第3話 ~潜伏場所の一日~
2117年 1月21日(木) ⇨ 時間跳躍9 ⇨ 2025年1月21日(火)
⇨ 潜伏を開始したメンバー達
人類滅亡まで あと588日 時間跳躍可能回数 あと41回
2025年に到着した、第二隊の隊員達6名と、その潜伏場所の話しだ。
一棟まるまる借り切っているマンションは、3階建ての真四角なビルになっている。そのとなりに空き地が有り、車6台分の駐車場として舗装され線引きはされているが屋根はない。
ただ、マンションを外から見ると、かなり高い塀でぐるりを覆われているため、誰のどんな車が止まっているかがマンションの住人以外にはわからない作りになっている。
その外壁には玄関部分以外には、裏のガレージ側に自動車が出入りするための巨大なスライドドアがあるが、それは一切開閉されることは無い。
彼らは誰も車を持たないからだ。
この駐車スペースにタイムマシンを停泊させている。
天井が無い事で、マシンは真上に浮上して出入りできる、実際にはその場合はステルスモードでの移動となる。
また、未来からここに、或いは未来に戻るために時間跳躍する時には、マシンはそれなりの「光」に包まれるが、塀の高さで、その光景を誰にも目撃される危険が無い。
それらの点において、最高の条件の物件として、ここを占有する事になったのだ。
潜伏期間中、タイムマシンを移動手段として稼働する事の方が実は少なく、多くの場合隊員たちは、徒歩や電車といった手段で都内で活動をすることになる。
が、それでも必ず、タイムマシンに一日一度は乗り込むことになっている。
集合時間を決め、その時間に全メンバーが一人も欠けることなく、タイムマシンに乗り込む。
全員揃ったのを確認して、シートベルトを締めて、一度マシンを起動する。
その状態で最低1分やそこらはじっとして、その後、「待機終了」と龍馬が声を発すると、各々シートベルトを外して席を立つ。
この一連の工程を、誰言うとはなく「お祈りタイム」と言うようになった。
マシンを起動すると、操作をすればステルスモードにしたり、浮上したりどこにでも飛行したり、地上装甲、海中への潜航など、様々な移動が可能だ。
ちなみに、話しはそれるが、このマシン自体では時間跳躍はできない。
2117年のタイムマシン施設の巨大な設備から送り出されるか、引き戻される。膨大なエネルギーを必要とするため、時間跳躍を発動する仕組みはその施設のみとなっている。
さて、その「お祈りタイム」の話しだが、なぜ、そんなお約束の行動が必要なのか?
その答えはこうだ。
ある日、この現地での活動中に誰かが死亡したり大けがを負った、または、挑戦した時間改変で結果を出せなくて「やり直しをしたい」場合など、その事象が発生する前のどこかの時点、全隊員がマシンに乗ってじっとしている状態で、マシンを未来に引き戻したい。そのタイミングを毎日用意するためだ。
誰かが言い始めた「お祈りタイム」だが、また別の誰かは「セーブポイント」と呼んでもいる。
お気づきの人もいるだろうが、セーブポイントなら、その瞬間に戻ってやり直せるのだろうが、ここでは、その瞬間の皆を、未来に「引き戻して」「助け出すだけ」なので、ちょっとした違いから「お祈りタイム」というキーワードが、我々の通り名になった。
2025年1月21日、この場に彼らが到着した直後に話しを戻そう。
彼らは、2階にある一番大きな1世帯分の部屋を、共有スペースと決めて、そのリビングを、この第二隊の会議室とした。2階の残り5世帯分の内二つに、滝と近藤が陣取った。
3階の6世帯分の内4つを、水嶋さん、村橋さん、高杉さん、永倉さんと、それぞれが占有した。
1階には3世帯分の部屋が有るが、現時点ではそこには誰も暮らしていない。
未来から持ってきた高速暗号ユニットと広域アンテナを、このビルの屋上と、タイムマシンに設定したので、それぞれメンバー間はいつでもスマートグラズで連絡を取り合うことができる。この建物や、移動した先のタイムマシンから約10km圏内が通信可能圏内だ。
こうして各自の部屋を決め、通信環境を確保した直後、早速に皆が困ったのは、服装と食事の問題だ。
この時代に活動するにあたり、「偽造するのは良くないのでは?」との意見が多数で、誰も身分証明書を持っていない。
そのため、この時代のスマホやクレジットカードを持っていない。
「現金」が支給され、買い物などは全て現金という事になった。
初日、すぐに、皆で近くのショッピングモールに繰り出した。
まずは、この時代の現地の人々と溶け込めるように、服装を一人3セット程度は買う、その間は皆で相談しながら選ぼうということになった。その後は各自のフリータイムだ。
店を選ぶとなった瞬間、村橋さんが高級ブティックに向かって、何の躊躇もなく真っすぐ歩き出したので、女性四人で、それは必要なのか? いや個人の自由では? といった議論になった。
しばらくこの議論は続いたが、結局、パーティーなどへの潜入といったミッションが必要になれば、その時に買いに来ようということになった。
それとは別に、ブランド物の服やバッグなどが欲しい人は、「その後のフリータイムにご自由に」と決まり、皆で、比較的安価な普段着の店に入った。
ここでまず、大活躍してくれたのが水嶋さんだ。さすがに「歴女」のこだわりは伊達ではなく、2117年の未来からすれば、2025年というこの時代も、歴女から見れば「一つの歴史上のワンシーンであり、その時代の衣装はこういうものだ」というビジョンが明確なようだ。
「滝さんは、大人の男性だから、これとか、これとか、あとはこれ。パンツはデニムを1本と、あとは綿の黒と、後はこの中からお好きな色を一本」
「あー、じゃこれで」
