第26話(1章-26)~ありきたりの日常が好きだ~
2117年 1月7日(木)夜~翌日
人類滅亡まで あと601日 時間跳躍可能回数 あと42回
ここは居住区に一軒だけ残る高級ホテルのバーラウンジ、そこはどちらかというと、議会メンバーなど限られた人間だけが利用している。
今回我々は12人で、この場所で飲んでいる。
いろいろと心地よく良い感じになったころ、スーツをビシッと着込んだ初老の男性、イカツい男を二人もつれたその人物が、こちらに歩み寄ってきた。
「なんだ、ガキども、ここはお前らが来て騒いでいい場所じゃないぞ」
こちらには議員でもあるしげ爺と、木村教授、それと良く顔を知られているはずの廣庭博士もいる、気が付いてないはずはないのだ。さすがにこれにはしげ爺が応じた。
「これは、太鼓原議員、ここは全員キュベルスのメンバーですからな、何の問題も無いですぞ」
「これは重富議員、おられたんですか、後ろから見たらハゲ散らかってるばかりで、誰かわかりませんでしたわ」と、極めて失礼なもの言いだ。
しげ爺は、そんな言葉はスルーしつつ、だが、席のみんなを見渡して、「みんな楽しくやっててくれ」と言うと、立ち上がって、その相手に向かって、少し離れたカウンター席の方に顎をしゃくるようにして、
「ちょうどよかったですわい、いろいろ話したいこともありましたからな、ぜひあちらへ」と笑顔で話しかける。
このままこの、太鼓原とかいう男が、ここでいろいろ言い始めると、せっかくのメンバーが楽しめないだろうと、気を使ってくれたことがよくわかる。
俺はというと、腹が立ってきたもあるが、この際、話しにしか聞いていなかった「議会連中」というのが、どういう感じなのか見てやろう、と、しげ爺の後についてカウンターに向かった。
俺が立って後を追い始めたとき、ちょうど立ち上がりかけていた木村教授に向けて、水嶋さんと村橋さんが話しかけ、それがちょうど教授を呼び止める形になった。
「ナイスアシスト」と、ふたりのスマートグラズにメッセージを送りつつ、おれはしげ爺の後を追う。
カウンターに腰掛けるなり、その議員は慇懃な口調で話し始めた。
「何度かのタイムマシンの利用で、たくさん死んだとか伺いましたが」
「いや、全員無事ですよ。おお、龍馬きたのか。ちょうどいい、この男が新しい隊長です。いい働きしますよ」などと紹介してくれる。
「ふん。それより、うちの妻からもあの後も何度も泣きつかれておるんです」と、こちらの事など無視して話しを続ける。
「せっかくのタイムマシンが公金で出来たのに、なんで無駄な事に使ってるのかと。
10数回も使えば、ここにいる全員をどこかに避難させられるでしょ、なんで助けてくれないんだって、泣いて騒ぎよりますわ。このことは何度も言いましたがな、いいかげん理解できませんかな?」
「我々は、本気で世界を救おうと活動中なんです。どうかその重要性を理解して下さい」
「たとえば、議会メンバーだけなら2回も使えばいいんだ。実際のところそのくらいなら何とかなるだろ」それを聞いて、自分が助かりたい、それが本心だよな、と思った。
結局、選別される時に「選ばれ助かる側」に属すると信じる者は、積極的に「選別」というルールを行使したがる。イラッとして、思わず口をはさんでしまう。
「AI憲章の内容、ちゃんと見てますか? 意味わかってますか? 未来予測制御は被害最小化の「選別」など、しない仕組みですよ!
特定の誰かではなく、人類を救うんです!」
議員は、一瞬こちらを睨みつけたが、何事もなかったようにまたスルーして、しげ爺に向き直って言葉を続けた。
「だいたい、過去に戻って浸透させようという憲章とやらが、まったく笑止千万、夢物語すぎて笑うに笑えませんなぁ、なんですか博士、あれは?」
こういうときだけ議員ではなく博士呼びしているのも、きっといやみのつもりなのだろう。
「良く出来てるでしょ、真に練り上げられた理想ですじゃ」
「本気で言うておるのかね? 超国家的組織? そんなもの夢も夢すぎて、揃いも揃ってじじいどもが、ボケてしまいましたかな?」
「……」しげ爺、ひとまず無言。
「では、お聞きします。リアリズムだリベラリズムだといった議論以前に、今までの人間のこの長い歴史の中で、一瞬たりとも戦争が無くなりましたか?
