でも、ホワイトの瞳は妙に生き生きしていて、俺はそれを止める気にならない。

 ただ、営業マンさんが笑顔を苦笑いに変えながら止めに入る。

「あの、そろそろやめた方が……」

「どうして? 私はこの子のために言っているのよ」

 違う。それはホワイト自身が楽しいからだ。とは言わない。思っても言わない。そうすると矛先が俺に向かってきそうで怖い。

「そうですか。でも、皆がいるところでそういうのは止めた方が……」

「いいえ、違うわ。みんなの前だからこそいいの。だってこの子の願いは露出よ。だったらみんなの前でなくては駄目よ……ね? 露出好きの可愛い女の子ちゃん」

「え?」

 まさか自分に振られるとは思ってもいなかったのか頓狂な声を上げる。

「そうよね? 露出好きの可愛い子」

 淫靡に、優しく話しかける。この声には逆らえない魔力があった。

「……そう、です」

「ですって。分かった? 記憶喪失の君」

「ですが……聞かされてるみにもなってくださいよ」

「そんな事知ったことじゃないわ。そんな些細な事気にしていたら駄目よ。大業の前には小さなことはなんやらとか言うじゃない? だから、気にしないで」

 営業マンさんはもう説得するのが無理だと諦めたのか、落ち込んだ様子でしりとりをしていたグループに戻ってくる。

「て言ってるんだし、いいじゃねえか。俺たちは俺たちで、しりとりで盛り上がろうぜ!」 

 と不健康青少年がまるで、甲子園を目指して、練習しようぜ! みたいな青春的なノリで声を上げる。

 どんだけしりとりが好きなんだよ。あんた……。

 そして、しりとりを続けることになった。ホワイトだけが抜けて、俺には有利になった。そして、相変わらず聞こえる甘い声。ホワイトと裸少女の声。

 なんてレズビアンなんだ。

 俺にその趣味はねえぞ。

 まあ、そんな甘い声を作業用BGMとして飽きるまでしりとりが続いたのだった。

 


 例えば、毎日が忙しく、自分の時間を持てない人がいたとする。そいつは多分、休みたがっているだろう。これもまた例えば、暇で、一日中何もすることがない人がいたとする。忙しい人から見たら、さぞ羨ましがることだろう。しかし、これが、十年、二十年と続いたとする。それでも、忙しい人は変わらずに休みを求めるだろう。しかし、暇で何もすることのない人は、死にたい、ただ、それだけを考えて生きることになるはずだ。

 恩師の、中田先生は、このようなことを仰っていたと思う、多分。

 第一回、死んだ人たちの遊戯会が幕を閉じ、皆が個々の世界に帰ってしまった。

 そして、完全に堕ちてしまったと言えばいいのだろうか、裸少女がスッキリとした、晴れやかな声で「ありがとうございました」と言って俺に服を返しに来た。そして、そのまま裸のまま、どこにあるのかも分からない服を取りに行った。無限と同じような家が立ち並ぶのを一軒一軒調べて回るそうだ。

 裸で。だが彼女は笑顔だった。ずっと。女の裸何て見る機会には恵まれなかった俺だけど、もう目のやり場に困るというのは無くなった。俺以外の男性陣はみんなそう思っていたらしいのが雰囲気に伝わってくる。また、犯してやるぜ! とか言うドキュンなワイルド系男子もいなくて、彼女の貞操は守られた。

 そんなことより彼女は羞恥心を捨ててしまった。それが俺は悲しい。

それからしばらくの間、この中央部屋で誰も話すことはなかった。そのせいで、気まずくなった空気がある。もう、一言発するのにも勇気がいるくらいに、空気は冷たくなり、俗にいう、何を言ってもしらけてしまう、最悪な状況だ。

 でも、ここに居る人はこの冷たい空気に耐えれる人が多い。自分の世界、妄想の世界に入るのが上手なのだ。

 しかし、もしかしたら俺と同じくこの空気を息苦しいと思う人がいるのかもしれない。

俺は心のオアシスを探すべく、中央部屋居残り組の面々視線を傾けた。

 空見ちゃんは俺の右に二メートルの地点を熱心に見つめているので、おそらく没。

 不健康青少年は下を見てぶつぶつ言ってる。それはまるで薬をキメている人のようで、望み薄。

 ホワイトは前科があるので頼るとこっちが痛い目に合う気がするので、端からナシ。

 しかし、この三人と違って最初から期待している人が残っている。営業マンさんだ。

 俺が期待のまなざしを向ける、彼は気づく、俺は微笑む、彼も微笑む。

 この時の俺には営業マンさんがまるで、仏様やキリスト、そして、幼稚園の先生みたいに思えた。

「ちょっくら歩きますか?」

 その声は暗闇に光を照らす救世主様を思わせた。

「はい、喜んで」

 ちなみに俺は性同一性障害ではございませんよ? 言い換えましょう。ホモではございませんよ。

 しかし、歩くと言っても、この中央部屋から出て、ドームのようでドームじゃないこの建物を散策するだけである。今は階段があったので、とりあえず昇ってみたところだ。

「この世界って、何ですか? 知ってることがあったら教えてほしいです」

「僕が知ってることって少ないですよ」

 そうですね、と営業マンさんは続ける。

「もう、既に知ってるかもしれないですけど、この世界には、絵具で描かれたような空、同じ形の白色の建物、汚れひとつない白色の地面、そして、この赤色の建築物。それくらいしか存在しません」

