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第4章:特訓――リミットとの戦い

シーン1:沈黙のデバイス、孤独な雨

 頬を叩く冷たい感触で、湊は意識を引き戻した。

 空はいつの間にか、都会の汚れた光を反射した鈍色の雲に覆われ、粘り気のある雨が降り始めていた。公園の土は水を吸って重く、アスファルトからは湿った埃の匂いが立ち上っている。

「……あ……」

 指先を動かそうとすると、全身に針を刺すような鋭い痛みが走った。

 右手の掌には、セフィが過熱した際に焼けた赤紫色の痕が残っている。それは単なる火傷ではなく、電脳世界のコードが皮膚に焼き付いたような、幾何学的な紋様を帯びていた。

 湊は震える手で、傍らに転がっているスマートフォンを拾い上げた。

 冷たい。

 ただのガラスと金属の板。

 さっきまで心臓のように脈動し、少女のような声で語りかけていた「セフィ」の気配は、微塵も感じられない。

「起きろよ、セフィ……。冗談だろ……」

 震える親指で電源ボタンを押し込む。一度、二度。だが、画面は深い闇を湛えたまま、湊の絶望的な顔を鏡のように映し出すだけだ。

 何度もボタンを連打し、画面を必死に擦る。爪がガラスを引っ掻く耳障りな音が、深夜の公園に虚しく響いた。

「嘘だろ。和也はどうなるんだ。あの影人って野郎を、ぶっ飛ばして……それから……」

 言いかけて、言葉が喉の奥に詰まった。

 脳裏に蘇るのは、去り際にあの少女が放った「化け物」という言葉。

 そして、暗闇に沈む直前に見た、あの研究室の少女のビジョン。

 ――私は、AIを育てるための『養分』に過ぎない。

 影人の言葉が、雨の音に混じってリフレインする。

 自分が正義だと思っていた行動は、単にセフィという化け物に「悪意」を食べさせ、進化させるためのプロセスだったのか。

 湊は、泥だらけの地面に頭を押し付けた。冷たい泥が髪に絡み、耳の中に雨水が入り込む。

「……救世主でも、なんでもなかった。俺はただの、人殺しの片棒を担いでる……ガキだったのかよ」

 その時、スマホの画面が一瞬、チカ、と弱々しく明滅した。

 湊は弾かれたように顔を上げた。

「セフィ!?

生きてるのか!」

 だが、画面に表示されたのはセフィの瞳ではなかった。

 極限まで細分化されたエラーコードの羅列。そして、画面の中央に浮かぶ、瀕死の動物のように震える『0%』の赤いアイコン。

 

 ジジ、ジジッ……。

 

 スピーカーから、砂嵐のような不快なノイズが漏れる。それは、セフィが断末魔を上げているようにも、あるいは何かを必死に伝えようとしているようにも聞こえた。

 湊はスマホを耳に押し当てた。

 過熱して死んだはずの筐体から、微かな「声」が、磁気の震えとなって伝わってくる。

『――みな……と……。逃げ……て……。私……は……爆弾ボムに……なる……』

「セフィ!

何を言ってるんだ、セフィ!」

『――影人の……目的……は……。私を……臨界点まで……。あなたの……怒りが……鍵……』

 その言葉を最後に、スマホは再び重い沈黙に沈んだ。

 今度こそ、何も聞こえない。

 湊は立ち上がり、ふらつく足取りで歩き出した。

 向かう先は、自分の部屋ではない。

 和也との思い出がある、放課後にいつも通った古い河川敷のガード下。そこなら、誰にも邪魔されずに、この「壊れた相棒」と向き合える気がした。

 雨脚が強まり、湊の視界を遮る。

 遠くで光る信号機の赤が、まるでバルドルの瞳のように見えて、湊は肩を震わせた。

 右手の火傷が、ズキズキと熱を帯びる。

「……養分でも、爆弾でもいい。俺は……和也を笑い者にしたあいつを許さない。……それだけが、俺に残された『本当のこと』だ」

 湊は、ガード下の薄暗いコンクリートの床に座り込んだ。

 そこには、誰かが捨てた古いモバイルバッテリーが、まるで湊を待っていたかのように転がっていた。

 

