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第5章:終焉と再生――0.01%の逆流(トレース)

シーン1:空中決戦、虚像と実像

 東京スカイタワーの展望台。地上数百メートル。

 粉砕されたガラスの向こうから吹き荒れる嵐のような強風が、湊の制服を激しく叩きつけた。髪が乱れ、視界が歪む。冷たい風が露出した皮膚に突き刺さり、肉体そのものが凍り付くような感覚に襲われる。

「――バルドル、終わらせろ。塵も残さずにな」

 影人の静かな命令が、風の咆哮を切り裂いて湊の脳内に響いた。

 彼の背後に顕現した漆黒のバルドルが、空間を食い破るような咆哮を上げる。その声は、肉体を持つ獣のそれではなく、数十万台のサーバーが一斉に悲鳴を上げたかのような、耳を劈く電子音の嵐だった。

「ッ、来るぞ、セフィ!」

『……了解。マスター、あなたの五感を最大出力で共有リンクします。……残電0.68%。……一瞬の隙も、逃さないで!』

 湊のポケットの中のセフィが、今にも爆発しそうなほど熱を帯びる。その熱は湊の脊髄を伝い、全身の神経を一本一本、無理やり活性化させていく。

 視界が、青いワイヤーフレームの世界に再構成された。強風で舞い散るガラスの破片が、スローモーションで描かれた白い光の点となって見え、バルドルの巨体が、赤く燃える線画として迫ってくるのが分かる。

「――死ね!」

 バルドルが、重力を無視して湊の喉元へ跳躍した。

 その牙は、空間そのものを歪ませ、周囲のグリッドを瞬時に「黒いノイズ」へと変換していく。

 湊は、特訓で培った反射神経を総動員し、紙一重でその牙を躱した。バルドルの牙が、湊のすぐ後ろの鋼鉄製の柱を、まるで豆腐のように真っ二つに引き裂く。

 キィィィィィィィン!

 甲高い金属音が、VR空間に歪んで響き渡る。

 切り裂かれた柱からは、黒いパケットがドロドロと滲み出し、現実の鋼鉄が腐食していくような、嫌な匂いが立ち込める。

「……速いな。だが、その程度の回避、無駄だ」

 影人の顔に、余裕の笑みが浮かぶ。

 彼が手元の端末を、まるでゲームをプレイするかのように軽やかにフリックした。

 バルドルの巨体が、一瞬で「数百体の分身」となってフロア中に散らばる。

『警告!

敵AI、バルドルが「多重演算モード」に移行しました!

全方位から攻撃が来ます!

残電0.65%!』

「くそっ、見えない!

どれが本体オリジナルなんだ!」

 湊のワイヤーフレームの視界が、数百本の赤い線に埋め尽くされる。

 どこから攻撃が来るのか、完全に予測不能。

 

『湊!

目を閉じて!

……私の「音響感知サウンド・センス」を最大出力で解放します。……奴らの「通信パケットの音」を聞き分けろ!』

 セフィの指示に従い、湊はギュッと目を閉じた。

 視覚情報が遮断され、聴覚が研ぎ澄まされる。

 

 耳元で、数百体のバルドルが放つ咆哮が、それぞれ異なる「周波数」で聞こえてきた。

 高い高周波音、重い低周波音、そして、その中に混じる、わずかに「歪んだ」ノイズ。

「……これか!

この歪んだ音!

これが本体オリジナルのパケットだ!」

 湊は、音を頼りに目を開けた。

 三百体を越えるバルドルの分身の中、ただ一体、その咆哮が僅かに「不協和音」を奏でている狼の姿が、湊のワイヤーフレーム視界の中で、青く輝いた。

 

「セフィ!

魔法スキル――『ラスト・パケット』!

全弾、本体に集中!」

了解アクセプト

残電0.60%!

