影月
「ぷはぁ~。し、死ぬかと思った・・・。」
飛んだ先にあったのは流れも幅も大きな川とそこにかかる古いつり橋。
この先を行くと、水精霊の加護領域となる。
だが今の私はただでさえ魔力を食う空間魔術を長距離、それに複数に使ったから急激な魔力減少で飛んでいる間(とはいってもコンマ数秒程度だけど)軽い呼吸困難になっていた。
「飛鳥っち、お疲れ様。」
「・・・お疲れ。」
その場にへたり込んだ私に労いの言葉をかけてくれて、符養はそれに加えて魔力回復用のカプセルをくれた。
私はそれをすぐに呑んで少し休憩させてもらう。
「ふぅ、大分楽になったかも。」
「少し座っただけなのに。飛鳥っちの回復力はすごいねぇ~。」
「違うよ、魔力回復したから回復が早いだけ。」
「そういえば飛鳥っちって魔力回復用の術があるじゃん。なんで使わなかったの?」
「あれは便利そうに見えて結構副作用がきついの。空気中のマナは人体には軽い毒でそれを体内に取り込みすぎると最悪死ぬこともあるんだから。私はまだ軽い倦怠感に襲われるだけだからいいけど、使いすぎるとどうなるかわからないから極力使いたくないの。」
「それ何かの本に書いてあったの?」
鈴はそんな話聞いたことがないよというような顔をしていた。
「うん。大気中のマナを人体に取り込むなんて事例が少ないみたいだからね。見つけた時はリスクを負ってでも魔術として使いたいと思ったの。」
その本が一応私が魔力回復の魔術を作ろうとしたきっかけなのだが、思ってたより副作用が強くて術式の改良も兼ねて使うのを控えなければいけなくなった。
鈴はというと、何か納得した様子でそれ以降その魔術に関して何も言わなかった。
だけどあの目は研究者の目だ。
彼女はもしかすると自分自身で完全な魔力回復魔術を作るかもしれない。
「・・・鈴の目が怖い。」
「大丈夫だよ。あれは考え事してるだけだから。」
私は立ち上がった。
「・・・飛鳥、もう大丈夫なの?」
「うん。さ、先を急ご。」
私たちはあの古いつり橋をわたり始めようとしていた。
「この橋古くて足場が壊れるかもしれないから気をつけてね。」
言ったそばから私が足をかけた板が割れて下の川へ落ちていく。
さらに、橋に乗ってみると、ギシギシといつ壊れてもおかしくないような不安にさせる音がする。
近くだから座標も簡単にわかるし空間魔術を使えばいいのかもしれないけど、それを提案すると符養から猛反対されそうだからやめておこう。
「飛鳥っち、怖いから一人ずつ渡っていかない?」
「うん。私も乗ってみて思った。」
それにより、順番は、もう先に橋に乗っている私、次に鈴、最後に符養ということにした。
私はなるべく揺らさないように、ゆっくりかつ慎重にそーっと橋を渡り切った。
次に鈴だが、鈴も慎重に渡っているようで、石橋を叩いて渡るように足で足場を軽く叩いてから渡っていた。
最後に符養だが、彼女も私と同じようにそーっと渡っている。
だが私のようにゆっくりではなくあくまで普通に歩くペースでそれを行っている。
橋の軋みも私たちより少なく、流石元暗殺者と感心してしまった。
だが・・・
「ブチィッ」
古くなりすぎて私たちがどれだけ慎重に歩くか関係なく、時間の問題だったのだろうか、ロープが切れて橋が崩れ落ちていった。
その時その上を歩いていた符養も崩れきる前に渡ろうとしたができず、無情にも私たちの目の前から下へ落ちて消えていった。
「「フー!!!」」
私と鈴は慌てて下の様子を確認する。
川の水面には波紋だけが残っており、残骸はすでに下流へ流されていた。
ここから符養が水面に顔を出して流されている姿が確認でき、私はその後を追いかけようと水に飛び込もうとしたがそこを鈴に止められた。
「なんで飛鳥まで飛び込もうとするの!」
「だってフーが!あの子を助けなきゃ!」
「だからって泳いで追いかけようとしないで。この流れじゃ飛鳥も溺れるのが関の山だよ。」
「・・・っ。」
泳ぐのはあきらめて私たちは川沿いを走って下流へ向かうことにした。
・・・符養、大丈夫だよね?