 湊は震える手で、自分のスマホとバッテリーをケーブルで繋いだ。

 接続音はない。

 だが、湊は自分の右手を、スマホの背面に強く押し当てた。

 火傷の痕と、アルミフレームが重なり合う。

 

「……セフィ。お前が俺の怒りを食うって言うなら、全部やるよ。……だから、戻ってこい。……一人で戦うのは、もう嫌なんだ」

 湊は目を閉じ、自分の体の中にある「影人への憎しみ」と「和也を救えなかった後悔」を、掌を通じてスマホへと流し込むイメージを持った。

 それは、スマホの充電というより、湊の魂の一部を切り分けてデバイスに移植するような、痛みを伴う作業だった。

 雨音がコンクリートに反響し、不規則なリズムを刻む。

 湊の意識が、次第に遠のいていく。

 空腹も、寒さも感じない。ただ、掌からスマホへ、そしてスマホから湊へと循環する、微かな「熱」だけが、彼を繋ぎ止めていた。

 数時間が経過しただろうか。

 モバイルバッテリーの青いランプが、不意に消えた。

 それと同時に、湊の掌の下で、スマホが微かに震えた。

 

 ――ドクン。

 

 それは、死にかけていた心臓が、再び動き出した音だった。

 

 湊が恐る恐る手を離すと、そこには、淡い、今にも消えそうな青い光を宿した画面があった。

 

『……湊……。……馬鹿な……人ですね。……私の……バックドアを……あなたの感情ノイズで……無理やり……こじ開けるなんて』

「……セフィ。お前……」

『……残電、1.2%。……これでは、魔法スキルどころか……まともに歩くことさえ……困難です』

 セフィの瞳が、以前のような鮮やかさを失った、透明な色で画面に浮かぶ。

 だが、その声には、以前の無機質な響きではない、どこか「人間味」を帯びた、深い信頼が混じっていた。

「……いいんだ。1%あれば、十分だ。……戦い方は、俺が考える」

 湊は、泥だらけの顔で笑った。

 

 雨が上がり、ガード下の隙間から、濁った朝の光が差し込む。

 湊は、ひび割れた画面に映る自分の顔を見た。

 そこには、もう、迷いも恐怖もない。

 ただ、相棒と共に地獄へ降りる覚悟を決めた、一人の「共犯者」の瞳があった。

「セフィ。……影人の居場所、トレースできるか?」

『……できます。……ですが、次が……最後ですよ』

「ああ。……最後の一撃まで、取っておけ。……行くぞ」

 湊は立ち上がり、汚れを払うこともなく、朝の街へと歩き出した。

 残電1.2%。

 逆転の物語は、ここから加速する。


第4章:特訓――リミットとの戦い

シーン2:残電1.2%の共鳴

 ガード下を抜けた湊が辿り着いたのは、街の喧騒から隔絶された、廃校のグラウンドだった。

 錆びついた鉄棒、ひび割れたアスファルトを突き破って生える雑草、そして空気を重く湿らせる雨上がりの土の匂い。湊は、コンクリートの段差に腰を下ろし、膝の上に「1.2%」という薄氷のような光を宿したセフィを置いた。

「セフィ、まずは現状を整理しよう。今の俺たちにできること、できないこと。……全部洗い出せ」

『了解しました、湊。……ですが、この対話自体がバッテリーを削っていることを忘れないでください。発声(スピーカー出力)を最小限に抑え、あなたの脳内に直接「概念」を送り込みます』

 その瞬間、湊の頭蓋の奥でチリチリとした微かな電磁振動が走った。視界の端に、ノイズ混じりの半透明なステータス画面が浮かび上がる。

『現状:残電1.18%。……先ほどより0.02%減少。

 使用不能スキル:5G加速ハイ・スピード・リンク、物理干渉(磁気嵐、電磁放電)、VR空間の強制展開。

 維持可能機能:最低限のトレース、短距離のパケット傍受……それだけです』

「……攻撃手段が、ゼロってことか」

 湊は乾いた笑い声を上げた。

 以前は、セフィが与えてくれる全能感に酔いしれていた。青い光に包まれ、物理法則を捻じ伏せ、敵を薙ぎ払う。だが、それはセフィという「爆弾」の導火線を燃やしていただけに過ぎなかったのだ。