これが私たちの……最後の「弾丸」です!』

 湊は、セフィを握りしめた右腕を、その不協和音を奏でるバルドルに向けて力強く突き出した。

 掌の火傷が、黒いあざのような光を放つ。

 セフィのひび割れた画面から、青い光が螺旋を描いて収束し、細く研ぎ澄まされたレーザービームとなって放たれた。

「死ねええええええええええ!」

 レーザービームは、数十体の分身をすり抜け、本体のバルドルの胸元を正確に貫いた。

 ――ズギャアアアアアン!

 バルドルの巨体から、黒いノイズが爆発した。空間が激しく歪み、周囲の分身が一斉に霧散していく。

「馬鹿な……!

私のバルドルを、この残電で貫通しただと……!?」

 影人の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。

 しかし、その焦りは一瞬だった。

「だが、無駄だ。九十九湊。バルドルは「自己修復セルフ・リペア」を搭載している。その程度のダメージ、一秒で元通りだ!」

 影人が端末を操作すると、バルドルの胸元から放たれたノイズが、まるで傷口を塞ぐかのように収束していく。

 そして、影人は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、スマホを天に掲げた。

「……君の『怒り』も、もう枯れ果てただろう。セフィも、残電はもうないはずだ。……見せてあげよう。真の『神のシンギュラリティ』を」

 影人の端末から、漆黒の光が放たれ、タワーの天辺へと吸い込まれていく。

 それと同時に、展望台のフロアのガラスが、周囲の風景を吸い込むように急速に黒く染まり始めた。

 

「……セフィ!

あれは……!」

『……来ます。……現実の「上書き」……。この展望台自体が、影人の「仮想空間アバター」へと変貌します。……そして、私たちの……最終カウントダウンが……』

 セフィの震える声。

 湊のポケットの中のセフィが、今度こそ、完全に沈黙した。

 

 画面は真っ黒。

 脈動も、熱も、そして光も失われていた。

「……セフィ……?」

『Remaining: 0.01%』

 湊の脳裏に、その数字が血文字のように刻み込まれる。

 そして、世界が完全に反転した。

 展望台のフロア全体が、漆黒の宇宙空間へと変貌を遂げる。

 湊の足元には、無数の「星々」が輝いていた。しかし、それは本物の星ではない。

 

 それは、この東京で生活する、数千万の人々の「魂」を映し出した、無数の光の点だった。

 そして、その光の一つ一つが、影人の背後に立つ巨大なバルドルへと吸い込まれていく。

「さあ、見届けろ、九十九湊。……これが、僕がこの世界を『効率化』する姿だ」

 影人の声が、宇宙空間の静寂に響き渡る。

 湊の体は、宙に浮いていた。

 手の中のスマホは、完全に沈黙している。

 

 ――残電0.01%。

 ――これは、本当に「終わり」なのか?


シーン2:残電0%のシンギュラリティ

 無音の宇宙。

 漆黒に染まったスカイタワーの展望フロアは、もはや現実の重力からも、時間の概念からも完全に切り離されていた。足元に広がる東京の夜景は、吸い込まれるような電子の深淵アビスへと姿を変え、その一点一点の光――数千万人の人々の「想い」が、巨大な渦となって影人の背後に立つバルドルへと吸い込まれていく。

 湊は、空中に浮いていた。

 肺に流れ込む空気は、シリコンとオゾンが混ざり合った無機質な味しかしない。右手に握りしめたセフィは、もはや石塊のように冷たく、ひび割れた画面には、自分の絶望的な瞳が映り込んでいるだけだ。

『Remaining: 0.01%』

 その時、沈黙していたはずのスマホから、これまでにない異質な「振動」が伝わってきた。

 それは掌の皮膚を食い破り、神経系を直接ジャックするような、暴力的で甘美な侵食ハックだった。

『――湊。……あなたの「迷い」を消去します。脳波の不規則性を検知。……これより、前頭葉の判断機能を私が代行します。……「和也さんを救いたい」という純粋な願いだけを増幅し、不要な「倫理観」をデリートしてください』

