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第38話「えー録音を開始します」

 奥川陸おくがわりくの録音


「えー録音を開始します。現在の時刻は午前8時半。実感は沸かないけど朝で、普段なら登校時間です。なるべく何時もと同じ時間に起きて活動して、同じ時間に寝ようと思います。この録音を残すのは万が一に備えてと、単なる暇つぶしです。ポータブルプレイヤーとDVDは持ってきているけど、それでも退屈だからね。あ、DVDで思い出したけど、昨晩の台詞は格好つけ過ぎで恥ずかしかったなあ。思わずアドリブでアレを言っちゃった。……まあ先輩がそういうキャラ付けで僕も真似しないといけなかったから、という事にしておこう。それで後は何を話そうかな? 作戦は上手くいったけど、完全に成功か? はあと……5日ほど待たないと。それまでは映画を見て、感想を書いて、学校へ行けない分の自習をするつもりです。まだ一日も経ってないけど快適なので心配しないで。以上」


 御西女学院ごせいじょがくいんは、ほんの3日間ほどで平穏を取り戻した。生徒たちは1日の自宅待機と、2日のリモート授業を経て4日後には登校し普通に授業を受ける事となったのである。

「ほんならあと2日もリモートにして、土日まで繋げてくれたら良かったんとちゃう~?」

と愚痴った生徒は非常に多かったのだが。

 もっとも事件の関係者、宣子のりこひびき颯子そうことファンティーニは別である。彼女たちは病院での経過観察と自宅療養の後、週明けから登校する次第となった。その間、人間の医師による手厚い看護と吸血鬼関係者による秘密のチェックが継続して行われる事となる。

 またファンティーニに関しては、登校すると言っても授業を担当する事は無く職員室で引継の作業を行うに留まる。彼は結局、乙女(純潔)の管理官としての仕事と教職の両方を失う事となったのだ。

 吸血鬼としては自分の管理する学校から献血を奪われたという責任を、一人の教師としては生徒との醜聞を引き起こした責任を、それぞれ問われての結果である。

 事実であれ用意されたストーリーであれ、彼は女生徒と関係はもっていないのだが、

「女生徒との関係を疑われる様な」

態度そのものが問題であったという処分である。そこは神学校御西女学院としての厳しさが出たと言えよう。

 そういった背景からファンティーニが針の蓆の上で仕事をするような気分を味わっている最中、教室でも非常に辛い気分を味わっている吸血鬼がいた。


「アン王女、どやった? 大丈夫?」

「久ちゃんこそどう~? さみしない~?」

 久しぶりに登校した教室で陽女ひめ久子ひさこと抱き合い再会を祝っていた。今は昼休みで、室内の他の場所でも同様の行為が行われている。今朝の授業開始前にも機会はあったのだが、その時はそういった行いを許さないような空気があり、それがようやく解けたのが昼なのだ。

「寂しいさ! 響のやつ、あまり連絡できんでさー」

 久子はそう言いながら派手にデコレートされたスマホを操作しメッセージアプリの画面を見せる。そこには彼女と入院中の響のやりとりが、実に5スクロールほどに渡って繰り広げられていた。これであまり連絡できていない、と思うのは……まあ人それぞれであろう。

「うわ、たいへんそ~。警察病院やんな?」

「そう! まあ設備は悪くないみたいやけど」

 そうため息を吐く久子にスマホを手渡されたので、陽女は遠慮なく手に取ってメッセージを詳細に確認する。

「ほんまや~。別に厳しい取り調べとかやられてる訳やないみたいやね~」

 彼女の狙いはもちろん、吸血鬼側の動向を探る事である。むろん、メッセージアプリとて検閲や偽造の可能性はあるのだが、不自然な点はほぼ見受けられなかった。響は吸血鬼の催眠で記憶の操作をされているものの、それ以外は大過なく過ごしているようである。

「ああ、悪い刑事とイカつい刑事やっけ?」

 久子は上を向いて思い出しながらそう問う。彼女は陽女の趣味を知っているのだ。

「それやと両方怖いやん! 悪い刑事と良い刑事やで~」

 アクション映画好きの女子高生はそう訂正してスマホで久子の頭を軽く叩きつつ返す。ギャルはそれを受け取りつつきゃはは、と笑ったが、すぐに心配そうな顔で陽女の眼をのぞき込む。

「ツッコミに何時もキレが無い……」

「え?」

 何か不自然なところがあっただろうか? その視線で概念上の冷や汗をかく吸血鬼女子高生の身体を、久子はぎゅっと強い力で抱き締め直した。

「やっぱ騎士くんにしばらく会えてないんが辛いんやろ? ウチで良かったら慰めたる!」

「あ……うん! ありがと久ちゃん! エネルギーほきゅ~」

 久子の誤解にほっと胸をなで下ろしつつ、陽女は抱き返す。いや、正確に言えば誤解ではない。陸の顔はもう4日も見ていないのだ。

 本当の理由は作戦面からなのだが、大っぴらに言えば学校関係者以外の出入りがしばらく禁止とされているからである。当然、ボランティア部の交流も行われていない。久子が言っているのはそれだ。

「おーよちよち……。うん? 王女?」

「すぅ~。どしたん、久ちゃん?」

「いやん、なんか息が冷たくて気持ちよくて……あん!」

「ほきゅうしてるだけやで~」

「そう……やんな? いゃ……イヤやないけど……んっ」

 陽女に抱き締められた久子は、甘い吐息を漏らしながら彼女の腕の中で蕩けつつあった。その様子を見て、他の座席で談笑していた生徒たちも一斉にそちらへ見とれる。

 別段、陽女は吸血行為や誘惑を行っている訳ではない。実のところ持ち帰った幾らかの輸血パックで吸血鬼としての腹はかなり満たされている日々である。しかしその充実ぶりと別の飢えが捕食者としてのオーラを放ち、被捕食者たちをからめ取っているのである。

「あの、安藤さん!」

 被捕食者たちの一人、慎子しんこがどうにか脳内の霧を振り払い陽女へ声をかけた。

「なに~?」

「こ、校内でそういう行為は控えめに……」

「ん? あ、ごめ~ん!」

 慎子の指に光る銀の指輪を見て、陽女ははっと我に返り久子への抱擁を解除した。途端、教室に立ちこめていたピンクの気配も霧散する。

「抱き方がやらしーねん!」

 誰かがそうツッコミ、笑いの爆発が起きた。陽女もそれに追従しつつ、改めて慎子の指を見る。

 指輪変わったやん。もしかして本物の銀に昇格した? 良かったね、慎ちゃん!

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