第22話(1章-22)~時間跳躍7 救出まで~(村橋りん目線)
2116年12月10日(木) 時間跳躍6で第二隊を送り出し
2116年12月24日(木) 時間跳躍7で第一隊を救出予定
2027年11月27日(土)~ 国会議事堂前~奥多摩の山中
人類滅亡まで あと616日 時間跳躍可能回数 あと44回
私は村橋りん。
村橋家はとても歴史が古く、戦国武将の家柄から貴族となり、続いている家系だ。
私の父も若いころから、特命全権大使(大使館で一番偉い人)として、諸外国の大使を歴任してきた。
そのような関係で、私自身オーストリアで生まれ、イギリス、ドイツと父、母とともに大使館での暮らしが長かった。
まあいわゆる帰国子女で、当然、英語とドイツ語は一応日常会話くらいはできる。
2110の大惨事にも、直前に政府のシェルターに身を隠し、その後すぐに大雪山のこの居住区に逃げ延びることのできた、一握りの人たちの中の一人だ。
私の両親は、ここの博士たちが嫌っている議会メンバーではないが、ここに来るまでは、むしろその人たちとの方が関係は深かった。
子供のころからとにかく理数系、特に理論物理学とかが大好きで、CERNの研究施設へ見学に行きたいとか、学会の集まりを聞きに行きたいとか、そういう無茶をよく言って周りを困らせていた。
この居住区に来てから、廣庭博士が私を見つけてくれて、是非にと誘ってくれたのだ。
むしろ両親は大反対だったのを、博士から此処の仕事の重大さを聞いて、一も二もなく参加した形だ。
とても小顔で丸顔で、身長も平均よりは低いため、どうしても歳より幼く見えてしまう。
ここで研究を始めて6年になる。タイムマシンが完成した時の、あの感動は忘れられない。
これで人類が救えるんだ、そう思ったときの高揚感は人生最大の喜びと思えたほどだ。
ところがどうだろう、実際に時間跳躍を繰り返すたびに、問題解決はとても難しいことに驚かされるばかりだ。
時間跳躍を開始してから、2116年12月8日になるまで、気持ちはどんどん沈んでいくばかりだった。
今までの苦労や、数々の研究開発の努力もその成果も、もっと言えば、生きて来た事は何だったんだろうって思うほど最悪な気分で、何日も過ごして来た。
私ほど酷くは無くても、ここの博士や水嶋先輩や、みんなもそうだったんじゃないだろうか。
そこに、重さんに連れられて入ってきた真面目そうな青年、最初は「なんだ、このおどおどした男は?」って思ってたけど、突然に「みんなを救う」ってきっぱり言い切って、目をキラキラさせていた。
その日のうちに自ら立案して語ってくれた救出作戦は、私のここ数か月の、暗い気持ちをいっぺんに吹き飛ばしてくれた。
不可能と思えていたことが、もしかしたら? と思えた瞬間だった。
だから、その日のランチとか、ちょっと忘れられない記憶になっている。
そして、その僅か2日後、12月10日、彼は私の尊敬する水嶋先輩と、過去に旅立って行った。向こうの時間は2027年11月27日。
そして、それからわずか数時間のうちに、先発隊のみんなを救い出したのだ。
その日から数えて11日後には死んでいたはずの皆を、拉致されたすぐ次の日というタイミングを狙って時間跳躍したとはいえ、宣言通り救い出したのだ。
こちらの時間跳躍の次の起動が14日後だから、2116年12月24日にならないと新たな変化は起こせないけど、こちらの時間で、その12月24日になったら、向こうの、この日2027年11月27日に照準を合わせて、まずは救出した先発隊をこちらに引き戻すことが、これで決定した。
必ずその時間に、私たちはその行動をするから、先発隊の救出は、14日後とはいえ、これで確定的になった。
実はここで大切なことは、こちらから狙って、マシン内にメンバー全員がきちんと席について時間跳躍に備えてて、その瞬間を狙って時間跳躍のビームが送れる事。