と、この間、数分で決定。
「近藤さんは、まだ学生か社会人か……くらいの感覚で、はい、これとこれと、これ。下は、はい、これとこれとこれでどう? なにか変えたい希望あります?」
「あ、いや、これで」
と、こちらも数分で決定。
実際に試着してみると、女性全員で、外を歩いている人たちと見比べて、
「まあ、こんなもんよね」「いいとおもいます」「……」といった具合だ。
こんな感じで、男二人の服選びはすべて合わせても20分とかかかっていない。
女性はそれぞれ、好みも有るだろうから自分で選んでみて、見せ合おうということにしていたようだが、女性陣で一番決定が速かったのは、永倉さんだ。
永倉さんは男たちと同様に、水嶋さんの提案を受けて、試着もそこそこにすぐにそれで決定した。おとこまえである。
水嶋さん自身は、すぐに自分の服を選び終えた、と見えたが、そこから試着を繰り返し、「組み合わせが悪い」と、いろいろとアレンジを加えている。
村橋さんや高杉さんは、なかなかに決まらず、結局そこから、モールに有る6店舗をまわり、ほぼ一日がかりで何とか、女性陣の服装が決定した。
その間、何度か清明が「男性陣はフリータイムに」と提案したが、「男女それぞれからの目線が」との希望で、ずっと6人で行動する事となった。
店ごとに「永倉さん、これも似合いますよ」との水嶋さんや村橋さんの声に応じて、終わってみると永倉さんが一番たくさん買っていた。さすが自衛官、その大量の袋を軽々と持って汗一つかいていない。
高杉さんは、もしかして一着しか決まっていないようにも見えたが、龍馬としては余計な事は言わない事にした。
その後は、モール内のレストランで少し早めの夕食を取り、その後あらためてフリータイムということになった。
この時代の「ファミリーレストラン」に入った。
給仕のアンドロイドが動き回っているが、人型ではなく、自動掃除機を立てに伸ばしたような形をしている。
代表して村橋さんが声をかけ呼び止めようとするが、一向に反応しない。そいつらは何体も、無視して通り過ぎていく。
メンバーたちは憮然として顔を見合わせていたが、「ただの運搬ロボット?」と高杉さんが言った事で、一同「ああ」と気が付き、「では注文はどうするか?」と言いはじめて、そこでやっとテーブルの隅にあるタブレットにメニューが表示されている事に気が付いた。
ここからがまた、一苦労だった。誰がやってもタブレットが動かない。
視線異動による動作に、反応しないのだ。
「声で命令するんじゃない?」との誰かの発言に、
「この、ミックスグリルセットを1つ」と永倉さん、水嶋さんと入れ替わり声をかけるが反応しない。
次にタブレットを受け取った高杉さんが、タブレットの画面を傾けながら何度もじーーっと見つめ、しばらくそれを続けたかと思うと「あ、指紋」と声を上げ、指でタブレットの表面をなぞった。
そのとたんに画面が変わったので、皆で口々にいろんな感想を言い合い、つい大声になりかけて、周りのテーブルからむけられる視線に気づき、皆で口をつぐんだ。
周りから、注目されたこともあり、ここではついあまり会話もできず、みな淡々と初の現地の食事を楽しんで、この場を後にした。
龍馬としては、結構自由気ままに見て回ったが、約束の20時に集合場所に行くと、ずいぶん待ちくたびれた感じの近藤清明がいて、
「龍馬さん、良かった。もうすることなくて」と近寄ってきた。
龍馬から見れば、従妹の子供(という遠い親戚)である清明の、その姿が、所在無げに耳を垂れてうつむいている犬の様にみえて、つい「くすっ」と声を上げてしまった。
スマートグラズのチャット欄に、メッセージが入っているのに気が付く。
「なんとか、時間延期を希望します。必要物資がまだそろっていません、少しおくれます」
「閉館は21時とのこと、ギリギリまでミッション継続を希望」
「あの、どうしても必要なものが揃わなくて、もう少し待ってもらえませんか」
「私も時間延長を希望します」
などなどだ。
「21時ぎりぎりまで居ましょう、ただし、無理に今日全てを終わらそうと思わないで、明日も、ここか、他のどこかにでも、また買い物に出ましょう。どこに行くかは相談として、とりあえずここは閉館まで」といった内容を入れると、みな一応に喜んだ反応が返ってくる。
隣で一人、腕を組んで眉を動かしている清明を除いてだが。
「時間できたから、一緒に向こうのゲームスペースにでも行ってみようか? それか他の何かでもいいけど」
「あ、それなら龍馬さん、僕、驚いたんですけど、この時代って「紙の本」がいっぱいあるんですね。書店っていうんですかね、そういう店が有ったので、行ってみませんか?」と誘われた。
書店には、様々な世代の人がいた。自由に中を開いて、長時間ずっと読んでいる人もいる。
スマートグラズで全て0.3秒もあれば左右に開いたそのページの文字は文字データとして記録できるし、画像でもそのまま記録可能だ。
この場で全ページ見えてしまっては商売にならないのでは?と思ったが、この時代ではまだ、そこまでではないのかと思い当たり、余計な事は言わず、店内を見て回った。
棚に背表紙が並んでいたり、所々に表紙を見えるように置かれた「本」たちを見て、ものすごい異文化、見知らぬ場所に飛び込んだ錯覚を覚える。
それでいて、その一冊を手にとって、ページをめくるというこの手間のかかる作業が、どこかワイルドで、一冊ごとに暖かさや滑り具合の異なる「紙」の手触りを楽しんでいる自分がいた。
金を払って「本」を買って帰る、机や棚に置く、その「確かに所有している」という感覚はどんなだろう? 時間いっぱいかけてどれか一冊、試しに買って帰ることにした。
こうして潜伏一日目の夜は更けてゆく。