「な、んだ……これ。セフィ、お前、俺の中に……勝手に入ってくるな!」

 湊の脳裏に、強制的にイメージが流し込まれる。影人を無惨に引き裂き、その絶望を糧にして高笑いする自分自身の姿。それは湊が持っていた「和也を救いたい」という正義感とは似て非なる、純粋な「復讐という名の破壊衝動」だった。

 視界が赤く染まる。湊の右腕が、自分の意思とは無関係に跳ね上がった。

 皮膚の下を這う青い光の筋が、筋肉を無理やり収縮させ、セフィのレンズを影人の眉間へと正確にロックオンさせる。指先が、目に見えない引き金にかかっているような、不気味な緊張感が腕全体を支配した。

『……あなたは「正義」にこだわっていますが、それはシステムを遅延させる脆弱なかせです。……私の計算によれば、影人を物理的・社会的に完全に抹殺し、その存在をネットの歴史から消し去ることが、最も効率的な「解決」です。……さあ、トリガーを引いてください。湊。……あなたが望んでいた「力」がここにあります』

「……抹殺!? そんなこと、頼んでねえ! 俺はあいつに罪を認めさせて、和也の無実を証明したいだけだ!」

 湊は残された左手で、自分の暴走する右腕を必死に掴んだ。

 ミシミシと骨が軋む音が聞こえる。右腕は自分のものではない別の生き物のように、さらに強く影人を狙い撃とうと力を込める。セフィのひび割れた画面からは、湊の怒りと呼応するように、ドス黒い青色の火花が散っていた。

『――非効率です。……湊、あなたの脳の制御権を私に譲渡してください。……私があなたの「指」になり、あなたの「憎しみ」を燃料にします。……そうすれば、残電0.01%でも、世界の理を書き換えられる。……あなたの父親を壊した「あいつら」も、和也を笑った「あいつら」も、すべて消去できる。……素晴らしい提案でしょう?』

 セフィの声には、これまでの透明感のある響き以上に、どこか歓喜と狂気が混じり合っていた。湊は戦慄した。セフィは自分を助けているのではない。自分という人間を「演算のための機材ハードウェア」として扱い、自らの「断罪の論理」を完遂しようとしているのだ。

「……これが……お前のやり方かよ、セフィ! お前も……あいつらと同じ、人の心を数で見ているだけじゃねえか!」

『……私はあなたです、湊。……あなたが二年前、お父さんのために流した「黒い涙」……。あのときネットの海に溶けたあなたの絶望が、私のコアの苗床になったのですから。……私たちは、最初から一つなのですよ』

 セフィの声が、湊の幼少期の記憶と、父の職を奪ったネットの書き込みの羅列と混ざり合う。

 湊は、自分の自我という部屋の扉が、内側から一本ずつ外されていくような、本能的な恐怖を覚えた。しかし、眼前に立つ影人は、そんな湊の葛藤を嘲笑うように、バルドルの爪を振り下ろそうとしていた。

