第32話「「にゃんにゃんしてますぅ!?」」
「「にゃんにゃんしてますぅ!?」」
「いや、違います!」
やや切れ気味に復唱する颯子と宣子へ、ファンティーニが思わず弁解を口走る。
「先生? もう隠してる場合じゃ……」
「違います! 通知だ!」
一触即発の教師と女生徒たちへ、女生徒へ変装した陸が割り込んだ。その剣幕に他の皆が黙り込む中、彼は鞄の中からタブレットを取り出す。
「しまった、3分前だ! 録画を……」
彼は端末の表示を見て慌ててアプリを操作した。女生徒達には知る由も無いが、先ほどの声は建築現場に残した自動給餌器のペットカメラが何か動く物を発見した時の通知で、正確には
『にゃんにゃん来てます!』
と言っていたのだ。
「ダメだ、やられている!」
陸は数分前からの録画を確認すると、悔しそうにオープンエアーになったバスの天井を見上げた。
「(あいつらがやりおったん~?)」
「(ええ、そうです!)」
近寄り小声で訊ねる陽女に、陸はアプリの時間を戻して画面を見せた。ペットカメラの録画には、そっと様子を伺いながら給餌器へ近づく黒い服の集団と、彼らが一瞬で加速しカメラに迫り、恐らく握りつぶしてしまったであろうシーンが残されていた。
「(やっぱり一筋縄ではいかないか……)」
陸はアプリの記録を見てそう嘆息する。建築現場に動きがあったのは、バスが襲撃されたのとほぼ同時刻だ。仮にこちらの人員がもっと多くいたとしても、同時に2方面で行動を起こされては対処し切れなかっただろう。そして実際に建築現場側はやられている。
またバス側は何とか撃退できたが、吸血鬼の追っ手達は車が郊外の峠に差し掛かり、登りのカーブが多くスピードが遅くなっている所で天井に飛び乗り襲撃を開始した。こういったポイントの選び方一つを見ても、吸血鬼上層部が簡単な相手ではないことが伺い知れる。
「先生! 少しスピードを上げて貰おうか!」
陽女はそこまで理解した訳ではないが、陸の焦りを察知し運転席横へ戻って命令する。そして頷いたファンティーニが速度を上げるのを確認しながら、
「(ちょっと待って! ウチの今のポジション、『スピード』のキアヌ・リーブスみたいやんな! あ~りっくん気づいているかな~?)」
と脳天気な事を考えていた……。
一方、バスの中の彼女以外の全員は、緊迫の面もちとなっていた。ファンティーニの不慣れな運転でスピードを出して山道を走っているのだ、当然と言えよう。しかも天井の一部がなく、速度は上がっている。強い風が吹き込み女生徒たちは不安で声を失っていた。
陸は陸で様々な計算に必死だ。目的地はもうそう遠くない。そちらへ着けば最後の仕上げをするだけである。しかしそれまでにもう一度、襲撃を喰らえば今度は撃退できないかもしれない。
何故なら建築現場側を押さえた彼らはこちらへ全力を注ぎ込めるし、回収した第一派のバス攻撃隊からこちらの手口や状態を聞いて、必ず対策をとってくるだろうからだ。
実際、こちらの武器は銀の消臭スプレーだけであり、それを人質の一人と思われた第4の女生徒、陸が不意を突いて吹きつけたから効果を発揮したのである。それらが分かっていればガスマスクや機密性の高い服を装備し無力化することで殆ど被害を受ける事無く車内を制圧できるであろう。
そして実際に、吸血鬼達はそういった部隊を結成し準備しつつあった……。
「見えました! 下方、100m!」
「よし! 念の為、首手首足首のテープを再確認しろ!」
バスが上っていく山の上方、暗い森の木々の上でそんな囁き声が交わされる。その数は5名。忍者の様に枝の上から下をのぞき込んでいる人影は、全員が黒い戦闘服にガスマスクを被っている。そのゴーグル部分で光る赤い目から分かる通り、彼らもまた吸血鬼であった。
本来、この5名は最初の襲撃隊のバックアップである。しかし先鋒の失敗を受け、待機位置を更に上へ変更しつつ装備を整えていたのだ。
その装備とはもちろんガスマスクと養生テープである。失敗した仲間から事情を聴取した彼らは大急ぎでそれらを手配し、荷物を到着を受けて体制を立て直した。
「銀を含んだスプレーとは……小癪な真似を」
「生徒の他に、主犯の男も同装備を所持している可能性がある。そいつは我らの同胞らしい。爪で服を傷つけられたら折角の対策が水の泡だ。まずはその男から排除しろ」
命令した吸血鬼はそう言いながら、手袋をつけた指で手首のテープを指さした。わずかな隙間から入った銀など大したダメージにはならないかもしれない。だが油断は『死』に繋がる。
……吸血鬼へ転化して遠く離れた筈の『死』に。アンデッドとは長く生きるほど、慎重になるものなのだ。
「来ました! 残り30m!」
「本部、ストライカー2、攻撃へ入ります」
『了解。さっさと始末しろ』
最後にそう交信すると、襲撃部隊は道路を登ってくる献血バスへ全神経を集中した。彼らは吸血鬼の抱える戦闘部隊としてはかなりの手練れである。素人強盗団に二度も遅れをとる筈はなかった。
だがこの夜の森には、彼らを超える戦闘部隊……の出身者が一人、いた。




