第41話「あぁ~生き返る~」
「あぁ~生き返る~」
陸は温泉に浸かって手足を伸ばしながら、強盗団の中で彼だけが口にするに相応しい声を上げた。
いま彼がいるのは京都の郊外にあるスパリゾートの、温泉の中である。温泉ではあるが水着を着用して入るタイプで、年齢男女を問わず様々な人々が同じ湯船で命の洗濯を行っている。土曜の夜とあってなかなか盛況の様だ。
こちらは宿泊のみならず温泉だけの利用も可能で陸も当初はそのつもりであったが、シェルターで見つけたある物の恩恵を受けて宿泊へ切り替えている。いくらでものんびりできるだろう。5日間の潜伏による疲れと匂いを落とした後はファンティーニが借りてくれた豪華なテントで食事と睡眠の予定だ。
その豪華なテントとはいわゆるグランピング設備で、すぐ脇でBBQも可能だ。今頃ファンティーニたちが焼く準備をしているだろう。もっとも吸血鬼である彼ら彼女らは人間としての食事は必要ない。炭火で焼かれた上等な肉はそのほとんどが陸の胃に収まる事となる。
「BBQ楽しみだな~」
シェルターの中での粗食に耐えた陸は、この後の晩ご飯へ思いを馳せた。
「りっくん、いっぱい食べてな~」
そんな声と共に、彼の背中へ大きな肉の塊がぶつかった。
「わっ!? 先輩!?」
いや、正確に言えば脂肪の塊であった。陽女の胸である。お湯に浮いた豊かな乳房がぐいぐいと押しつけられていたのだ。
「はぁ~久しぶりのりっくんほじゅー!」
いつの間にか近寄っていた彼女はそう言いながら陸を背後から抱き締めた。そうしつつ彼のうなじに顔を押しつける。
「ちょっと先輩! 離して下さい!」
周辺には家族連れも多い。恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら陸は言った。
「どう? 水着可愛い?」
陽女は一緒にプールへ行けなかった無念をここぞとばかりにぶつける。着用するのは血のように真っ赤なビキニである。
「こんなに密着されてどうやって見れば良いんですか!?」
中学生には刺激が強すぎる姿だ。だが陸の突っ込みの通り、彼にはあまりはっきりと見えていなかった。こうなるともう、周囲からみれば仲の良い姉と弟がじゃれ合っているようにしか見えない。陽女の吸血鬼としての色気もスパに漂う弛緩しきった空気の中では発揮されない様だ。
「あー! あの時のおねえちゃん!」
その楽しげな空気に誘われてか、一人の少女がバシャバシャとお湯をかき分けながら近寄ってきた。
「ん~? あ、鴨川の!」
その姿を見て陽女はハッと思い出す。黄色いワンピースの似合うその少女は、鴨川の飛び石から転落しかけて吸血鬼女子高生に救われた女の子に違いなかった。
「元気してた~?」
「うん! パパとママも一緒だよ!」
少女は笑顔でそう答えると、振り向いて背後の父母を指さした。またご迷惑をおかけします、と頭を下げる両親へ陽女も笑顔で挨拶する。
「(序盤で助けた人に終盤で助けて貰う展開ってあるあるだけど、こういう形もあるんだ……。いや僕が助けた訳じゃないけど!)」
陸はそう感心しつつ、窮地から逃れてそっとその場を離れた……。
「では計画の成功を祝して……乾杯!」
30分後。体を拭き髪を乾かした陸と陽女は、テントで準備していたレンレン達と合流しファンティーニの号令で宴会を開始していた。
「うわ~豪華! どうしたん?」
会場兼宿泊所となるドーム型の大きなテント、網の横に準備された食材やブースの周辺に飾られた煌びやかな電飾を見て陽女が目を丸くする。本来の予定では適当なカラオケボックスで合流してささやかな祝勝会を行うはずだったのだ。それがまさかこんな風にアップグレードするとは……
「それはリーダーから説明をどうぞ~」
「え? 僕ですか!?」
茶化すようにナイフで自分を示す沖田へ、陸は問う。刀ではなく肉を切り分ける刃物を持った新撰組番長は、確信を持った顔で頷いた。
「えっと……。実はシェルターの中で見つけたんですよ。剥き出しの札束を」
「え!? つまりそれって……」
驚いた陽女は咀嚼中の肉の塊を飲み込んで絶句する。
「まず間違いなく、永田寺の隠し財産でしょう。脱税やそういった類の」
彼女の疑問へはファンティーニが答えた。吸血鬼になって日が浅い女子高生と違い、彼は食事には手をつけずワインだけ飲んでいる。
「で、坊やはそれを頂いてきた訳なのサ!」
「どうせ汚い金や。使っても心は痛まへんし、寺も表だっては捜索できへんやろ」
猫ババと寺の私有財産の無断利用、それぞれの専門家はそうコメントする。
「なのでこの宴会の費用も宿泊代もそこから出ています。気にせずじゃんじゃん食べて飲んで下さい」
陸のその宣言を聞いて、吸血種たちは一気に盛り上がった。
「わーい! やった~」
「ほな俺もワイン頼もうかな!」
「飲み過ぎないで下さいよ?」
「焼きマシュマロも試したいのだわサ!」
その様子を見て少年は満足げに微笑む。が、少ししてから慌てて付け足した。
「でも大騒ぎは今日だけです! 派手に散財すると目を付けられますし……」
それから、夜空を見上げて陸は言う。
「次の作戦を行う為の、大事な軍資金ですからね」
「「おおーうっ!」」
一同は歓声を挙げて顔を見合わせる。
「何を狙うんです? 別の学校の献血バスですか?」
「大阪にデカい日焼け止めの工場があるねんけど……」
「できればまた車を運転したいのだわサ!」
口々にそう言われたが、陸はまあまあと血の気の多い吸血種たちを宥めた。BBQ会場を飾る電飾に照らされたその瞳は、生き生きと輝いていた。
強盗が成功したこと、より親密になれたこと、仲間ができたこと。そのどれよりも、陸の目が輝くようになったことが、陽女は嬉しかった。
吸血鬼の赤ではなく、生気に満ちた光に。
エピローグ
「もう一ヶ月になると言うのに、まだ手がかり一つ見つからんのか!」
「何処とは言わぬが調査に協力的でないクラブがいましてね……」
「それはウチへの当てつけかね? そもそも、警備体制が……」
「かくなる上は全クラブの召集をかけてはどうだ?」
「その件ですが、お伺いをかけたところ『Dは沈黙だ』との回答です」
「何!? Dは沈黙だと?」
「そうか、ならば仕方ない……」
「Dが沈黙ならばな……」




