第27話「ファンティーニ先生がバスに入ってきた時間ですか?」
鈴木宣子の証言
「ファンティーニ先生がバスに入ってきた時間ですか? 確か16時10分です。正確ですね、て? ええ、私の献血が終わったのが16時ちょうどで、10分ほど車内で安静にする必要があって。看護士さんに『16時10分までですね』と話していたんです。それで赤十字の職員さんと看護士さんと入れ替わりに先生が奥に入ってきて……。何か話を? いいえ、その時はしていません。ただ左手で髪をかき上げたんです。それが先生との秘密の合図で。この、先生がくれた銀のチャームを見せて絆と確かめる、みたいな。えっ何を笑っているんですか? 嫌だな私も言ってて恥ずかしくなってきたじゃないですか! ともかく、入ってきたのはその後ですね。ええ小柄な子、カメラと鞄を持った新聞部の子が先です。黒いツナギの人はその後です」
文化祭も終わり間近の頃。ファンティーニは狭い献血バスの後部で、どうにか響と並んで写真用のポーズを取った。撮影を担当する生徒に見覚えはないが、あまり顔を確かめる余裕はない。車内には奥に宣子、手前に颯子がおり、どちらも催眠で恋人と思い込ませている仲だ。響が余計な事を言わないように気を配る必要があったのだ。
「すみません、もう一枚」
「早く、お願いします!」
それに加えて、早く沖田と合流する必要もある。用務員室で護衛を沖田が倒し、須貝が助けを呼びに走った所にファンティーニが現れる。そういう予定だ。撮影に手間取る生徒へ向けて、ファンティーニはやや苛立った声をかけた。
「手伝おうか? てかウチの部の子じゃないよね?」
「いえ、結構です」
前のベッドに横たわる颯子もその生徒へ声をかけたが、カメラを持った少女は首を横へ振った。
「よし、オマエラ動くな!」
全身黒ずくめの男がバスに乗り込みドアを閉め、乗客へ向けてそう言い放ったのはその直後であった。
「きゃあ、銃だわ! バスジャックだわ!」
カメラを持った少女がそんな悲鳴を上げてへたり込む。彼女が指さす先には、言う通り黒光りする銃があった。
「バズジャックって献血バスを?」
「いやでも運転手さんは……」
「先生、ウチ怖い!」
「貴様、どういうつもりだ?」
怯えよりも疑念が大きい二人の声と、これをチャンスと抱きついてくる響を振り払いファンティーニは前へ出る。男は頭から黒いスキーマスクで目にはサングラス、全身を黒いツナギで覆っている。恐らく吸血鬼、しかも沖田の様な無所属の無法者と見当をつけたのだ。
「武器を下ろし何者か……」
「おっと!」
ファンティーニは目に催眠の力を込めて言葉を発し始めたが、その途中で男は左手に持っていたスプレーを彼の目めがけて噴射した。
「ぐあああぁああ!」
「先生!?」
「大丈夫!?」
ファンティーニは顔面を押さえて膝から崩れ、それを見た颯子と響が気遣いの声をかけた。痴漢撃退スプレーの類をかけられたと思ったのだ。
「どうしました!?」
宣子もそう言って首を伸ばすが、最後尾の彼女からは事情がよく分からない。前方の二人もまだチューブに繋がれた状態で動くことはできない。
「もう一撃、喰らいたくなかったら運転席に座ってこれを読むことだ」
代わりに彼に近づいたのは黒ずくめの男だ。彼は銀色のスプレーをちらつかせた後、懐からあるシートを取り出し手渡した。
「くっ……」
銀が吸血鬼の肌を苛む痛みに呻きながら、ファンティーニは指示に従う。近くで声を聞いた際、男の声がボイスチェンジャーを通しての声である事を脳裏に刻みながら。
「これから少し旅に出る! そこの小さい子、前の二人の機械を止めて止血してやれ」
「は、はい……」
男がそう命令すると、それまで床に伏せていた少女が立ち上がりカメラと鞄を置いて言う通りに動き始めた。
「はっ!?」
「まだ文化祭やってるのに走る?」
「先生!?」
承伏できないのは他の女生徒三名である。しかし彼女らの懸念を余所に、ファンティーニはエンジンをかけてバスを出発させた。
「うわ、どうした?!」
「きゃあああ!」
バスの内外から悲鳴が上がる。終了間際のため受付を締め切っていたとは言え、バスの周辺には日除けのターフも机もある。それらを弾き飛ばしながらの発進だったのだ。
「おいおい、待てー!」
それを見て遠くから警備員の太田が駆け寄るが、校舎付近にいたので立ちはだかる事もできない。実は彼は直前、無線で用務員室の方へ呼ばれていたので配置についていなかった。
いや実際のところ配置についていたとして、命をかけてバスを止めるかと言われるとそうではないが。
「プップー!」
警笛を鳴らし人々を追い散らしながら、バスは校庭を走り抜け公道へ向かう。驚くべきことに人や屋台はほぼ無傷だ。男がファンティーニに渡したシートには目的地や彼が従うべき理由の他に、安全なルートまで書かれていたのだ。
「そこを左だ……そう!」
バスが校内最後のポイントを曲がり公道に出ると、男は力強く頷いて左腕の袖をまくった。
「(開始から4分24秒~。りっくん、完璧やんか!)」
ストップウオッチモードになっていた腕時計の表示を見て男……いや、男に扮した陽女は内心で少年の事を賞賛した。
「ではお嬢さんたちにはこれを被って貰おう!」
吸血鬼女子高生はそう言って、足下に置いていた鞄から動物のマスクを4つ取り出しつつ、ここまでの出来を振り返っていた。
陸の作戦は沖田総司とファンティーニの計画をパクるだけではなかった。彼ら二人も作戦の中に組み込んでしまったのだ。
具体的に言えば護衛と運転手の須貝をバスから引き離す部分は沖田の作戦のままである。ファンティーニに声をかけさせ、用務員室の方へ向かわせる。護衛の処理も、沖田が当初の予定通り行うだろう。
一方、ファンティーニの役割は大きく変わった。彼は運転手に催眠をかけるのではなく、自身が運転手となるのだ。ファンティーニをバスもろとも拉致してしまえば沖田の作戦をめちゃくちゃに出来るし、吸血鬼上層部との交渉も手早くできる。
ただし……彼が自分たちの言う事を聞くかは不明である。その保険として、宣子と響と颯子も同乗させたのである。陽女がファンティーニに渡したシートには
「言う通りに動かないと彼が行ってきた乙女管理を公表する」
という旨の脅しが書いてあった。彼女らはその物的証拠でもあるのだ。
もちろん、罪の無い女生徒を巻き込む事に抵抗はあった。しかし彼女らはファンティーニ管理下の乙女であり、もともと陸たちが何もせずファンティーニ側の作戦が成功していても、大きな混乱に巻き込まれていた筈である。ならば白日の元、誘拐でもされた方が後に丁重に扱われるのではないか? という狙いがあった。
かくして作戦は御西女学院を出てから強襲するのではなく、中にいる間から奪うというものに変更となったのだ。多少、危ない橋を渡る事となるが、もともと派手なアクション映画が好きな陽女には大歓迎の事であった……。