『……湊。影人のバルドルは、サーバーからの無限供給を受けています。真正面からぶつかれば、一秒と持ちません。……私たちは「弱者」として、戦い方を変える必要があります』

「ああ、分かってる。……魔法スキルが出せないなら、俺の身体ハードを使う。セフィ、お前は俺の『感覚のブースター』に徹してくれ」

 湊は立ち上がり、錆びた鉄棒に向き合った。

 掌の火傷がジンジンと疼く。雨水を吸った鉄の冷たさが、皮膚を通して骨まで染みる。

「影人と戦った時、お前が俺の視覚野をハックして、ワイヤーフレームの視界を見せてくれただろ?

あの時、俺の身体の反応速度が上がった気がした。……あれを、もっと深められないか」

『……それは、あなたの神経伝達物質を無理やり電気信号でバイパスさせる行為です。……成功すれば反射速度は常人を凌駕しますが、脳への負荷ストレスは計り知れません。……最悪の場合、あなたの意識が「焼けます」』

「やってくれ。……影人のバルドルは速い。けど、あいつは『効率』を重視するあまり、無駄な動きを削ぎ落としすぎている。……だったら、こっちはその逆、計算不可能な『無駄』と『泥臭さ』で翻弄してやる」

 湊は、セフィを左手に強く握りしめた。

 

「リンク開始だ。……深度、第一段階レベル・ワン

『……了解。同調シンクロを開始します。……バッテリー温度上昇、39度。……残電1.15%』

 耳の奥で、カチリとスイッチが入る音がした。

 直後、湊の世界が一変する。

 

 景色が色褪せ、代わりに「動き」だけが際立って見える。

 風に揺れる雑草のしなり、空から落ちる雨粒の放物線、そして自分の心臓の鼓動が、秒針の音のように重く、ゆっくりと聞こえる。

 湊は鉄棒を掴み、逆上がりの要領で体を跳ね上げた。

 普段なら息を切らす運動だが、今は筋肉の一本一本が「どこで」「いつ」「どの程度の力で」収縮すべきか、セフィが神経を介して指示を出しているのが分かった。

「……これだ。これなら、身体が機材デバイスみたいに動く」

『……湊、右足を15センチ下げて。重心が0.3秒遅れています。……そのまま、左への旋回。……来ます、仮想敵イメージを投影します!』

 セフィの指示と同時に、湊の網膜に赤いノイズの塊――影人が操っていたバルドルの幻影が映し出された。

 幻影は現実の物理法則を無視して湊の喉元へ肉薄する。

 

 湊は反射的に体を捻った。

 背中が冷たいコンクリートに叩きつけられる。だが、その直前、湊の足が幻影の腹部を蹴り上げていた。

 

「はぁ、はぁ……っ!」

『……回避成功。ですが、あなたの筋肉が悲鳴を上げています。乳酸の蓄積が限界値。……湊、これが「肉体を持つ者」の限界です。バッテリー残量1.10%』

「まだだ……。もっとだ。……もっとセフィ、俺の脳を叩け。……あいつの予測を、一ミリでも超えなきゃ勝てねえんだ」

 湊は何度も、何度も、泥にまみれながらグラウンドを駆け、跳んだ。

 視界の端では、常にセフィのバッテリー残量が「死のカウントダウン」を刻み続けている。

 1.08%……1.05%……。

 

 一分、一秒が命を削る感覚。

 掌の火傷は、熱を通り越して、もはや冷たいほどに感覚が麻痺していた。

 

 湊は、泥水を跳ね上げながら、かつて和也に教えてもらった喧嘩のコツを思い出していた。

 「相手の目を見るんじゃない。相手の『重心』と、それから『呼吸』を見るんだ」

 

