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第31話「何かが天井に乗った!」

「何かが天井に乗った!」

 音の正体は複数の何かが飛んできて、バスの天井に着地した音に違いなかった。それを察したりくが叫んで陽女ひめに警戒を促す。

「キィィィ!」

「きゃあああ!」

 続いて、耳を塞ぎたくなる様な擦過音と女生徒三名の悲鳴が轟く。鋭く長大な数本の爪がバスの天井を切り裂き、一部を引き剥がしたのだ。マスクを被った彼女達にはその光景は見えないが、剣呑な音と吹き込む風が恐怖を掻き立ててくる。

「もう来たか!」

 隙間から上を見上げて陽女が呻く。恐らく上層部が差し向けた追っ手であろう、バスの上では恐怖が四体の吸血鬼として具現化していた。軍隊の特殊部隊が着る様な黒い戦闘服に長い爪、赤く光る目が悪夢の様にバスの中へ侵入しようとする。

「いやあ、来ないでー!」

 吸血鬼達は両手の爪を車体に食い込ませ振り落とされないようにしながら、まず頭部をバスの中へ突っ込んだ。その顔面へ、悲鳴とは裏腹の冷静な動きで陸は消臭スプレーを吹きかけた!

「ギヤァァァ!」

 顔面全体に苦痛を感じて、先頭の吸血鬼が天井から路上へ落ちる。陸は両手に鞄から取り出したスプレーを持ち、二丁拳銃さながらに次から次へと銀の霧を吸血鬼達へ吹き付けた。

「目があああ!」

「焼けるぅぅぅ!」

「喉が!? グガアア!」

 行為としては夏に、窓から家屋へ入る虫を殺虫剤で撃退するのに似てはいる。しかしその虫は人間大の大きさで恐ろしき攻撃力を持ち、痛みを感じれば悲鳴を上げる存在であった。陸には手加減も同情を感じる余裕も無い。

「きゃあ! なになに!?」

 と、最後の一体は颯子そうこの身体の真上に落ち、喉に入った銀の痛みに悶えていた。そこへ素早く陽女が駆け寄る。

「無賃乗車と迷惑行為はご遠慮くださ~い!」

 彼女は車内アナウンスの声真似をしながらその吸血鬼の身体を掴み、怪力を発揮して天井の穴から外へ放り投げる。アクション映画であれば余裕のある主人公がこういう時に粋な台詞を吐くものだ、という信念が彼女にはあった。

「すみません、急カーブ!」

 続いてファンティーニが警告を発し、大きくハンドルを切った。車内後部の騒動に集中力を奪われ、前方の曲がり道に気づくのが遅れたのだ。

「掴まって!」

「キャー!!」

 バスは強引にスピードを落とし山道のカーブを曲がる。凄まじい慣性の力が襲ってくる中、かろうじて陸の忠告が間に合い乗員達は手近な物に掴まってそれに耐えた。

「先生、困ります!」

「強引なのは夜だけにしろし!」

「す、済みません……」

「嫌だ、もう……ううっ」

 宣子のりこひびきが運転手であるファンティーニを責める横で、颯子は静かに泣き出していた。彼女にしてみれば何も見えないまま、どうやら男らしき存在が己の上で暴れ周り、それが引き離された直後に今度は絶叫マシン並のG(慣性)を喰らったのだ。我慢の限界が来たのであろう。

「悪かったな……」

 陽女はたまらず颯子の頭に手を伸ばし慰める様に数度、撫でた。

「でも、もう少しだから……うっ!」

 と、その手がふいに停まった。やがて苦しそうに喘ぎながら、手が自分の喉へ向かう。

「あっ!」

「どうしました!? うっ、私も……」

 驚く陸の前で陽女が、続くようにファンティーニも喉を押さえて苦しみだした。

「まずい! 血を……」

 陸は匂いを嗅いですぐさま理由に気づき、クーラーボックスを開ける。先ほど襲撃してきた吸血鬼達を撃退するのに使ったデオドラントスプレーの香りが、車内に漂っている。銀が含まれた空気が、遅れて彼女たちを襲ったのであろう。

「(先に、先生へ……)」

 陸が本日採れたての輸血パックを陽女へ差し出すと、彼女は身振りでファンティーニを優先するように指示した。陸は数秒ためらったものの、運転手が倒れてバスが事故を起こしたら皆が危険である事を察し前方へ向かう。

「これを飲んで下さい!」

「(助かる!)」

 陸が口元へ運んでくれた輸血パックへ、ファンティーニは遮二無二噛みついた。牙が一瞬で伸び顎が大きく開いた姿には、普段のイケメン英語教師の面影はない。だがそんな事を気にしている場合ではなかった。

「そっちも!」

 陸は急いで陽女の元へ向かい、別のパックを取り出して彼女へ渡す。教師よりも苦しい時間が長かっただろうに、吸血鬼女子高生は慎み深く陸に背を向けて血を啜った。

「なになに!? 何の時間?」

「大丈夫……なんですよね?」

 切り裂かれた天井からの風で、吸血鬼達の食事(吸血)音は人質たちへ届かない。ただ不穏な気配と颯子のすすり泣きだけが響と宣子に聞こえる状態である。

「大丈夫、です」

 しばらくしてファンティーニはバスの後部へ向かってそう呼びかける。これは生徒達を安心させる意味と、血を吸ったので銀のダメージから復活したという意味の両方を込めていた。

「そう言えば佐藤さん? 何か言いかけて無かった?」

 急にそう問いかけたのは颯子だ。直前まで泣いていた筈だが、ファンティーニの言葉で少し落ち着いたのだろう。そして、落ち着いた後は引っかかっていた疑問が沸いてきたのだ。

「そうだ! 今まで隠していたけど、自分と先生がなんとか……」

 宣子もそれを思い出して言う。しかも彼女はかなり正確に覚えていた。

「ああ、それ? 何か改まると恥ずかしー、ってか。でもまあ」

『にゃんにゃんしてます!』

 照れながら語り出す響の言葉に、奇妙な声が続いた。

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