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第22話「いらっしゃい、毎度!」

「いらっしゃい、毎度!」

 様々な思惑を抱えたまま、りくは次の日も御西女学院の(ごせいじょがくいん)ボランティア部部室へ向かった。例によって守衛室で入退場記録を書き込むのも忘れない。いやむしろその行為は重要度を増していた。

 どれだけ緩いとは言え守衛さんは学校の警備を行っており、それは文化祭当日も変わらない。怪しまれると作戦の障害となる可能性がある。逆に上手く誘導すれば利用することさえ可能かも知れなかった。

「おや? 今日は茶室には行かへん?」

「ええ……」

「あっ……」

 しかし変更点が一つだけあった。太田おおたはそれに目聡く気づき、同時に陸の沈痛そうな面もちを見て察する。

「あの猫、さいきん姿を見いへんもんなあ。そっか……」

「はい……。あの、もしかしたら文化祭の日くらいにこっそり荷物を持ち込んで、四十九日しじゅうくにちの……」

 陸はそこまで言って、ハンカチを取り出し顔を覆う。その姿に太田も思わず貰い泣きをした。

「ほうか……。陸くんはええ子やな。うん、みんなにも伝えとくわ」

 その言葉に少年は何も言えず、顔を覆ったまま頭を下げその場を去る。ちなみにこれはもちろん、嘘泣きである。レンレンがあまり姿を見せないのは吸血猫になったからだし、法要など行う予定はない。だがそう思わせる事で、当日の不審な動きや荷物などに余計な詮索をされずに済むのだ

「なんかあっさり信じられちゃったなあ」

 少し離れた場所で陸はそう呟く。実は懸念が一つだけあった。それは

「キリスト教系の学校で仏教系の儀式である四十九日を行う?」

という部分である。だが太田さんは何も疑う事なく受け入れた。そういう部分はやはり、古都京都(しきたり重視)の年輩の方なのであろう。陸はそう納得しつつボランティア部へ向かった。


「りっくん、肩を揉んで~」

 部屋に入るなり、ソファに座っていた陽女ひめが挨拶も無しに目を見て言う。

「はい? 良いですけど」

 強奪作戦の練り直しにあたって、彼女は何本か強盗映画を見漁っている筈である。肩や背中も強ばっているだろう。陸はそう気遣い、素直に背後に回って彼女の肩を掴む。

「この辺りですか?」

 いやしかし吸血鬼も肩が凝るものなのだろうか? そんな疑問が浮かぶまで揉んだ所で、陽女がさっと振り向き再び口を開いた。

「じゃあ次は足を揉んでや~」

「はあ」

 足? なぜ足なのだ? まさかマシンの上でウォーキングをしながら映画を鑑賞したのか? そう悩む間に陽女の方はさっさと靴を脱ぎ、靴下も外す。

「右足からやで~」

 その手際の良さに押されて陸は言われるまま、前に回って右足を掴んで足裏に親指を押し込んだ。

「痛くないですか?」

「うん~。ほなえっと、次は……」

 陽女が考え込む間にマッサージが右足から左足へ移る。彼女のスカートはあまり短くないが、それでも危険な角度と瞬間だ。陸は慎重に位置と視線を変えて足を持ち替えた。

「ほな『ベイビー、次はどこを解して欲しい? 恥ずかしがらずに言ってごらん?』って聞いて~」

「はあ!?」

 この要求には陸も動きが止まった。そんな彼の目を見て、陽女は奇妙な表情で繰り返す。

「だから『ベイビー、次はどこを解して欲しい? 恥ずかしがらずに言ってごらん?』って~。あ、囁くような感じでな!」

 言っている事はおかしいが目つきは真剣だった。これはちょっと特殊な映画でも観て、そのシーンの再現ごっこ(真似)がしたいんだな? そう考えた陸は陽女に断って部室のホワイトボードの所へ行き、油性ペンを持ってきた。

「えっと『ベイビー、次はどこを……』」

「『ほぐして欲しい……』」

「坊やたち、何をしているんだわサ?」

 手の甲にメモを書き始めた陸へ窓の方から声がかかった。彼がそちらを向くと、ハチワレ猫が窓枠を越え急ぎ足で室内の影の部分へ駆け込む姿が見えた。

「何だろう? 僕も名前は知らないんだけど……」

「見ての通り、りっくんを催眠にかけてたんやで!」

 陸と陽女がそれぞれに返答をし、頭上にはてなマークを浮かべて互いの顔を見る。

「手の甲にメモをとらせる催眠なのサ?」

「ううん、それは本筋やないけどね~。でもここまでのところ、完璧にかかってるで!」

 陽女は得意げに胸を張ってそう言った。

「坊やは操られていたのサ?」

「ううん、お願いされたから従ってたつもりだけど」

 そう聞いたレンレンは、猫が愚かな人類を見るとき特有の目つきで陽女の方を見る。

「さ、催眠と気づかせないタイプの自然な術やねん!」

「ちなみに他にはどんな事をやったのサ?」

 レンレンの質問に陸は素直に答える。つまり肩、足もみ、そして台詞を言う……である。

「どれもお願いの範囲なのだわサ」

「ぶ~! ほなどないやったらええん?」

 頬を膨らます陽女に、レンレンは一跳びで肩に乗り耳元で何か囁いた。

「ええっ!? それは~」

「これが聞いたら本物だし、お嬢にとっても役得なのだわサ」

「何か嫌な予感しかしないなあ」

 陸は内緒話をする吸血鬼と吸血猫を見てそうボヤく。案の定、意を決した陽女は彼の目をみつめてこう切り出した。

「りっくん、今すぐ服を脱いで」

「嫌です」

「はい、終了なのだわサ!」

 レンレンはそう言うと陽女の肩からテーブルの上へさっと身を翻した。

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