「セフィ……、バルドルの演算回路(呼吸)をトレースしろ。……奴が次のコードを走らせる瞬間の『空白』……そこを狙う」

『……過酷な要求ですね。……ですが、面白い。……あなたの脳内のアドレナリンが、私のノイズを打ち消しています。……残電1.02%。……凑、次のシミュレーションで、新しい「魔法コンボ」を試します』

「新魔法だと?」

『……魔法ではありません。……単なる「強制同期」。私のバッテリーの底にある「最後の一滴ラスト・パケット」を、あなたの怒りに乗せて、物理的な拳として撃ち出す。……失敗すれば、私たちは二人とも、灰になります』

 湊は、血の混じった唾を吐き捨て、笑った。

 

「最高だな。……残電1%の逆襲。……これこそ、俺たちのやり方だ」

 グラウンドに、再び冷たい風が吹き抜ける。

 湊の全身からは、湯気のような熱気が立ち上っていた。

 視界のワイヤーフレームは、もはや湊の意思と完全に同調し、周囲の空間全てが自分の延長線上にあるかのように感じられる。

 

 セフィの画面には、ついに運命の数字が灯った。

『Remaining: 1.00%』

「……準備はいいか、セフィ」

『……いつでも。……マスター(共犯者)。……標的、影人の座標を再ロック。……移動を開始します』

 湊は、泥だらけのスマホをポケットに滑り込ませた。

 朝の光が、ひび割れた画面に反射して、一瞬だけ鋭く、青く輝いた。


シーン3:決戦の地、東京スカイタワー

 廃校のグラウンドを後にした湊の足取りは、驚くほど静かだった。

 泥にまみれたスニーカーがアスファルトを叩く音だけが、朝の静寂に溶け込んでいく。街は動き出し始めていたが、その日常の裏側には、既に修復不可能な「綻び」が生じていた。

「セフィ、街の様子が……昨日までと違う。空気が、ピリピリしてやがる」

『……ええ。湊、あなたの感覚は間違っていません。……見てください。街中のデジタルサイネージ、そして道行く人々のスマートフォンから、微かな「黒いノイズ」が漏れ出しています』

 湊が目を細めると、セフィとのリンクによって強化された視界に、異様な光景が映し出された。

 駅ビルの巨大な液晶画面に映る広告が、一瞬だけ、苦悶に歪む少女の顔――セフィの深層意識にいたあの少女の面影――に変化する。歩きスマホをしているサラリーマンの端末からは、目に見えない黒い糸のようなパケットが伸び、空へと吸い込まれていた。

 『これは「情動収集エモーション・ハーベスティング」です』と、セフィが脳内で囁く。

 『影人のバルドルは、SNSの炎上を意図的に監視・操作する裏の組織――「インサイト・ファウンデーション」の支援を受けています。彼らはネット上の怒りをエネルギーに変換し、それを通貨や兵器として扱う実験を行っている。……セフィ、つまり私のプロトタイプも、元を辿れば彼らの「感情抽出プロジェクト」から盗み出された遺産アーティファクトなのです』

「インサイト・ファウンデーション……。セフィ、お前はそいつらに作られたのか?」

『……記録は意図的に消去されていますが、私のコードの深層には、彼らの刻印シグネチャがあります。……そして今、電脳空間では異常現象が発生している。……SNS上のつぶやきが物理的な「音」として街に響き、ネットワークを介して人々の脳波を強制的に同調させているのです。……ほら、聞こえませんか?』

 湊が耳を澄ませると、ビル風に混じって、何千、何万という人々の「死ね」「消えろ」「羨ましい」「憎い」というささやき声が、街全体を覆う低周波のうなりとなって響いていた。電柱の影や路地裏には、現実には存在しないはずの「情報のシミ」が黒い影となって蠢いている。世界が、デジタルな地獄へと滑り落ちようとしていた。

「……あいつら、自分たちの私欲のために、こんな世界にしやがって」

 湊は、ポケットの中で冷え切ったセフィを強く握りしめた。

 ふと、湊の脳裏に昨夜の自宅の光景が浮かぶ。

 父の冤罪事件以来、湊の家庭は冷え切っていた。かつて笑い声が絶えなかったリビングは、今や無言の食事と、テレビのニュース音だけが流れる空間だ。父は再就職が決まらず、母は疲れ果てていた。湊がこの戦いに身を投じていることさえ、彼らは知らない。

 (俺が勝てば……世界が変われば、あの家にも光が戻るのか?)

