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第3話「先輩に常識が無いは知ってましたけど」

「先輩に常識が無いは知ってましたけど、吸血鬼になって良識まで失ってしまったんですか?」

 時間は再び現在へ。陽女ひめから献血バス強奪の話を聞かされたりくは、首筋に絆創膏を貼りながらその提案を一蹴した。

「なんで~? ええ案やと思うけど?」

「だって献血って、病人や怪我人の為にと思った人々の善意で集まったものですよ! それを横取りしようだなんて……見損ないましたよ!」

 陸は怒り半分、悲しみ半分の気持ちで言った。確かに陽女は常識外れの先輩ではある。映画の中で聖書の引用があるからと子供向けの上映会で『パルプ・フィクション』を流すような女だ。加えて言えばその引用も実は出鱈目だというのに。

 しかし彼女には光の面もあった。明るく優しく、誰にでも親切に接する。だからこそボランティア部に所属しキッズ上映会を主催していたのだ。

 もちろん、その容姿や豊かな胸、映画の趣味が合うところ、茶室に住み着いた野良猫と仲が良いところも陸にとっては非常に大きい。繰り返すが胸も大きい。

 だが陽女の美しい心は

『ボランティア部の交流会』

と称して陸を女子校へ通わせる理由の大きな一つであった。

「まあ普通やったらね~。でもここの献血バスはふつうやないみたいやのん」

 一方、普通でなくなった女子高生は持っていたチラシをバシバシと叩きながら言った。

「どう普通じゃないんですか? 絶対に死なないデス・プルーフとか?」

「え? 耐死仕様の献血バス!? めっちゃええやん! どんなんやろ~。窓に格子が入っててさ、シフトレバーが銀の骸骨で……」

「すみません、今のは変な茶化しを入れた僕が悪かったです。真面目に教えて下さい」

 彼女の好みを考えた返事をしてしまった事を陸は後悔し、話を元へ戻そうとした。それで、チラシの裏に核戦争後(世紀末)の砂漠を走っていそうな車を書き始めていた陽女も手を止め、鞄からサングラスを取り出す。

「口だけでは説明し切れへんからさ~。ちょっと出かけよ!」


 1階のお手洗いで日焼け止めを塗り直してから陸と合流した陽女は、サングラスをかけ日傘を広げて前を歩き出した。現代の吸血鬼はこの程度の対策で昼間でも歩けるらしい。

「京都赤十字の須貝すがいさん、って人がおるんやけどね~」

 そう話ながら行く先を告げずに進んでいくが、方向で陸にはだいたい分かっていた。校内の茶室だ。

「その人が毎回、ここに来る献血バスの運転手さんなんよ~」

 茶室は敷地内でも木々の茂った地帯にあり、周囲とは少し隔絶された空間にある。その環境が与えてくれる状況が二つあった。

 一つには、茶道に相応しい静けさを作り出してくれること。もう一つは御西女学院ごせいじょがくいんに住み着いた地域猫に安心できる住処を提供することである。

「献血イベントの度にその人と喋ってたからそこそこ仲良うなって電話番号も渡されてくたんやけど~」

「え? それってナンパじゃないですか?」

「うん、ありえへんよね~? もちろんかけたこと無かったよ~」

 陽女は首を左右に振ってそう言った。これは否定の為ではあるが、もう一つの理由があった。

「でも前回のイベントの後でな……あ、おった!」

 それは猫を探していたのである。

「ああ、レンレン!」

 陸も陽女の視線を追って茶室の傍らに『彼女』を見つけた。白黒の鉢割れ柄の地域猫をである。

「先生、元気してましたか? 今日はまぐろ味を持ってきましたよ!」

 陸は陽女を追い越し鞄からウエットフードの小パウチを取り出しながら、レンレンと呼んだその猫へ駆け寄った。急に話を中断され自分を置いて先へ行かれた状態に、陽女はやれやれとため息をつく。

