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元婚約者様、ごきげんよう。魔力なしと見下した私ですが、あなたの知らない〝科学〟という力で、この国の頂点に立ちますので。  作者: 九葉


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最終話

あれから、数ヶ月の時が流れた。

ヴァレンティン公爵家とローゼンベルク伯爵家が取り潰されたというニュースは、瞬く間に王都を駆け巡り、貴族社会を震撼させた。


彼らの末路は、実に惨めなものだったと聞く。

傲慢だった元公爵子息は、慣れない鉱山での過酷な肉体労働に音を上げ、今では見る影もなくやつれ果てているらしい。

常に誰かにちやほやされて生きてきた元伯爵令嬢は、その美貌も泥と汗に汚れ、もはや誰も天使とは呼ばない。

自分たちが足蹴にしてきた平民たちに蔑まれながら、ただ生きるだけの毎日。それが、彼らが自ら招いた結末だった。


一方で、わたくしが立ち上げた新ブランド『アトリエ・オリビア』は、破竹の勢いで成長を遂げた。


『魔法の香水』は王侯貴族の女性たちの心を鷲掴みにし、予約は数年先まで埋まっている。

そして『奇跡の石鹸』は、レオンハルト王子の後押しもあって、驚くべき速さで国中に普及した。

衛生環境が改善されたことで、民の間に蔓延していた疫病は激減し、誰もが健やかな日々を送れるようになった。


魔力を持たないわたくしが、魔術師でも成し得なかった偉業を達成した。

その事実は、魔力こそが絶対であるというこの国の価値観を、静かに、しかし確実に変え始めていた。


「オリビア。お前は、我がアシュベリー家の誇りだ」


あの日以来、初めて顔を合わせた父は、深々と頭を下げてそう言った。

母は、ただ黙ってわたくしの手を握り、涙を流していた。

魔力がないことを恥じ、疎んじていた娘が、家を救い、国を豊かにした。

遅すぎたけれど、わたくしたちはようやく、本当の家族になれた気がした。


すべてが、良い方向へと進んでいる。

何もかもが、満たされている。


――ただ一つ、胸に引っかかる小さな棘を除いては。



「オリビア嬢。こちらへ」


穏やかな午後、わたくしはレオンハルト王子に招かれ、王宮の空中庭園を訪れていた。

王子としての公務に戻った彼は、以前の商人の頃とは比べ物にならないほど多忙な日々を送っている。

こうして二人きりで会うのは、あの日以来、初めてのことだった。


「見事な薔薇ですわね」

「君を想って、手ずから育てたんだ」


さらりと言ってのける彼に、心臓が大きく跳ねる。

商人のレオンとして話す時とは違う、王子としての彼の甘い言葉は、どうにも心臓に悪い。


「……それで、本日のご用件は、一体何でしょう。まさか、わたくしをお茶に誘うためだけに、貴重な公務の時間を割いたわけではありますまい」

動揺を隠すように、少し意地悪く尋ねる。


すると、レオンハルト様は悪戯っぽく笑った。

「その通り。君に、正式な事業提携の契約書を渡そうと思ってね」


「事業提携……?」

「ああ。『アトリエ・オリビア』を、王家御用達のブランドとして認定する。今後、君の研究開発には、王家が全面的に資金援助を行う。……その代わり、君が生み出す利益の一部は、国庫に納めてもらうが」


それは、破格の提案だった。

わたくしは、一介の(元)侯爵令嬢から、国の未来を担う重要な人物として、正式に認められたのだ。


「……よろしいのですか? わたくしには、魔力がありませんのよ」

「ああ、知っている。だからこそ、君がいいんだ」


レオンハルト様は、わたくしの手を取り、真摯な瞳でまっすぐに見つめた。


「オリビア。君は、魔力がなくても、人は知恵と努力で輝けることを証明してくれた。君の存在そのものが、この国の新しい希望なんだ。私は、そんな君の隣で、新しい時代を築きたい」


彼の熱のこもった言葉に、胸が熱くなる。

わたくしがずっと夢見ていた、誰にも理解されなかった理想を、この人はこんなにも深く理解してくれている。


「……謹んで、お受けいたします。レオンハルト殿下」


わたくしがそう答えると、彼は満足そうに頷き、そしておもむろに、わたくしの前に跪いた。


「えっ……!? で、殿下、何を……!」


彼は、驚くわたくしの手を取ったまま、小さな箱を差し出した。

蓋を開けると、中には澄んだ空の色をした、美しいサファイアの指輪が収められている。


「オリビア・フォン・アシュベリー」


彼の声が、少しだけ震えていることに気づいた。


「私は、君が侯爵令嬢だから惹かれたわけじゃない。商人のレオンとして出会った時、君は『発明家オリバー』だった。その時から、私は君のその不屈の魂と、世界をより良くしようとする気高い精神に、どうしようもなく惹かれていたんだ」


それは、わたくしがずっと欲しかった言葉だった。

家柄でも、財産でも、魔力でもない。

わたくしという人間の、本質そのものを見てくれる人が、ここにいた。


「どうか、私の妃になってほしい。そして、これからの人生、公私における最高のパートナーとして、私の隣で笑っていてはくれないだろうか」


涙が、ぽろぽろと頬を伝った。

昨日までの人生で流した悔し涙とは違う、温かくて、幸せな涙。


わたくしは、泣きながら、最高の笑顔で頷いた。

「……はい。喜んで」


レオンハルト様は、安堵したように息をつくと、優しく指輪をわたくしの薬指にはめてくれた。

陽の光を浴びてきらめくサファイアは、まるで彼の瞳の色のようだ。


彼は立ち上がると、そっとわたくしを抱き寄せ、唇に優しいキスを落とした。

庭園に咲き誇る薔薇の香りが、二人を祝福するように包み込む。


こうして、わたくしの物語は幕を閉じる。

魔力のない地味な令嬢が、婚約破棄をきっかけに、自分の力で運命を切り拓き、最高の幸せを手に入れる物語。


けれど、これは終わりじゃない。始まりだ。

愛する人と共に、この国をもっと豊かに、もっと幸せな場所に変えていく。

わたくし、オリビア・クレスメントの、華麗なる未来の始まりなのだから。

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