第6話 ~果たすべきミッション~
2116年 秋 マシンルーム
廣庭博士が、語り始める。
「タイムマシンにおいて
(少なくとも私が生み出した、現実に今此処に有るタイムマシンにおいて)
1.「世界線」を超える仕組みの為、パラドックスや問題になる矛盾は無い。
2.ジャンプ元とジャンプ先で、通信や映像の共有が可能。
3.ジャンプ先から戻る時、2の機能により迷子にならず安全に帰還できる。
現システムではこちらから引き戻すため、こちらの時間で2週間に一度のジャンプに限られる
4.時間のジャンプには次の二種類が有る
どちらも、どの日時にも、どの場所にもジャンプできる
・オープンジャンプ(フリージャンプ)
この時、無数の世界線の中の一つが、偶然に選び取られる
・クローズドジャンプ(ターゲットジャンプ)
一つの確認できている世界線を指定して、ジャンプする
過去は観測を開始してからの観測時点まで、未来は任意に設定可能
これがタイムマシンの性能・特性に関する概略情報です。」
ちょうど廣庭博士がそう話し終わった頃、先ほどまで管理卓で作業をしていた一人の女性がコーヒーのカップを配りに来てくれた。
その姿を見て、しげ爺が、
「ちょうどよかった、水嶋さんも、この席に参加してもらえないかな?」
と声をかけると、無表情なその水嶋さんと呼ばれた女性に向き直って、廣庭博士は、
「水嶋君、忙しいと思うがあと30分程度です、参加できますか?」と尋ねる。
「はい」ときっぱり答えてはいるが、なんだか最初から機嫌がよくない? こちらを何となくにらんでいないか?
「では、水嶋さんのコーヒーは私が入れてくるよ、早速話しをしていてくれたまえ」と、有無を言わせず、しげ爺が席を立つ。
この場のトップで有ろうしげ爺が離脱したことで、廣庭博士が引き合わせをしてくれることとなる。
「こちらは、我がタイムマシン・チームの首席研究員、水嶋さな子さんだ」
自ら何か語るようにとの意図で、しばし間を開けてくれたのだろうが、じっとこちらを見たまま無言の水嶋主席研究員の様子をみて、しかたなく口を開く博士、
「こちらは 重富博士から推薦のあったとおり、いや、それ以上に納得の人材、滝 龍馬君だ」
「どうも、よろしくお願いします」少し下っ腹に力を入れて、元気で丁寧なやや大きめな声であいさつをする。
「よろしくお願いします」と、返してはくれたものの、明らかに感情を押し殺した様子である。
「今回の追加ジャンプの第二隊として、滝隊長、水嶋副隊長というそれぞれの役割で、しっかり協力し合ってミッションを成功させてほしいのです。だからどうか二人仲良くしてくださいねぇ」
踏みとどまりはしたものの、あやうく「ゲッ」とか「うっ」とか素っ頓狂な声を上げそうになっていた。しげ爺、ほんと何にも説明してくれてないな。
彼女の気持ちは、とてもよくわかる。
「いやー、突然わけの分からない外部の人間がやってきて、自分より上席だと言われたら、それは納得できないですよね。重富博士、これはいったいどうなんですか、そのあたり」
ちょうど話しの途中で、にこにこしながら戻ってきたしげ爺に向けて、パスを投げてみる。
正直思う、まずはっきりさせた方がいい。重要なミッションになることは、詳細を聞くまでもなく、もう充分に想像できる。
どちらが上だとしても、不協和音が過ぎては、あまりにリスクが大きすぎる。それに、相当頭に来ているのは先ほどから丸見えだし、こちらが言い放った言葉に、噛みつくように見つめ返していながら何の反論もないのは、図星だと確信が持てる。
そんなこちらの思いを知ってか知らずか、しげ爺は、ニコニコ顔を崩さないまま、持ってきたコーヒーカップを水嶋の前に置き、ゆっくり話し始める。
「滝はオタクでね」いやいや、そこは褒めるところじゃないのか、しげ爺。
「本業は私の知る限りAIを扱わせたら、この若さで相当な知見をもっている」そうそう。
「だがそれより」え?
