第28話「スマホをお借りして良いかな?」
「スマホをお借りして良いかな? 少し電話をかけたいんだ」
バス後部の女生徒三名がきちんとマスクを被ったのを確認して、陽女はファンティーニへ声をかけた。
「どうするつもりです!?」
「君の雇い主と話がしたくてね」
吸血鬼女子高生は男の演技を続けたまま、吸血鬼教師と会話を続ける。女生徒が被せられたマスクは目の部分を塞ぎ外が見えない仕様になっているが、呼吸の為の口の部分は拡張され特に音を遮る機構もない。陽女は自分が女であるとばれたくないのだ。
「着信履歴の一番、上です」
ファンティーニはスーツの胸ポケットからスマートフォンを取り出しロックを解除して陽女へ渡す。左目はまだ再生もおぼつかず機能していない。自ずと運転に集中する必要があり、彼女の様子を伺う事はできなかった。
「あー、もしもし?」
陽女はモデルガンを仕舞いスマホを受け取ると、ボイスチェンジャー越しの声が届くようスピーカーモードにして電話をかける。
「……ファンティーニではないな? 奴ともどもバスを奪った男か。用件は?」
すると通話が繋がってすぐ、年齢不詳の冷静な声が聞こえた。
「全てを失うか半分だけでも取り戻すか、選べ」
陽女も落ち着いて話し出す。年長の吸血鬼はそう簡単に取り乱したりしないのを知っていたので、相手の態度がこうであるのも予想できていたからだ。しかも自分の台詞は『オーシャンズ・イレブン』で予習済みである。
「どういう意味だ?」
「これからある場所に、血液パックの半分と爆破装置を残す。俺が逃げ切るまで手を出さないなら、それはくれてやる。だがもし追っ手を差し向けてくるなら、残した半分とバスの半分、全ての血液を使い物にならないようにして廃棄する。あとファンティーニが行っている事も暴露する」
「俺、か。俺達ではないのか?」
ファンティーニの上役はそう口を挟んだ。陽女たちの提案にも、ファンティーニの件にも動揺していない。
「ふ、鋭いな。ああ、俺達だ。俺をサポートしている仲間もいる。しかし……」
そこで陽女は少し、溜めた。そして
「お前には誰だか分かるまい」
と渋い声で言い放った。この先輩、ノリノリである。
「大した自信だな。……恐らく、まだ若い同胞とみた。例え今回、勝ちを得たとしてもいずれボロを出すだろう」
「それはつまり、今日は俺達の提案に従うということか?」
「……そうだ」
「よし。追跡はしているだろうが一応、残す半分をセットし終わったら連絡する」
陽女はそう言って電話を切った。
「私のスマホに追跡装置なんかはついていませんが?」
ファンティーニは会話を終えた彼女にそう喰ってかかった。視線は相変わらず前方を見据えているので表情は見えない。
「そうか。だがバスそのものにはあるかもしれないし、目撃証言から追跡している可能性もある」
陽女はそう言って彼のスマホをポケットにしまいながら、バスの後方を見た。
「さし当たり、置いていかれたお前の相棒は追ってきていないようだな」
「彼の事も知っているんですか……」
ファンティーニは諦めを込めた溜息を吐く。だがクールな強盗の演技に浸った少女は、それに返答せず日が落ちだした窓の外をじっと睨んでいた……。
置いていかれた相棒こと沖田総司は、少し前から間抜けな状況に陥っていた。本来の計画であれば用務員室へノコノコやってきた護衛の吸血鬼を切り倒し、須貝を適度に脅して追いかける予定ではあったのだが……。
その計画、護衛の吸血鬼を排除する所までは上手くいった。沖田は箒に仕込んだ刀の一太刀で、彼の上半身と下半身を永遠に生き別れにした。因みに彼の刀の切っ先には銀がコーティングされている。真っ二つにした後、沖田は護衛の身体をその部分で突いた。そうすることで、吸血鬼は再生する事なく永遠の命を絶やすのだ。
だが異常はその後に起きた。凄惨な光景を見て逃げ出した須貝がぶつかった相手は、ファンティーニではなく警備員の太田だったのだ。
須貝もゆっくり追いかけてきた沖田のその状況に戸惑った。太田は吸血鬼の事情を何も知らない。須貝としては無関係の者に事情を話す訳にもいかず、仮に語ったとて信じて貰えるとも助けて貰えるとも思えない。
一方、沖田としても無関係の者を巻き込みたくない思惑は同様であるし、そもそも事態は計画と大きく違う。
三者とも何が起きたかどうすれば良いか分からないまま無言で時が過ぎた。その硬直を破ったのは太田の無線だった。
「太田さん大変です! バスが急発進して……!」
という教師の誰かからの通信を聞いて、太田は踵を返した。その場に残された吸血鬼の僕の人間と吸血鬼は、すぐには動けなかった。
バスが動く? そんな筈はない……! 両者は顔を見合わせて固まる。そんな困惑から脱し先に動いたのは沖田総司であった。
生者であった時から斬った張ったの現場におり、吸血鬼となって150年を超える強者である。大元の計画から逸脱したのであれば臨機応変に動くしかない。彼は須貝を捕らえると、首筋に牙を突き立てた。
沖田はファンティーニの様に人を催眠で操る事も、陽女の様に色気でスケベな男を手玉にとる事もできない。とりあえず須貝を無力化し、状況に合わせて利用するには血を吸って意識を失わせるか、自分の眷属にするかしか無かった。
彼はチャラい男を抱きしめ血を吸い始めた。美形の剣士とそこそこイケメンの吸血シーンである。そういった層にはそれなりに需要がある光景であろう。
だが沖田はそんな事はお構いなしに吸った。吸って吸って吸った……。




