現存する最古の笑い
紀元前469年頃~紀元前399年。
古代ギリシャに生まれた、天才哲学者ソクラテス。
家庭を顧みることなく探求の道を歩みつづけたソクラテス先生は、
「哲学とかどうでもいいから、とりあえずお金を稼ぎなさい」
と妻のクサンティッペに怒られっぱなしでした。
もっともな話なので、たとえ頭から水をかけられても、善良なるソクラテス先生は、妻に頭があがりません。先生を尊敬する人たちからすれば、彼女は悪妻に見えたことでしょう。
そんな天才哲学者ソクラテス先生。
結婚について悩んでいる人に、こんなことを語ったそうです。
「結婚はしておいたほうがいい。
もしも良妻なら幸福になれるし、悪妻なら哲学者になれる」
いかがでしょうか?
はい、ではここで確認をしておきたいと思います。
ソクラテス先生は、あきらかに笑いを取りにいっている。
間違いないと思います。
表現を変えていうならば、とてもユーモアにあふれている。
どうやらソクラテス先生は、とても話術がうまい人だったらしく、笑いを大事にしていたそうです。
だからきっと「俺のようになりたくば悪妻を持て」といった意味はないでしょう。
ただ単純に「結婚はしておいたほうがいい」と、ジョークをまじえて伝えているのだと思います。
天才哲学者ソクラテス先生だからこそできた、哲学者ジョーク。
じつに見事です。
名言です。
初めてこの名言に出会ったのは、ずいぶん昔のこと。
ソクラテス先生のことなど、悪妻を持っていた、ということぐらいしか知らないまま、何度となくこの名言にふれてきました。そしてある日、ふと疑問が浮かんだのです。
もしかしてこの名言は、現存する最古の笑いではなかろうか?
このときはじめて笑いが生まれた、笑いを勝ち取ったという意味ではありません。
もっと以前、それこそ太古の昔より人類社会には笑いがあったでしょうし、笑いを取りにいった人たちもいたはずです。当然、笑いを勝ち取ったジョークもあったでしょう。
しかし、そんなものを、いったい誰が後世に伝えるのか。
こんな駄文でも記録できるような恵まれた環境にはありません。
文字が発明されていない時代に、笑いをとったセリフを口伝するでしょうか?
紙もないような時代に、おもしろいネタなんぞ記録するでしょうか?
あまり知られていないだけで、エジプトの壁画には笑いが描かれているのでしょうか?
もしかしたら、救世主イエス様だって笑いをとっていたかもしれない。神の子ジョークなんてものがあるのなら、きっと大衆から笑いをとっていたはず。しかし、そんなものを聖書にのせるわけがない。
もしかしたら、お釈迦様だって笑いをとっていたかもしれない。モノボケとか、一発ギャグをねじ込んでいたかもしれない。如来ジョークがあるのなら、だれであっても必笑のはず。しかし、そんなものを仏典に残しているとは思えない。(ひとつやふたつはのっているだろうか?)
人類の歩みとともに生まれた無数の笑いは、残されることなく消え去ったはずです。
後世に伝えるのであれば、意義あるものを残したいと思うのが、まっとうな人間というもの。
もし仮に、まっとうではない人がいたとしても、歴史の重みに耐えうるものでなければ、現代まで残りはしないでしょう。バトンを受け継ぐ存在がいるのです。いつの世にもまっとうでない人はいるでしょうが、そこそこの笑いでは、次世代へ伝える気が失せます。
そんなことをツラツラと考えながら、ソクラテス先生の名言について考えました。
歴史の重みに耐えて現代まで生き残る言葉とは、物事の本質をついていたり、人のこころを揺れ動かすようなものに違いないのです。
生き残るとは、それだけすごいことに違いない。
そんななかで「結婚はしたほうがいいよ」といっているだけの、紀元前の言葉が現代に生き残っている。
なにやらものすごいことです。
そんな言葉さえ後世に伝えたくなるとは、ソクラテス先生はなんと偉大な哲学者であったか
と思ったりもしました。
ソクラテスという存在の人物像を伝えるために残った言葉であると。
しかし、後日。
だんだんと考えが違う方向へ進み、おそるべき可能性に気がついたのです。
この名言、単純におもしろいから残ったんじゃないの?
そんな不当な考えが力を持ちはじめ、頭から離れません。
ソクラテス先生あっての名言。ソクラテス先生がいたからこそ現代にまで伝わった。
そこは間違いない。
そこは確かなのだけれど、この哲学者ジョークはじつにおもしろい。
現代の人間でも笑える。
きっと古代ギリシャの人たちもおもしろいと感じたはず。
この言葉を現代まで伝えた人たちは……。
だとすればソクラテス先生。あなたはひょっとして、
約2400年もの間、笑いを取りつづけてきたのではないですか?
そして結婚という制度があるかぎり、これからも笑いを取りつづけていくことになる?
時を越えて、おそらくは世界中で、笑いを取りつづけるジョーク。
このおそるべき可能性に気づいたとき、おもわず感嘆の声をあげてしまいました。
くだらないといえば、じつにくだらない。
しかし、すごい。
少しばかりテンションが上がり、この名言があったから哲学者ソクラテスの名は残ったのではないかと、一瞬だけ考えてしましました。
偉大なる哲学者ソクラテス。
いろんな意味で、この方は尊敬に値します。
しかし、先生に対する敬意は間違いないとしても、不確定なことはあります。
先生のジョークが、はたして現存する最古の笑いであるかどうか。
浅学なる身には、それがわかりません。
もっと古く、先生よりも永きにわたり笑いをもたらした偉人がいるかもしれない。
いてほしいと思う。
いや、きっといるでしょう。
まず間違いなく、自分が考えているほど、この世界を知っているわけではないのです。
まだ何もわかってはいない。
もしかしたら人生は、知れば知るほどおもしろくなるのかもしれません。