第29話「何処に何分くらい停まっていたか?」
加藤響の証言
「何処に何分くらい停まっていたか? そんなの分かりっこないですけどー。だってあーしらマスク被らされてたし、椅子じゃなくて献血用のベッドに横たわってたんだかんねー。しがみつくのに必死やってん。あ、でもカメラの小さい子がチョロチョロ動いてた気配はしてたかなー。いや例の見たことない子。ううん、ちょっと記憶にあるよな無いよな……。しっかり思い出せ? 無理ー。ほとんど話してへんしー。でもダーリンとはちょっと話したー。バスが停まった時、何かされるんや! 思ってキャー言うたら『大丈夫、貴女たちに手は出させません!』って。男らしいやろ? まあ夜はもっと男らしいんやけど……。ってちょっと何を言わせてんねん!」
セット完了の合図代わりに陸は陽女の肩を二度叩き、カツラを被り直して定位置であるバスの床へ戻った。それを見届けると、彼女はファンティーニに被らせていた動物のマスクを剥がし、彼のスマホを取り出す。
「ロックを解除してくれ。それから車を出発させて次の目的地へ」
その命令にファンティーニはしぶしぶといった感じで従う。献血バスが工事現場を出たタイミングで陽女は彼の上役へ再度、電話をかけた。
「俺だ。輸血パックの半分は岡本ホテル改築現場の1Fに置いた。敷地へ入るのは良いが、それ以上近づくな。もちろん、バスにもな」
「……分かった」
芝居がかかった口調でそう告げられても、吸血鬼の上役は冷静さを保っていた。彼の返事を聞いて陽女は電話を切る。
「信じられるのですか?」
「まさか! 仲間が監視して警告するようになっているさ」
教師の問いに生徒が答えた。教室の中でもあり得る形だが、会話の中身は授業から遠く離れた内容であった。
それを聞きながら仲間に扮した陸は鞄の中のタブレットを確認していた。
陸も強奪する献血バスに同乗する。それも人質の一人として。それが計画の重要な点の一つであった。陽女一人では車内の状況を掌握し切れず、何かを見落とす危険がある。また彼女をサポートする仲間が外部にいると思わせた状態では、バスの中にいる方が安全だ。まさに『インサイド・マン』、『中にいる男』である。
そんな陸はまず女装して撮影係りとして車内へ入り、ファンティーニを後部へ留め置くことで陽女がバスへ搭乗する時間と空間を作った。そして強奪が始まった際には従順な人質として、率先してバスジャック犯の命令通りに動き
「犯人の指示には従うもの」
という空気を作った。
ここまでバス後部の女生徒3名が大きな離反もなく大人しく行動しているのは、ファンティーニを気遣っての事だけではない。陸のそういった工夫の影響もあるのだ。
また先ほどの工事現場でバスからクーラーボックスを降ろし遠隔発火装置兼監視装置を設置したのも彼である。その装置、実態を言えばウェブカメラがついていてアプリで遠隔操作できるペット用の自動給餌器に過ぎないのだが、セッティングを行い餌代わりに着火し易い薬品を充填させたのも彼であった。
更に言えばこの工事現場を発見したのも陸である。さすがに彼の父親の建設会社が関わっている現場ではないが、知り合いの会社の仕事の中から適切な場所を探し、電源や無線ネット回線を密かに確保して利用できるようにしたのだ。
正に八面六臂の活躍といった所だが、陸は特に披露やプレッシャーを感じていなかった。むしろ常日頃に感じている孤独感やうっすらとした不安から解放されて、ノビノビとしていたくらいである。
彼はこの計画に意義を感じていた。しかも血液を手に入れる事は陽女やレンレンの為にもなる。更に実際に作戦を立案し準備し行動してみれば、意外な程に楽しかった。自分がそういう映画の登場人物になったような気分さえしていた。
つまるところ……陸も陽女と似たような人種なのである。
「(感度良好、カメラも異常なし、と)」
陸はタブレット端末に前もってインストールしたアプリで、装置の状態を確認した。現場に残したペット用の自動給餌器のウェブカメラには夜間モードも搭載されており、暗い屋内でも見通すことができる。目下の所、カメラから送られる映像には誰も写っていなかった。因みに動体センサーと通知機能もついているので、ずっと見ている必要もない。
何か反応があってから画面を確認し、対応しても良いのである。もし誰かに近づかないよう警告するだけならカメラを動かし音声を流せば良い。
「見ているぞ! おかしな真似はするな!」
という声を既に録音済みだ。本来であればこれは
「にゃんちゃんわんちゃん、ご飯だよー」
とペットへ呼びかける飼い主の声を吹き込むものではあるのだが。
また万が一、血液もろとも廃棄する場合は給餌開始ボタンを押すだけだ。餌代わり詰められた薬品Aが受け皿に満たされた薬品Bの水溶液の中に落ちれば、直ちに反応し激しい火と音を発する筈である。その火は輸血パックを溶かし血液をダメにするには十分だ。
こうしてみるとペット用の自動給餌器は遠隔監視、発火装置としては機能が満載の理想の道具と言える。陸はどうやってこんな使用方法を思いついたのか?
……陽女は知っていたし分かっていた。本当は彼が、もっと前からレンレンを引き受けて家で飼いたいと思い様々なペット用品を調べていた事を。だが家の事情でそれは叶わぬ夢であった事も。
陸が給餌器の意外な利用法を思いついたのは、日々そういった道具の事を常に考えていたからなのだ……。