この条件は、今後もいつも必要だから、覚えておいて欲しい。
もう一度言うと、こちらからの時間跳躍6、現地の2027年11月27日に、第二隊の活躍により、先発隊の救出成功は確定し、ただし実際に戻せるのは14日後ということ。
14日間のこちらの時間が有るから、ひとまずはその後の経過を、ただ見守るしかない、場合によっては無駄ともいえる時間を隊員たちは現地で過ごすのだけれど、滝隊長は、その時間を「可能な限り現地の状況を探り続ける時間」と明言した。
我々としても、その時間を見守ることになる。
ひとまず彼らのタイムマシンは、奥多摩のキャンプ場に移動し、2機並んで仮設住宅の様に、快適に現地の調査などをはじめた。
それから3日経った、12月13日の事だ。
突然に約束を破った現地の自衛隊が、渡したレーザー砲を使って、夜中の内に不意打ち状態でこちらを攻撃してきた。
2機とも飛び立つ暇もなく、完全に撃破されるという最悪の事態となった。
我々の方針として武器で威嚇する事は有っても、絶対に人を殺すことなんて考えていない。だから戦車や諸々の軍事車両など、人が乗っている状態を狙い撃ちする事は、基本的には考えていない。
外国が不当に侵略してきた時に、それに対抗するのが自衛隊ではないの?
許可して誘導した先の場所に、いきなり攻撃してくるって何?
悲しみと怒りの中で、私たちは「なぜこんなことになったのか」と話し合った。
残された、その世界線とのつながりのあと11日の時間の中で、原因となる様々な情報を調べようとした。
この瞬間までに3日間で、2機のマシンが現地調査し、様々に送ってくれた情報、さらには、第一隊メンバーが拉致されて2週間の間に、どこに連れて行かれたかといった情報、今もネット上に残る当時の歴史上の組織や、当時あった軍需開発を行っている企業やその建物、様々にあたりを付け調べつくした。
防衛省、統合幕僚本部、陸上、海上、航空の各組織内、いろいろと調べたが、なぜ、相互に協力し合うと言いながら、3日後にはこんな暴挙に出たのか。
暴挙も暴挙、「約束を破棄」するだけではなく、こちらを「壊滅させた」のだから。
そんなことをする理由は何なのだ? 自分たちがその技術を手に入れたから、国以外の民間にもこれ以上そういった情報が流出するのを恐れたのか? それか、大国からの圧力か?
我々がタイムマシンを次に稼働できる、2116年12月24日までに、出来る対策を何度も話し合った。
こちらが12月24日になったら、向こうの時間で2027年11月27日、奪還した先発隊を、時間跳躍でこちらに引き戻す。
話し合われたのは、さらにその後に残される第二隊への対応だ。
三日後の11月30日、奥多摩で情報収集をする第二隊のマシンが、3日前に渡したレーザー砲によって、いきなり狙われるという事態、納得はできないがとにかくそうなる以上、それに対する対処を打とう。
マシンは2機ではなく1機だけとなるが、レーザー砲以下の兵器を搭載している方のマシンだし、自衛官永倉さんも搭乗している。
実際には、現地の滝隊長以下が対処するのだとしても、情報と、対処案くらいは用意して伝達したい。
第二隊への伝達タイミングは、先発隊転送直後。
提供したレーザー砲で、3日後に、いきなり襲ってくるという事実と、次の対応案。
1.マシンを空にしておいて、四人の隊員が助かる。
2.先手を打って、近づい相手に反撃(なるべくレーザー砲だけ破壊)。
3.マシンでその場を離脱、どこかに身を潜める。
いずれの場合も、時間までの可能な範囲で情報収集を継続
ざっと、こんな事を話し合い、我々は2116年12月24日を待った。
誰言うとなく、この、こちら側のオペレーション計画を、プラン「クリスマス・イブ」と呼ぶようになっていた。