「俺がこの世界にやってきて一番の疑問がこの建物なんですけど、ここって何か分かりますか?」

 最初から気になっていた。自殺した人を集めてゴミ箱に入れるだけならこんな大きな建物なんていらないはず。

「ここがどういう理由で立てられたのかは分からないけど、五階まであって、入り口と階段が四つある。それくらいしか分かることないよ。あ、あと小部屋がたくさんあることくらいかな」

「なんかたくさん人が住めそうですよね」

「そうそう、この建物だけでも三百人くらい住めそうですし、外の家も入れたら、一万人以上は余裕そうですよね」

「もしかしたら、実際に住んでいたかもしれませんね」

 何分か歩いて中央部屋に戻ることにした。相変わらず小部屋が多いな。

 そして戻るときに三階にある窓から何となく外を見たら裸少女が走っているのを見つけた。まだその手には服はなく、調べは難航しているようだ。

 諦めた方が……、いや、何でもない。



 俺たちが中央部屋に戻って数分後、服さがしで走り回っている裸少女以外全員揃った。

 そして、今入ってきたこのえさんが泣きそうな声で呟いた。

「自殺、できませんでした……」

 唐突に言うものだからうまくリアクションを取れなかった。

「自殺、というかこの建物から頭から落ちてみました。でも痛みは一瞬だけで、怪我すらありませんでした。どうしてかは分かりません。でも、死ねなかったんです。……死にたいのに……」

 意味が分からない。唐突なのもそうだが、怪我がないってどういうことだ?

 俺は唖然としてしまって声も掛けれなかった。

「このえさん、落ち着いてください」

 そこで、見かねた営業マンさんが今にも泣きだしそうなこのえさんのフォローに入った。

「まず、なんで死のうとしたんですか?」

「それは……」

 一瞬俯いたが、決心したかのように彼女は言った。

「私は多重人格なんです。解離性同一性障害、これのせいでたくさんの人を傷つけてしまって、実際さっきも……とにかく私はそれが許せなくて、命を絶ったのに、結局死んでも生きてるのとたいして変わらない。もうこんなの嫌なのに」

「さっきの事は気にしなくていいですよ」

そう言う。けど、俺がいくら言っても彼女は耳を傾けない。

 耳に届いても、脳には届いていない。今の彼女にはその余裕がない。

 目尻には涙が溜まって、声も震えている。恐怖とは違う、でも、何らかの感情が今のこのえさんを苦しめている。

「死にたいのに死ねない、苦しい、生きていたくない、なんでこんなに苦しいの? ただ生きてるだけなのに、死にたい死にたい死にたい死にたい、でも死ねない、ひどい、つらい、苦しい。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたい自分が嫌い自分が憎い自分が醜い気味悪い怖い死にたい」

 処理しきれないほどの感情にこのえさんは狂っていった。自分の体を傷つけ、それを営業マンさんだけが止めていた。血が出ても、痛いと悲痛な声を上げても、最初から何もなかったのように体には傷が残らない。

 俺はその姿を見て、何を考えていたのだろうか。



 とうとう叫び疲れたのかこのえさんが叫ぶのを止め、俺は考えていた。

 この世界に、この体に終わりはあるのだろうか。

 自殺した人に対する罰として、永遠の中で生きることを強制されたのではないか。

 考えれば考えるほどにネガティブになっていく。

 相変わらず中央部屋にはたくさんの人がいるのに会話はなくて、ぶつぶつと独り言をつぶやく自称神(男の方)と、死にたいと連呼し続けるこのえさんだけが妙に浮いていた。

 その時、中央部屋のドアが開いた。

 服を見つけたのかそれを着た裸少女と、もう一人の女の子。

 見ない顔、十人目だろうか。

「人が、たくさんいる……」

 性別女、セミロングの黒髪、どこにでもいそうな顔。声も特に特徴がなく、真の普通の人を選ぶならこの人にされそうな気がする。

 違う、特徴がないんじゃない。何もかもに当たり障りがないんだ。

 そして、普通と言ったがそれすら誤りであろう。

 なぜなら彼女はこの世界にいるのだから。

 たぶん、どこかに普通じゃないところを抱えている。

 そして、この時点から物語は始まった。


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