「時代オタク歴史オタクで、SFオタクのあついあつい奴なんだ。
そういう側面では、このわしが唯一、後を継がせたいくらいに思ってる奴でな。
それがちょうど、この場に運よく生き残ってくれた。
見ての通りのこういう男だ。水嶋さんもよく話せばきっとわかるから、よろしく頼む」なるほど、きっと周りの声を無視してしげ爺が俺をごり押ししたんだね、わかるー。
「……」ほら、水嶋さん、何も言ってくれないし。
テーブルの全員の視線が、何となく廣庭に集まった。周りを見回してから廣庭博士は、
「私は正直、最初は外部からって半信半疑だったんです。それが、門外漢でここまで理解されはるとは正直驚きました」
「でも」 あっ、ついに語り始めるかと思って水嶋さんを伺ったが、その後の言葉もなく、強く結んだ口元と、心なしか目元には今にも悔し涙でも浮かべそうな勢いである。
何かを思いついた様子で博士が口を開く。
「じゃこうしましょ、これから私がタイムマシンについてのテストをします」
それに対して、しげ爺は先ほどまで以上にニコニコ顔になっている。肯定? 信頼してのおまかせ? この人らしいなと、つい吹き出しそうになる。
その様子を見た水嶋さんから、いやー、睨まれてるー。
すっごい美人さんだが、そういう観点は仕事では触れない方が、ただ、相当に気性が激しいのは闘争心と言うか良いことだし、ものすごく知性的な事や几帳面な事、また何か運動などもやっているのか体幹や、そこから来る身のこなしがしっかりしている事、それらから文武両道の雰囲気が伝わってくる。
たいていのお坊ちゃんなら、言葉でも体力ででもコロッと倒されそうだな……などと観察をしてしまった。
そうこうしているうちに博士の考えがまとまったのか、
「では世界線についてそれぞれ思うところを言ってください。どちらからに……」と言いかけた時点で、水嶋さんが話し始める。
「私は、12年以上、ずっとこのタイムマシンの開発に携わってきています。
教授を除けば、この知識や経験、そしてマシンを有効に活用する術において、誰にも負ける気がしません。
世界線の理解も、当然その中の入り口で基本中の基本です。
何時間でも話せますが、あえて一言で述べるなら、この世界線の考え方の合理性、美しさ、今まで多くの先人が霧の中でさ迷っていた全ての矛盾や疑問を全て解決する理論で、その美しさは私の大好きなものです」
こちらの口をはさむ隙を与えないとばかりに、一気にまくしたてた。
では、こちらの番ですね。
「SFの様々な仮説は結構ロマンが有ったのですが、真実は世界線。これは実はすごく悲しい事です」思惑通り、一同ちょっと意外そうな反応をする。
「なぜかと言うと、自分が愛するこの上なく大切な人が事故死したとして、救いたいと、タイムマシンを作って過去に戻って助けたとしたら、SFやそれを題材とするドラマでは、多少身勝手ではあっても、完全なるハッピーエンドの物語です」案の定、何が言いたいんだ? という視線。
「世界線という事実がわかってからは、タイムマシンで過去に戻ってその人を見事助けられたとしても、それは、数多ある世界線のたった一つでの話し。
助かったのはほぼ、無限分の1という、
「数学的に見れば、極めてゼロに近い値です」
他のほぼすべての世界線では、愛する人がもういないことに変わりがない」
「何を言ってるの、そんなこと言う人に資格なんてない!」おもいっきり水嶋さんに怒鳴られた。当然そうなるよな。
「どうか、もう少し聞いてください。
今まさに人類が滅びようとしている。
ほぼ100%その事実はもう絶対に変わらない。
我々がどんなにあがいて目の前のミッションを見事に成功させ、皆が助かる未来を手に入れても、それは無限大の中のたった一本。
だがどでしょう、私はそのたった一本の糸に、この命やこの人生の全てを投げうってみたいと心から思っています。
たった1本の世界線も、そこからほぼ無限のバリエーションとして未来に線が広がっていく。
自分の手で、滅亡ではなく続いていける未来を作れるなら、それをやりたいと、今真剣に思っています。
「愛し、結ばれて子孫を次に繋ぎ、種として続いていくこと」それこそが、我々「いきもの」の本能のハズ。
どんな理論も正義も、その「永遠の命」の営みに比べたらどうということはない。
だから、誰の上でも下でも全然関係ないです、このテーマなら、この体でも命でも、何でも全て注ぎたいと思います」
何分経っただろうか、ものすごく長い沈黙だった気もする。
しげ爺が立ち上がって、歩み寄り、ポンポンと肩を叩いてくれた。
次に廣庭博士が立ち上がり、
「水嶋君、マシンの細部について、滝君に案内して説明してあげて」
「はい」今度の彼女の声は、さっきまでとは少しトーンが違った。




