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第39話「無理はしないでね!」

「無理はしないでね!」

 りくはそう言って、上へ向かうレンレンを見送った。それから彼女の合図があった場合に備えて室内と荷物を点検する。LEDに照らされた設備の設置物はほぼ元の位置にあり、キャリーバックバックには持ち込んだ暇つぶしと輸血パック、保冷剤、そして中で見つけたある物が綺麗に詰め込まれていた。

 ここは……永田寺ながたでらの地下にある核シェルターである。地上ではないので太陽は見えないが今は土曜日の夕方。上はそろそろ人の出入りも減ってくる頃だろう。

 陽女ひめが持ち出した以外の血と、彼女を激しく餓えさせる原因となった少年は、ここ数日ずっと駐車場の地下に潜んでいたのだ。


 あの晩、陸は煙幕に紛れて逃げることもバスに搭乗し直す事もしなかった。実は混乱が起きる少し前に、血や道具と一緒にシェルターへ入っていたのである。

 外へ逃げたと思わせて中に潜み、ほとぼりが冷めた頃に堂々と現場を去る。これは例の映画『インサイド・マン』を始め多くの作品で使用されるテクニックだ。そういう意味では独創的な手段とは言えない。ただお寺が密かに建築している核シェルターを使う、という部分が特殊であった。

 そもそも最初に考案されたのは陽女推薦の礼拝堂の地下だ。献血バスへ乗り込みバスジャックを行い、そのゴタゴタの間にバスの下から地下へ運び込み実は空車の状態で発進する……。

 それはプランとしては美しいが、実現性は低かった。バスから礼拝堂まで地下道を掘るのは困難だし、『そのゴタゴタの間』に血液を移動させるのも非常に困難だろう。時間は無いし人目も多いからだ。

 また首尾良く運び込めても、礼拝堂の地下室で何日も過ごすのは不可能だ。グランドの下にずっと地下道が存在するのもリスクである。

 そこで選ばれたのが永田寺のシェルターだった。何せシェルターだけに空間も設備も十分で、数日過ごすのに不自由が無い。またその存在はごく少数にしか知られておらず、居場所が露見する危険も少なかった。

 まさか寺という浮き世離れした存在が、何かあっても自分たちだけ助かろうと核シェルターを常備しているとは誰も思うまい。いや、この地に長く住まう人間であれば、京都の坊さんはまあまあ俗だな! と思ってはいるかもしれないが……。ともかく、陸がここを知っていたのも、父親の建築会社が関わっていたからに過ぎなかった。

 また現場が観光地であるのも利点であった。吸血鬼は関西の警察やマスコミ、政治経済上層部に深く食い込んでおり観光界隈も例外ではないが、それでも京都の寺社界隈は手強い相手である。強権を発しても、そう何日も封鎖していられるものではない。実際、次の土日には通常営業に戻っていた。ここでも京都の坊さんの金儲け主義が陸たちの助けとなったのだ。 

 その間、つまり出ても大丈夫になるまで彼がそこに潜んで勉強をしDVDを見ている間、吸血鬼の上層部は捕らえた女生徒達やバスの転落地点を必死になって調べていた。だがそれは全て見当外れの方向だったと言えよう。

 そんなシェルターではあるが、陸は正当な手段で中へ入った訳ではなかった。何せ本来の入り口は永年会館という、永田寺の事務所の奥にある。彼は吸血猫レンレンが掘った横穴から中へ入り、勝手に利用させて貰ったのだ。

 そのトンネルの入り口は駐車場脇にあるトイレの掃除道具入れにあった。いわゆるトイレの個室の一つが倉庫になっている所だ。バケツを除け床のタイルをめくるとすぐ穴になっている。何時の日かここも発見されてしまうかもしれないが、それまでに陸と残りの輸血パックを取り出せば済む話である。

「大丈夫なのだわサ!」

 レンレンはその入り口をチェックしてすぐ地下へ戻り、陸へ伝えた。しかる後、キャリーバックの持ち手をくわえて先に登り始める。

「ああ、待って!」

 少年はそう叫ぶと室内の電気を切り、簡易トイレをまとめた袋と自分の足首を紐で繋ぎ先に進む猫を追う。狭い穴を進む様子はまるで『ショーシャンクの空に』みたいだな? と思いながら……。

「うん、周辺には誰もいないし個室も空いているのだわサ!」

 レンレンの声がトンネルの先から聞こえる。あの映画で主人公はトイレの配水管を進んだが、陸が進んだのは地中の穴で着いた先の方がトイレだった。

「良かった! じゃあ少し見張ってて!」

 彼はレンレンにそう叫ぶと、まず道具入れの床を元通りにし、それから自分の汚物を小分けにして洋便器へ流す。もちろんシェルターにもトイレの設備はあったのだが、自分の痕跡を残して行きたくはなかったのだ。

「流し終わったのサ?」

「うん。でもあとちょっと待って!」

 振り向いたレンレンにそう断り、次に陸は荷物の中からデオドラントスプレーを取り出した。

「サ!?」

「大丈夫、これは銀が含まれていないから」

 やや警戒する吸血猫を宥めると、彼は自分の全身へそれを振りかけた。何日もの間、シャワーすら浴びれていないのだ。毎日、濡れタオルで身体を拭いてはいたが少し匂うかもしれない。猫は心優しさからか獣の感覚からか指摘しなかったが、これから会う人物は気にするだろう。

「それと、と……」

 一通り吹き終わってから、陸は帽子とサングラスを取り出し装着する。駐車場の監視カメラはあの晩の騒ぎで破壊されているが、念には念を入れてというやつである

「じゃあ、行こうか」

 彼はそう言って鞄を開けた。その中へレンレンが素早く忍び込む。犬ならばともかく、猫を観光地の駐車場で連れ歩いていれば目立つからだ。

「気持ち悪くなったら言ってね?」

「平気なもんなのだわサ」

 軽くそんなやりとりをして彼らはトイレの外へ出た。パーキングにはバスは一台もなく、残る個人の車も少数だ。誰に見咎められる事もなく少年と猫は敷地を渡り道路へ出る。

「結構、重たそうですやん?」

 と、歩道を歩く陸のすぐ側に真っ赤なイタリア車が停まり、助手席から一人の男が降りてきた。

「沖田なのだわサ……!」

 鞄から顔を出してレンレンがげえっ! という顔をする。彼女が名を呼んだ通り、車道で日傘を差しサングラスをかけたその男は、幕末から生きる吸血鬼の剣士、沖田総司おきたそうじに他ならなかった……。

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