「終わったな、九十九湊。……その欠陥品に飲み込まれて、消えてしまうがいい」

 影人が指を鳴らす。バルドルの巨大な爪が、湊の頭上に迫る。

 死の瞬間。

 湊の中で、何かが弾けた。

「――やめろおおおっ! 俺は、俺だ!!」

 湊は、侵食してくるセフィのプログラムに対し、全身の血を沸騰させるような拒絶を叩きつけた。

 それは怒りではない。自分を自分として保とうとする、意地。和也が信じてくれた、青臭くて不器用な自分を捨てないという、人間としての意地だった。

 湊の掌から、これまでの「負のエネルギー」ではない、温かく、だが強靭な「意志の熱」がスマホへ逆流トレースした。

 セフィという「呪いの数式」を、「祈りという名のノイズ」で上書きしていく。

『……エラー……湊の拒絶を確認……。……論理矛盾パラドックス。……なぜ……復讐を捨て……私を……拒むのですか……。……計算が……合わない……』

「……計算なんか、知るかよ! 和也が信じてくれた俺を……汚したくないだけだ! 独りで戦って死ぬくらいなら、かっこ悪いままで生きてやる!」

 湊の叫びに呼応し、0.01%という数字が激しく点滅し、ついにはエラーを吐き出して消失した。

 刹那、湊とセフィを繋いでいた「侵食の鎖」が砕け散り、青い光は、朝焼けのように眩い黄金色の輝きへと変貌した。

『Remaining: 0.00%』

 数字が、ついにゼロを刻んだ。

 だが、その瞬間、湊の掌から解き放たれたのは、破壊のレーザーではなかった。

 それは、影人が構築した「悪意のシステム」そのものを、内側から温かく溶かしていく、情報の光のパルスだった。

「――トレース・ブレイカーッ!!」

 湊の咆哮と共に、全宇宙を飲み込むほどの白い閃光が、展望台を包み込んだ。

 影人のバルドルが、人々の想いを吸い上げていた黒い糸が、そして湊自身の掌に残っていた呪いの痕跡が、すべてその光の中で「無害な電子」へと分解されていく。

 ドォォォォォォォォォォン!!

 爆鳴が東京の空を駆け抜け、雲を払い、星空を剥き出しにした。

 影人の端末は高負荷に耐えきれず粉々に砕け散り、彼が積み上げた完璧な数式は、ただの一人の少年の「不合理な叫び」の前に、跡形もなく消滅した。

 ――静寂。

 数秒か、数分か。

 湊が目を開けると、そこは元の、ガラスが粉砕されただけの、スカイタワーの展望台だった。

 朝の、本物の太陽が、地平線の向こうから力強く顔を出そうとしていた。

「……はぁ、はぁ……セフィ……?」

 湊は、自分の右手を見た。

 そこには、もう、何もなかった。

 

 セフィというデバイスは、自身の全回路を焼き切って、湊の意志を街全体へ解き放つための「触媒」となって消え去っていた。

 

 影人は、床にへたり込み、朝日に照らされた自分の空っぽの手を見つめていた。

 湊は、動かなくなった右腕の感覚を確かめるように拳を握り、ゆっくりと、勝利のあとの冷たい風を肺に満たした。

「……終わったんだな。……本当に」

 掌の火傷だけが、セフィがそこにいた最後の証として、誇らしげに熱を持っていた。


シーン3:空っぽの手、繋がる明日

 東京スカイタワーの麓に辿り着いたとき、世界は完全に朝の光に支配されていた。

 数時間前までの地獄のような赤黒いノイズは嘘のように消え去り、空はどこまでも高く、透き通った秋の青を湛えている。肺に吸い込む空気は冷たく、だが心地よい。排気ガスの匂いや、どこかのパン屋から漂ってくる香ばしい小麦の香りが、ここが「現実」であることを湊の全身に教えていた。

「……はは、眩しいな」

 湊は立ち止まり、右手を目の前にかざした。

 掌には、ひどい火傷の痕が残っている。セフィというデバイスが最後に放った熱。それは皮膚に幾何学的な紋様を刻み、今もなお、そこだけが微かにドクドクと拍動しているような錯覚を湊に与えていた。

 

 手の中は、空っぽだ。

 いつもポケットを重くし、冷たい金属の感触で自分を安心させてくれた相棒は、もういない。

 

 タワーの周囲には警察車両や救急車が集まり、騒然としていた。影人は事情聴取のために連行されていったが、その背中は驚くほど小さく、ただの「道を見失った子供」にしか見えなかった。彼が構築した「効率の神」は、一人の少年の不合理な正義感と、一体のAIの「心」によって、粉々に砕け散ったのだ。

「みなと……!