国を守り運営している中で、交渉のカードの中に「戦争」があるかぎり、必ずそのカードは使われる、使われてきた。
軍事目的の巨額の予算が有ればこそ、科学も技術もここまで進歩を遂げてきた。
だから、あんたらのしている事は、何がしたいのか、まったくさっぱりわからんって事ですわ」
「このままでは、人類は滅びるのです、これが最後の可能性なのです」
「それでも戦争はなくならん」
「そうでしょうな」
「は?」
「闘って勝ち残った強いオスが選ばれる、それが種の保存のために、より強くなれというロジックでしたが、自分が闘うだけでなく、破壊が行き過ぎる道具の為に、種全体が危うくなっている」
「さも考えているようですなぁ、だが違うのでは?
大掛かりな戦争で大勢死ねば、「選別される事で」限られた小数だけ生き残ることで、また温度上昇は減らせられる。
種としての人類はつづくのでは?」
「そんなディストピアは、望んでいませんのじゃ」
「あんたの考えじゃなく、我々に残されたマシンとチャンスを、正しい事に使ってくれと言っておるのです」
「なるほど、「正しい」ですか、いや確かに、戦争を全て止められるなんて、それは途方もない無理な事ですなぁ、それは太鼓原議員が正しい」
「そうでしょうとも、ならば」
「大国のエゴや都合まで、全ての人のすべての考えを変えることなどはできませんのじゃ。そんな無茶は、しませんて。
そんなに突飛でも大掛かりでもなく、「今動かしているインフラ制御システムのOSを、新しいものにとっ替えてくれ」という提案、これだけですじゃ、シンプルなもんでしょ。
その工業や生活基盤の部分で「手を取り合う」と決めさえすれば、あとはご自由にって事ですじゃ。
だから、古典的な戦争論を持ち出さなくて良いって事です。
とかく政治というのは、誰が、より、たらふく食えるか争ってるわけですからな、その認識には同感ですなぁ」と、ここまでは穏やかな口調で話しているかに見えたしげ爺だが、そのあと急にどすの利いた声になって、
「あんたにたらふく食わせて、人類が滅ぶ。そんな事にはさせん、ちゅうことじゃ!」
思いっきり睨みつけていると思ったら、そのあとめちゃくちゃ笑顔になって、
「そうそう、うちの若い者たちが、いいこと言うとりましたわ。
これ、ぜひ奥さんにも聞かせて下さらんかのぅ。
『大好きなドラマでも物語でも、ステキな名画でも、この世のありとあらゆる感動も
人類が終わってしまったら、それらは全て、何も残らない。
怒りも嫉妬も涙も、喜びも感動も、無くしていいものなんてなにも無い』とな
どうか、わかってくだされ。どうか支援して下され。
その礼として返せるのは、感動だけかもしれませんがな」
その議員は、うなだれて、ボディーガード達を引き連れて帰って行った。
気が付けば、先ほどからずいぶん静かだった。
ふと、元いたテーブルを見ると、その離れた場所から、みんなが無言で、じっとこちらを見ていた。
「しげ爺、飲みなおそう」
「ああそうじゃな」
その晩、もしかしたら俺は、今までの人生で、最も多く一度に飲んだかもしれない。
だが飲みつぶれるということは無かった、明日は早くから、何が何でもやらなければならないことが有る。そんな、身体のど真ん中に、太い柱がドンと通っているような感覚だ。
翌日、始業時間よりも早くから、全員がマシンルームに顔をそろえていた。
「昨日の事……」と誰かが言い出した、それに対し、しげ爺が言う。
「いろんな方のいろんな思い、いろんな切実なもの、たくさんのものの上に、このプロジェクトは成り立っている。やるからには、成功しかない。みんな頼む」
ありきたりの日常が好きだ。
別に特別でなくていい。そんなに特別高価な何かや、驚きなんて無くていい。
たとえば、そう、
「涼しい部屋の中で暖かなコーヒーを飲みながら、気の合う人と『心地よく』談笑をしている」
といった、そういう程度の事だ。
今まさに、人類は滅亡の淵にある。
来年の夏をもって、人類は滅亡する。
『キュベルス』ここに集まった12人の者たち、彼らは人類を救うことができるのか?
いよいよ、ここから本格的なたたかいが始まる。




