一つだけのチューリップ(1)
今日は家族にとって特別な日であった。
なぜならオランダに留学していた祐樹|(22歳)が今日、4年ぶりに我が家へ帰ってくるのだ。
家族は首を長くして待っていた。
祐樹はきっと立派になって帰ってくる。
あの怠け者の男がどんな成長を遂げているのか。
母は花束を渡すことにしたのだが、何を思ったのかそれは赤色のチューリップの固まりだった。
本当に喜んでくれるのだろうか、オランダにはチューリップが溢れるように咲いているというのに。
そんなのも気づかないほど母は冷静さを失っていた。
午後6時49分、家族が待ちわびる家の玄関に足音がした。
「祐樹!」
家族が玄関の前にたかる。
「ただいま」
それはまぎれもなく祐樹だった。
「おかえり」
家族が温かく出迎えた。それは祐樹にとってかけがえのない瞬間だった。早速、赤色のチューリップが渡
された。
母の精一杯の気持ちだとわかっていたのだが思わず苦笑いをうかべてしまった。
実は祐樹もこんなことを考えていた。
帰国する4ヶ月ほど前、オランダのお土産にと黄色いチューリップを卒業試験の前に合間をぬって栽培していた。
そのとき赤色のチューリップのほうが安かったのだが祐樹自身、赤色がきらいなので、赤をさけたのだ。
しかし、ここで受け取らないわけにはいかない。
内心は渋々と受け取った。
顔はつくり笑顔で受け取った。
よりによってこれかと思いたくないが思ってしまう。
つかの間の格闘が始まった。
こころの整理がついたころ、赤色のチューリップは祐樹の部屋に飾られた。
まだ部屋を残していた家族は温かい。
「今は嫌いな赤」も後に「勝負の赤」に変わっていく。
そう、この不景気の中就職を探すこと、これはある意味卒業試験よりも何倍も難しい。
祐樹にとって本当の戦いが始まった。
早速、祐樹はハローワークにいってみた。
そこで衝撃の事実を目の当たりにする。
無いのだ、無いのだ、仕事が。
もはや選ぶ権利がないのごとく。
あっても、ついてくるのはお金ではない、生きがいでもない、希望でもない、期限だ。
祐樹は愕然とした。
それもそのはず、知るわけがない4年前より雇用の条件が悪化していることを。
オランダに行けば、海外に行けばきっと就職できる。
そう思っていたのに期待は裏切られた。
祐樹はこれから大変な就職活動、いわゆる「就活」を迫られるのであった。