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第6話「展開しとけよー!」

「展開しとけよー!」

 男は相棒にそう声をかけながら、まず通用口の施錠を解除してドアを開けた。そして倉庫全体を照らすライトをオンにし、次は車用のドアを解放しに行く。

「(先輩、スマホの電源を切ってください!)」

 りく陽女ひめの手を引いて積まれたパレットの裏へ回り、側に潜む彼女にそう囁いた。何せ彼らその手の映画の『あるあるシーン』の知識がふんだんにあった。

 だから倉庫へ入った後も鍵を戻してドアを施錠しておいたし、潜んだ瞬間にスマホの電源をオフにするのだ。

「おかしいな? 鍵、かけてあったのに」

とか

「くそ、こんな時に着信が!」

みたいな展開は、映画では良くても我が身には起きて欲しくない。

「オーライ! オーライ!」

「(りっくん、あれが須貝すがいさん)」

 陽女はバックで入ってくる献血バスを誘導している男の方を見て囁いた。

「(あ、運転している側じゃなく?)」

「(今日は平日やから、イベントやなくてどっかの企業とかお店の駐車場へ行ってたんちゃう~? そういうとこは……)」

「(若い子がいないから、ですか)」

 質問ではなく確認で、陸は呟いた。須貝はそれなりに整った外見をしており、確かに陽女の言う通り若い異性の視線を意識していそうな(ええかっこしいな)見た目であった。

 それは逆に言うと、気になる異性がいない場所ではかなり手を抜いていそうという意味でもある。今も気怠げに車の誘導をする姿は、そんな推測を後押しするものであった。

「オーケイ! さっさと運ぶぞ!」

 一方、須貝は10代の男女から酷評を受けているとも知らずダラダラと作業を始めた。献血バスから血液パックを降ろし、倉庫内のカートに並べ出したのだ。

「(たった二人……先輩の怪力なら奪えそうだけど……)」

 陸はその様子を見ながら独り言を呟く。須貝も相棒も全く警戒心が無い様子で、外に護衛などもいない様だ。今ここで彼らを襲い血液パックを奪えば、文化祭の会場からバスを強奪するなどと言った手荒で複雑な事をする必要がなくなる。

「(何か少なそうやね~)」

 他方で陽女の指摘する通り、須貝達が運ぶパックの数は非常に少なく、見る間に運搬作業も終わりそうであった。土日でもイベント会場でもないとなると、そういうものなのだろう。

 そこで陸は脳内で算盤を弾く。まずここで即興的に襲撃した場合のリスク。陽女ならあの二人を軽く制圧できるかもしれないが、何せ花も恥じらう乙女であるので荒事に慣れておらず失敗する可能性もある。バイオレンス映画が大好きだという事とて、通信教育で習った空手よりも信頼が無いだろう。

 また陸と彼女はここまでかなり無防備に来た。付近を歩いている姿も近所の防犯カメラに残っているだろうし、そもそも襲撃時に顔を隠すマスクの類も持っていない。つまり身許バレのリスクもあるのだ。

 一方リターンであるが、これは見た通り血液パックの数が非常に少ない。更にその少ない獲物を運ぶ為の何かと言えば、それぞれの通学鞄程度しか持っていない。

 総合するとリスクに対してリターンが少な過ぎる。ここで襲撃する価値は無い。陸はそう判断した。

「(ここで襲うのは無いですね。静かに見守って情報を集めましょう)」

「(えっ!?)」

 振り向き断言する彼を見て、陽女は動きをピタと止めた。

「(なんで牙を伸ばしていたんですか!?)」

「(襲うんかな~? 思て。でも辞めよ、って話やんな~?)」

「(僕はあの二人を、って話ですけど。先輩は僕を、って狙ってませんでした?)」

「(まさか! 真剣に何か考えてるりっくんにムラムラきた~とか、今やったら声も出せへんし抵抗もできんやろしあら自分以外と冷静やな~、とか思ってへんし!)」

「(無駄に冷静にならないで下さい!)」

「(了解~! もう我慢できへん~)」

 陽女はそう言うと冷静さを失い、陸を背後からしっかりと抱き締めた!

「(そういう部分だけ聞き分け良くならないで!)」

 非力な中学生はもがきながら抵抗するが、女子高生のゴリラの様な怪力に押さえられ身動きもできない。やがてその首筋に尖った歯の先が近づき……

「あれ? 猫でも入り込んだか?」

 そんな声と共に須貝がやってきた!


「にゃんにゃーん! いるなら出ておいでー!」

 須貝は気持ちの悪い声(猫向けの声)で呼びかけながら、先ほどまで陸と陽女がいた付近を覗き込む。

 しかしそこには猫も、獲物を狙うライオンの様に目を光らせ牙を剥き出しにした陽女の姿は無かった。当然、陸も。

「気のせいか……」

 彼はアッサリと納得し、勤勉に働く相棒の方へゆっくりと戻る。女性の目が無い時はほぼ全てにやる気が無い須貝。ある意味でナイスガイである。

「(あー危なかった~)」

「(先輩、動かないで!)」

 そう囁く彼らがいるのは先程まで潜んでいた場所の真上、倉庫の梁のすぐ下である。須貝が近寄って来るのを察知してすぐ、陽女が陸を抱えて飛び上がったのだ。

「(ん? なんでー?)」

「(だって、どこを掴んだら良いのか……)」

 二人の現状は陽女が片手で梁を掴んでぶら下がり、もう片方の腕を陸の脇の下に回して抱き締めている格好である。その中、小柄な中学生男子は片手で二人分の鞄の紐を掴みもう片方の手は……行き場を迷ってふらふらと動いていた。

「(どこでもええよ~)」

 陽女はそう囁くが、もちろんどこでもええ訳ではなかった。さし当たり最も大きな突起物であり掴み易いのは彼女の胸である。しかしそれは恐らく軟体であり、握っても確かな手懸かりにはならない。むしろ後日、陸を籠絡する為の足掛かりに利用されそうである。

 ならば背中側、腰や尻ではどうか? そちらであれば宙ぶらりんの身体を保持するのには役立ちそうだが、結果として密着度はかなり上昇する。そうなれば自分或いは陽女の精神と肉体に大きな影響を与えるだろう。

 となると残るは……肩しかなかった。

「よーし、帰るぞ!」

 陸が陽女の胸を大きく迂回して彼女の肩へ手を伸ばす中、下方の須貝は相棒に声をかけて消灯と施錠を始めた。

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