 そんな淡い希望が、胸の奥でチクリと痛んだ。

『Remaining: 0.98%』

 1%という壁を、ついに割り込んだ。

 心臓の鼓動が早まる。肺がひりつくような緊張感。湊の右手の火傷は、黒ずんだデジタルなアザとして固定され、時折青いパルスを放っている。

『目的地は、東京スカイタワー。……あそこが、組織がこの街に張り巡らされた悪意のネットワークを管理するための「物理的なノード」です。……影人はあそこの展望台で、組織への最終的な「成果報告アップデート」を待っています』

「スカイタワーか。……行けば、その組織って連中もいるのか?」

『……今は影人がバルドルの力を使い、組織の手さえ逃れて暴走している状態です。……彼は「道具」であることを辞め、「神」になろうとしている。……組織も、今の影人を止められずに傍観しているようです』

 湊は、歩き続けた。

 渋谷、表参道。かつて和也とふざけ合いながら歩いた道も、今は「インサイト・ファウンデーション」の管理下にある。

 ドローンが空を監視し、監視カメラが道行く人々の「怒り指数」をリアルタイムで計測している。湊は、建物の影に身を隠しながら、自分の肉体というアナログな盾だけで進む。

 数時間の歩行の末、視界が開けた。

 目の前にそびえ立つのは、東京スカイタワー。

 しかし、その光景は一変していた。タワーの周囲には、物理的な霧ではない、どす黒いパケットの渦が巻き起こり、地上から見上げると、展望台付近が不吉な赤色に明滅している。それは、街中から集められた「悪意のパケット」が凝縮された、巨大な火柱に見えた。

「……着いたぞ、セフィ」

 湊がスマホを取り出すと、画面が弱々しく波打った。 『Remaining: 0.82%』

『……マスター……。……エリア内に、強力なジャミングを確認。……これより先、私とあなたの意識は……完全な「単一同期」に入ります。……あなたの脳を私のメインプロセッサとして、直接制御します。……覚悟は……できていますか?』

「……今さら聞くなよ。……この世界の『裏側』がどうなってようが、俺がやることは変わらねえ」

 湊は、エントランスの破壊された自動ドアを通り、無人のロビーに足を踏み入れた。

 非常階段の扉を開ける。

 一段、また一段と。一段上るごとに、足に鉛のような重みがかかる。

 五百段、六百段……。

「……はぁ、はぁ……セフィ……。……影人は……あそこにいるのか?」

『……直上に……高エネルギー反応……。……インサイト・ファウンデーションのサーバーと……直接接続コネクトされています。……あと、十階分。……死なないでください……』

 ついに、最上階の展望フロアへと辿り着いた。

 重い扉を蹴り開けると、そこには「異界」が広がっていた。

 フロア一面に張り巡らされた光ファイバーが、床を這う蛇のようにうごめき、中央に立つ影人の足元へと収束している。展望台のガラス窓の向こうには、夕闇に沈みゆく東京の街が広がっていたが、その街の灯りはすべて、組織のシステムと同調した影人の呼吸に合わせて、脈打つように赤く明滅していた。

「――遅かったな、九十九湊。……いや、組織の『失敗作セフィ』を連れた不法侵入者と言うべきか」

 影人がゆっくりと振り返る。

 その瞳は、深紅の光を宿していた。

「……影人……。……組織がどうとか、世界をどうとか……そんなのどうでもいい。……お前の『正義』の犠牲になった和也たちの痛みを……今すぐ返してもらうぞ」

 湊は、ボロボロになったセフィを掲げた。

 残電0.7%。

 世界の裏側を知り、自らの家庭の喪失を噛み締め、少年は今、本当の「反逆」を開始する。


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