 この雌猫は御西女学院の人々に愛される地域猫であり、多くの生徒から様々な悩みを相談されてきた。いや正確に言うと一方的に話を聞かされてきただけだが、それでもそこらの教師や牧師より遙かに経験を積んでいると言える。

 年齢は不詳だが少なくとも15歳以上。手足がすらりと長く、年月は彼女の瞳に猫以上の知性の輝きを与えても老いの影響は感じさせない。そういった外見と実績から何時しか『恋愛の先生』と尊敬されるようになり、それを短くして『レンレン』と呼ばれるようになったのである。

「水もちゃんと飲んでくださいね」

 陸は持参した2枚の紙皿の片方に食事、片方に水筒から水を注ぎレンレンの前へ並べる。彼は陽女が依頼した映画のDVDを忘れる事はあっても、この老猫の為の食事を持ってこない事は無かった。

 レンレン先生を恋愛の相談相手にした生徒は数多くあれど、ライバルにした生徒は今までいなかったのではないか? と陽女は密かに嘆息した。

「あ、そうやちょっと待って」

 彼女はそう言いながら自分も鞄に手を伸ばし、中から一錠の薬を取り出しレンレンが食らいつくウエットフードの中へ押し込んだ。

「何ですか、それ?」

「ちょっと良い?」

 陽女は返答する代わりに陸の肩を叩き、少し離れた所へ誘う。

「何ですか? あ、もしかしてレンレンからも血を貰おうって考えているんじゃ……」

「ちゃうよ! それにそんな事したら、もたへんかも……」

「どういう意味です?」

 聞きながら、陸は陽女の表情と先ほどの行動で何かを察してはいた。

「ちょっと前にな。レンレンが血尿をしてたから、有志で獣医さんへ連れていってん。そしたら腎臓の数字がかなり悪くてな。一応、お薬は貰ってあげてるけど長く……りっくん!?」

 彼女の話の途中から陸は涙を流し始め、陽女は言葉を止めて彼の頭を抱き抱えた。

「よしよし……。よーしよし……」

 眼鏡を落としたり壊したりしないよう器用に外し、彼女は泣き崩れそうな少年の頭を自分の胸に押しつけ優しい声をかけ続けた。

 陽女は陸の事情をある程度、理解していた。特殊な家庭環境により友人がいないこと。家に居場所が無いこと。孤独なこと。

 そして陽女より映画より、猫に会う事を楽しみに御西女学院へ来ていること。彼が自身の孤独を猫に癒して貰っている事は、彼女にも容易に想像できた。

 その機会を遠くない未来に失いそうなことも。

「すみません。僕の飼ってる猫でもないのに。先輩の方がレンレンとの付き合いも長いのに……って先輩!?」

「ん?」

 謝罪しながら陽女の胸から頭を離した陸は、強引に引き寄せられ頬に伝う涙を舌で掬い取られ驚きの声を上げた。

「ちょっと! 何をしているんですか!?」

「美味しい……りっくんの涙……めっちゃ美味しいわ……」

 陸の声を無視し、陽女はサングラス越しでも眼の輝きが分かるほど陶然とした表情で彼の涙を舐め取り続けた。しかし強烈な驚きというものは、しばしば悲しみを凌駕するもの。涙はアッサリと止まってしまい、少年の涙を吸っていた吸血鬼の少女は残念そうにこう呟いた。

「涙、出てへん……。りっくん、もっとくれん?」

「こんな状況で出るわけないでしょう! てか血だけじゃなくて涙も吸うもんなんですか!?」

「分からへんよ、吸血鬼になったのも最近やし……。でも涙でもいけそうやね……」

「みゃーう!」

 奇妙な姿勢で抱き合う両者の元へレンレンがやってきて、

「もっと食べ物は無いのか?」

とばかりに鳴いて背伸びし、陸のズボンで爪とぎを始めた。

「もう……何がなんだか……」

 吸血鬼と猫から同時に求められ、陸は困ったように頭をかくしかなかった。

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