第2話「毎度、ご苦労やなあ」
「毎度、ご苦労やなあ。ご苦労陸ろうおにーちゃん!」
話は一週間前へ戻る。その日も陸は陽女たちに会う為、御西女学院を訪れ最初に守衛室へ足を運んでいた。
「まあ、決まりですから」
陸へ向かってご苦労やなあ、と言ったのは守衛の太田さん65歳だ。守衛と言ってもそれほど物々しい制服を着てはいない。青い作業着に帽子、その下は普段着である。
かろうじて腰に着けた無線機だけが立派な装備ではあるが、その通信先も別に第二の守衛がいる訳ではない。職員室に置いてあって、ごくまれに世間話に使われる程度だ。
「ここって塀が無いやろ? 業者さんは以外はみんな勝手にヘイヘイ行こうせ! って出入りしよる。そりゃわざわざここまで書きに来んよなあ」
太田は陸ろうおにーちゃんの部分をスルーされたが、挫けず言葉を続けた。彼の言うとおり、御西女学院はフェンスやブロック塀といった壁がない。中学高校大学が同じ敷地に存在し、その中での行き来も一般道からの出入りも自由な状態だ。付近の住民もお散歩やショートカットのコースとして好き勝手に通り抜けしていた。
「それやのに自分は毎回、来るもんな。やっぱり洛聖の子やからか?」
「そういう訳でもないですけど」
守衛は不屈の精神で話を長引かせようとあれこれと会話のフックを投げかけるが中学生も強い心で受け流し、守衛室の外に置かれた机の上で入退場記録へ必要事項を書き始めた。
太田に言われた洛聖とは陸の通う洛聖中学校の事だ。京都市内では進学校として有名で、流石に中三となるとそういったイジりにも飽き飽きしている。
「ああ、行き先は別にええで。茶室とあのおもろい子の所やろ? おじーさんが書いとくわ」
陸が名前、年齢、所属、目的まで書いたタイミングで太田が声をかけたが、真面目な中学生はかまわず行き先まで埋めていった。
「ええ言うてるのに。ボランティア部か……。なあ? あの話は本当なんか?」
いよいよ入場時間まで書き終えて、太田は最後のカードを切った。
「何がですか?」
「あのおもしろい子、文化祭のキッズ映画上映会で『パルプ・フィクション』を流したって」
「ええ、本当ですよ」
「うわっ、とんでるなあ」
「じゃあ」
自分はそれが切っ掛けで、そのとんでる女の人と知り合い色々と助けて貰うようになったんですけどね、とは心の中だけで呟き、陸は守衛室を後にしボランティア部の部室へ向かった。
「はあ、気合い入ってますね。じゃあもう今日は『インタビュー・ウィズ・バンパイア』の方で決まりですか?」
ボランティア部のドアを開け映写室へ向かった陸の目に入ったのは、目をピンクに光らせ長い犬歯を生やし、暗がりの中に立ってこちらを見つめる陽女の姿だった。
「そんなコスプレするくらい、そっちが観たかったんですね。じゃあ『ファイト・クラブ』は次回で。でも万が一、他の人が入ってきたらどうするつもりだったんですか?」
陸はそう言いながら鞄をテーブルの上に置き、中から『インタビュー・ウィズ・バンパイア』のDVDを取り出した。次はブラッド・ピットの映画を観よう、吸血鬼ものか犯罪ものかはその日の気分で決めよう、と告げて別れたのが三日前の金曜日だ。
彼はどちらになって良い様にと両方を持ってきていたが陽女は口が、というか目というか身体がもう吸血鬼の気分だったようだ。しかしそれを訴えるのにコスプレするとは……。彼女の奇行には慣れたつもりだったが、まだまだだなあと思った。
「ちゃうねん~」
ようやく口を開いた陽女はツカツカとドアへ近づき施錠すると、照れくさそうな顔で何から言おうか? 小首を傾げた。
「違うんですか? じゃあクラブの方で?」
「ちゃうちゃう! 言うの恥ずかしいし驚かせてしまうかもなんやけど~」
「いや先輩に羞恥心があった事にまず驚きですが」
「もう! えっとな。ウチ、ちょっと土日の間に吸血鬼になってしもうてん~」
「はあ」
陽女のその言葉には陸も何とリアクションを返すべきか分からなかった。そもそも吸血鬼とはちょっと土日の間になってしまうものなのだろうか? それとも月曜日に吸血鬼映画を観る予定があったからか? ならもしファイト・クラブを観る予定だったら不眠症でにじゅ……おっとネタバレ危ない!
「冗談ですよね?」
「ほんま! 眼も牙もほら~」
「うわ! 光ったり伸びたり! コスプレじゃなかったんですね……」
「うん。暗闇でもめっちゃ見えるし、牙も鉄までは試した。穴、開けれたわ~」
鉄まで試したのか。どこでどうやって? と思ったが陸は別の疑問に気がついた。
「その、ちょっと土日の間にって言ってましたけど、何かあったんですか?」
「それがさ~。ルールその1は『ヴァンプ・クラブのことを決して口外してはならない』で、ルールその2は『ヴァンプ・クラブのことを決して口外してはならない』なんよ~」
「いやそれ『ファイト・クラブ』ですよね!?」
実は既にあの映画を観ているのではないか? と陸は怪しんだ。が、それはそうとして陽女はかなり真剣な様子でその言葉を口にしていた。
「でもな、どっちにしても他の人に危害は加えないし、これ以上は吸血鬼も増やす事はないんやて~」
「それはそのクラブのリーダー、というか吸血鬼が?」
「うん~」
こちらも同じくらい真実味があった。陸は普段、大人の汚い嘘を聞き慣れているので自分の推測にはまあまあ自信があるのだ。
「じゃあ先輩はどうなんです?」
そしてそれよりも気になる事を聞いた。
「なに?」
「先輩も血……吸ったりするんですか?」
「なっ! それはへんけんやで! 別に吸血鬼やからって、人間の血が必要な事ないもん! 普通の食事とか動物から吸うとかでじゅうぶんやもん!」
「そ、それはすみません。僕、吸血鬼については映画でしか知らなくて、その映画の中でもまちまちだし。失礼なことを言いました」
「ううん、ええんよ~もう怒ってないし。ほな仲直りのチューしよ?」
陽女はそう言うと音もなく歩み寄り陸の両肩をしっかりとホールドした。
「えっ? なんでそんな流れに!?」
「ウチら喧嘩したら仲直りのチューしてたやん~」
「してません! 喧嘩もしたことないし!」
「じゃあこれからしよ?」
「しません! てか吸血鬼になって力強い! 喧嘩したら勝てない!」
「ほな大人のチューもしよね~。『これが大人のキスよ』ってやつやろ~」
「全然違うシーンです! やっぱり吸う気だ先輩!」
「ささ、舌を出して~」
「仲直りのチューどこへ行った!? あ、痛い! 咬まないで!」
吸血鬼の怪力の前に、男子中学生の抵抗は無意味であった。こうして陸はファーストキスを失い、なし崩し的にまいにち陽女へ血を与える事になったのである……。