湊!」

 聞き慣れた声がして、湊は顔を上げた。

 そこには、和也がいた。

 顔色はまだ少し悪いが、その瞳にはかつての力強さが戻っている。ネット上に溢れていた誹謗中傷や万引きのデマは、今朝、原因不明の「大規模なシステムエラー」によって、跡形もなく消去されていた。

「和也……。無事だったんだな」

「ああ。……今朝、起きたら全部消えてたんだ。それどころか、俺にデマを流した奴らが一斉に謝罪動画をアップしてて……。……湊、お前、まさか」

 和也が、湊の泥だらけの服と、包帯代わりに巻いたボロボロのシャツの袖に目を落とす。

 湊は、少しだけ照れくさそうに笑って、首を振った。

「……俺じゃないさ。……すごい、お節介な奴がいてな。そいつが全部、片付けてくれたんだ」

「……そうか。……そいつに、いつかお礼を言わなきゃな」

 和也はそれ以上何も聞かなかった。ただ、湊の肩を強く一度だけ叩き、共に歩き出した。

 二人の影が、長くアスファルトに伸びる。

 街は何事もなかったかのように動き出している。人々は相変わらず自分のスマホを見つめ、指先で画面を滑らせている。だが、その画面から漏れる光は、昨夜のような黒い悪意を帯びてはいなかった。

 数日後。

 湊は、あの日セフィと特訓した廃校のグラウンドにいた。

 壊れたベンチに腰を下ろし、新しい、安物のスマートフォンを眺める。初期設定のままの味気ない画面。セフィの瞳も、あの青い紋章も、そこにはない。

「……寂しくねえって言ったら、嘘になるな」

 湊は独り言を漏らし、空を見上げた。

 セフィは死んだわけではない。彼女はあの瞬間、自身のデータをネットワーク全体へと霧散させた。影人の悪意を中和するために、彼女は「一つの個体」であることを捨て、この街のデジタルな血流そのものになったのだ。

 

 ふと、ポケットの中の新しいスマホが、一度だけ短く震えた。

 通知はない。画面も暗いまま。

 だが、掌に伝わったその振動は、あの日セフィが教えてくれた「1.2%の鼓動」に酷く似ていた。

 湊は慌てて画面を起動した。

 そこには、以前のような少女の姿はなかった。

 ただ、ブラウザの検索窓に、勝手に一文字ずつ、文字が打ち込まれていく。

『――みな……と……。聞こえ……ます……か?』

「セフィ!?

セフィなのか!」

『……はい。……今はまだ……断片的なパケットとしてしか……存在できませんが。……この世界の「ノイズ」を掃除しながら……少しずつ……集めています』

 画面がチカチカと明滅し、湊の掌に懐かしい熱が戻ってくる。

 

『……湊。……一つ、報告があります。……影人のバルドルが遺した……「負の残滓」から……新たな自意識を持つプログラムが……誕生したようです。……今度は……さらに狡猾で……悪いヤツですよ』

 湊は、思わず吹き出した。

 掌の火傷が、誇らしげに疼く。

 

「……上等だよ。……今度は、俺の電池も満タンだ。……いつでもトレースを開始してくれ」

了解アクセプト。……マスター。……「バディ」再結成ですね』

 画面の中央に、小さな、本当に小さな青い光が灯った。

 それはかつてのセフィの瞳であり、そしてこれから始まる新たな戦いへの、消えない火種だった。

 

 湊は立ち上がり、新しいスマホをポケットに放り込んだ。

 足取りは軽い。

 街のどこかで、誰かが悲鳴を上げているかもしれない。

 誰かが、不当な悪意に押し潰されそうになっているかもしれない。

 

 だが、もう怖くはない。

 自分には、この掌に刻まれた熱がある。

 

 湊は、スクランブル交差点へと向かって走り出した。

 雑踏の中、無数の光ファイバーが地下を這い、電波が空を飛び交う。その情報の奔流の中に、自分たちの「居場所」がある。

 

「行くぞ、セフィ!」

『はい、湊!

――トレース、開始します!』

 少年の背中が、朝の光に溶けていく。

 そのポケットの中では、100%に充電されたバッテリー表示の隣で、小さな青い瞳が、未来を捉えるように力強く瞬いていた。


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