影月
その名前で呼ばれていたのは六歳までだった。
私は生まれてからいろんな街を転々としていた。
けどまだ小さかったからどこでどれくらいの期間住んでいたのかはよく覚えていなかった。
街を渡り歩いたけど毎回住むのは街はずれの小さな小屋。
まるで隠れるみたいだったけど両親も私も笑顔が絶えず、私は幸せな毎日と感じていた。
だが街の方には絶対行ってはならないと言われていた。
行ったら優しい父と母の表情が鬼のように変貌したので、私は絶対に街へは行かないように遊んでいた。
ある日の昼、家に中年の男性が来た。
その人は父と母の古い知り合いだとかで、私はいつも二人が作業しているところを教えた。
男性はありがとうと言って帰ってったが、それが私の人生を大きく変えることになった。
夜になっても両親は帰ってこなかった。
代わりに昼間来た男性と大勢の兵士がいた。
男性は私を保護しに来たと言っていた。
私はその言葉よりも男性の後ろにいた兵士が武器じゃない何かを持っていることに気になってその後ろを覗いた。
それは父と母の無残な死体だった。
男性の話によると彼は裁きを下す者の人間で、私の両親を何年も追っていたらしい。
私の両親は逃走中の凶悪な犯罪コンビだったらしく、この逃走中に私が生まれたということだった。
彼らは逃走中も犯罪を繰り返しており、私が街へ行ってはいけなかったのは自分たちが潜んでいるというのを少しでもばれないようにするためであった。
私は両親の犯罪について全く知らなかったということもあり、無罪ではあったが身寄りがないということで、裁きを下す者に「保護」されるということで、私は半ば強制的に裁きを下す者に連れていかれた。
だが、「保護」というのは建前で本当は殺しや盗みなど、あらゆる犯罪をこなしてきた私の両親の子ということで、戦力にしたいということだったらしい。
私に拒否権はなく、連れていかれた次の日から暗殺者としての訓練が始まったのだ。
だけど臆病で泣き虫な私は毎度訓練で痛い思いをしては泣いてしまっての繰り返しで、訓練についていくことができなかった。
そして、あの犯罪者の子供であるのにその才能が全くなかったため、いらない存在として扱われ始めた。
その時ついた名前が「不要」という文字から取った「符養」。
いらない子となった私だったが、あの日家に来た男性・・・今のマスターだけは私を見捨てず、私に厳しく指導してくれた。
私はその気持ちにこたえようと努力し、感情を捨て、暗殺者となった。
そしてその時から自分の本名まで捨てて「符養」として生きる決心をつけたのだ。
だが本当は怖かった、私の手によって動かなくなっていく人、私へ恨みながら死んでいく人。
そんな人を見ると、私が場所を教えたせいで死んでいった大好きだった両親も同じように感じていたんじゃないかと思ってしまうのだった。
そんなことならあの場で私も死んでいればよかった。
私を・・・影月をどうしておいていったのだろう。
そんなことを毎晩思うようになっていたのだ。
そのことから救ってくれたあの人が現れるまでは・・・・
「影月!」
その名前を呼ばれて私は目が覚める。
私は地面に仰向けになっており、目の前には名前を呼んだ本人が私をのぞき込んでいた。。
「・・・飛鳥?」
「もう、『符養』や『フー』って呼んでも起きなかったのにその名前で呼ばれると起きるなんて・・・。フーはいつからフーの妹さんになったの?」
「・・・。」
川に落ちてから数分後以降の記憶がない。
私は必死に岸に向かおうとしたが、流れが速すぎて身動きがとれずにそのまま溺れてしまったのか。
運よく流れつけたのが奇跡だったのかも。
「影月。」
飛鳥がまた私の名前を呼んだ。
私はそれに反射的に反応して現実に戻って飛鳥を見た。
「影月、それがあなたの本名?」
私は無言で頷いた。
飛鳥の話によると、人工呼吸をされた後の私は息はあっても意識がなく私に「符養」や「フーちゃん」と呼んでもまったく反応がなかったらしい。
それでふと私が「影月」という妹の話をしたときに、「一緒に探そう」と言われたときに私があまり嬉しくなさそうだったことを思い出してもしかしてと思い、この名前を呼んだらしい。
「フー、どうして本名を隠してたの?」
「・・・私は『影月』という名前を捨てて『符養』として生きることに決めたから。」
私は今までのことを飛鳥達に話したのだった。
「・・・こういうことだから私はそれまでの弱虫な『影月』を捨てたの。」
私が言い終えると、飛鳥は鈴と一度向き合って、二人で同じ言葉を言った。
「「嘘。」だね。」
「えっ?」
「なら影月はどうしてその名前で呼ばれて目が覚めたのかな?影月はまだ『影月』としていたいって思っていたんじゃないかな?」
「そうだよ。だってフー、私に泣きついてきたこともあったし私によく甘えてたよね?感情を捨てたならそんなことしなくてもよかったんじゃない?」
「・・・そ、そうだけど、それはもう暗殺者として生きなくてよかったからで・・・。」
「なら尚更だよ。今のあなたは暗殺者『符養』じゃない。私たちに自分の思いを伝えてくれる大切な親友なんだよ。」
私はもう何も言い返さなかった。
呆れたとかそういうことじゃなくて、もう下手に言い訳して自分を偽ろうとすることに疲れて諦めただけだ。
「過去がどうであれ、昔の自分をなかったことにしてはダメ。その存在も自分なんだから受け入れなきゃ。」
「飛鳥っ自身も昔の自分のことで悩んでいたもんね。」
「悩むほどじゃないよ。それに私は昔の自分も自分自身だって受け入れてる。戻りたくはないけど、そのおかげで今の私があるから。フーもさ、せっかく裁きを下す者の暗殺者『符養』じゃなくなったんだから『影月』に戻ってもいいんじゃない?」
「・・・うん。」
私は無意識のうちに頷いてしまっていた。
私の意志に反していた訳ではないのだけど、気づいたときには返事をしてしまった自分に驚いた。
そして、今度はちゃんと自分自身の意志で口を動かしこう言った。
「・・・私は影月。真名は『ルナ・シャドウ』。私はもう自分に嘘はつかない。私は『影月』として、飛鳥達と一緒にいたい。」
飛鳥には、また助けられちゃったかな・・・。
おまけ~その後~
飛鳥「フーの呼び方どうしよう?このままフー?それとも影月?」
影月「・・・どっちでもいい。」
鈴「なら私は『げったん』で。」
飛鳥「また急に思いつけるな~・・・。」
影月「・・・げったん・・・かわいい。飛鳥、飛鳥も・・・。」
飛鳥「んー、私は呼びやすいしそのまま『フー』でいいかな。」
影月「・・・」