第17話「鍵は職員室の入口の脇にかけて……」
「鍵は職員室の入口の脇にかけて、さりげな~く『お疲れさまでしたー』って言えばバレへんから」
「うん、ありがと~」
翌日の夜。体育館の入口で、ジャージ姿の陽女は同じくジャージ姿の友人と手を振り別れた。
「大丈夫ですか?」
「うん。りっくん出てきてええで~」
その言って彼女は体育館裏の茂みに手招きをする。そこから出てきたのは陸だ。
「何か忘れ物をして帰って来る……なんてことは無いですよね?」
「それもチェック済みやで! ナガサーと隅々まで調べた~」
心配する陸もジャージ姿で、肩からは大きな鞄を提げている。
「ナガサーってのは先ほどの?」
「うん。バスケ部部長の長沢ちゃん~」
陽女はそう言いながら体育館の中へと陸を先導した。
「夜、小一時間ほど体育館を貸し切りたいって言ったら喜んで貸してくれてん~」
「助かります。市民体育館なんかを借りても良かったんですけど足がつきますし、いろいろ買ったので財政の方も……」
陸はそう言いながら鞄からその買ったものを取り出した。色の違う養生テープ数本、大きさの異なるストップウォッチ。巻き尺やスマホ用の三脚もある。
「おお~。いかにも『準備』って感じがしてきた~」
「確かにそうですね。じゃあ僕は早速、テープを貼っていくので……」
「ウチは例のブツ、運んでくるね~」
陽女は陸に親指を立てて見せると、彼をその場に残して体育館の外へ走って行く。
一方、一人になった陸はさっそく『準備』にとりかかった。スマホのメモを参照にしながら、テープを駆使して床に様々な物を描いていく。
長方形、丸、それらを挟む平行線……。幸い、バスケ部は練習の後片づけを完璧に行っており、何かを動かしたり運んだりする必要がない。しかし部活の最後の1時間を早めに切り上げ体育館を貸してくれるとは、何とも親切なバスケ部と部長さんだ。或いはそれが陽女の人徳というものなのだろうか? 作業の合間、陸はそんな事を考えた。
実のところ陽女と陸の関係は一部で注目を集めており、
「体育館を貸して欲しいて言われた時、ピンと来た! これは『このシュートが決まったら、告白する!』ってヤツだと!」
と後に長沢部長も語っているのだが……。残念ながら今回に関しては的外れである。
そんな事を知る由もない陸は数分で床での作業を完了し、今度は全体を撮影できる位置に三脚とスマホをセットする。そしてストップウォッチを机に並べたタイミングで……
「おおー、りっくん! めっちゃできてる~」
リヤカーを引っ張ってきた陽女が現れた。
「先輩もありがとうございます。車を脇に置いて貰って、早速はじめましょうか!」
二人はそれから、献血バス強盗の予行練習を始めた。彼らの財政では現場と全く同じのセットを作る事は出来ない。その代わり養生テープを体育館の床に貼って仮想的にバスや道路を再現したのである。
これはお金が無かったり前衛的だったする劇団が使用する手ではあるが、陸の脳裏には「ドッグヴィル」という映画の存在もあった。ニコール・キッドマン主演のその作品では、床に白線で建物の輪郭や説明を描き舞台上で話が進むのだ。
陽女と陸はそれらの上でバスジャックの実演をしながら、同時に時間を計測した。停車させたバスへ乗り込み護衛を排除し再出発するまでの時間。途中で仕掛けを仕込んだ場所に停車し、血液の半分を降ろす時間。陸と残りの血液を乗せたリヤカーを引っ張った時、陽女がどれくらいの速度を出せるか? などなど。
もちろん、これらはまだ作戦の詳細を詰めていく前の動きではあるし、トラブルが無く全てが自分たちの想定通り進んだ場合のタイムではある。だがそれすら試しにやってみないと必要な時間は分からないし、実物大のセットの上で動いてみて初めて発見する問題もあった。
例えばリヤカーでの移動。血液パック代わりのスポーツドリンクのパウチをクーラーボックスに詰め込み更に陸を乗せても、陽女は驚くほどのスピードで走れた。むしろ、走れ過ぎた。
学園祭で献血バスが集める血液の量は推定で400ミリリットルが80人分。かなり優秀な予想ではあるが御西女学院とそこへの来訪者ははボランティア精神が豊富なのである。ただ仮にその半分の40人分を乗せたとしても20キロに行かない。更に陸も華奢な中学3年生男子である。
それらの積み荷は軽過ぎて……陽女が吸血鬼のパワー全開でカーブを曲がった時、荷台から飛び出してしまったのだ。
自分とボックスを縛り付ける為のロープ、あとバスケ部やバレー部が肘膝につけつようなクッション付きのサポーターが必要だろう。陸は自分の肘の傷口から流れる血を見ながらそう思った……。
「りっくん、ほんまゴメン! 大丈夫~?」
「軽く擦り剥いただけだから大丈夫です! あとこういう問題を洗い出す為のテストだったので、謝らないで下さい」
体育館の床に座って肘に消毒液を塗りながら、陸は心配する陽女に笑顔で応えた。これまでのパターンであれば
「だったら肘から流れてる血、吸ってもええ~?」
と言われる所だろうと様子を伺ったが、吸血鬼先輩は心の底から心配そうだ。
「でも肘の保護器具は必要かもしれませんね。何を使えば良いかな……」
「あ! ほなウチがナガサーに聞いてみるわ! たぶんバスケ部とかも使ってると思う~」
「なるほど、それは助かります。さすが先輩ですね、顔が広い」
「もう、おだてても何も出てこうへんで~」
陸に褒められた陽女はそう言って、嬉しそうに彼の肩に胸から体当たりした。彼女の身体の既に飛び出た部分がぽよん、と揺れる。まるでジャージの中では手狭だと訴えかけているかのようだ、と彼は思った。
「そうだ、手狭と言えば……」
「手狭? そんな話、してたっけ~?」
「ば、バスの中ってかなり手狭ですよね!? なかなか動き難そうだけど、大丈夫でしょうか?」
陸は失言を誤魔化すように駆け出し、テープで作った仮想のバスの中へ入る。
「まあ確かに狭いけど、例のスプレーで護衛をプシュー! ってやっつけたら余裕ちゃう?」
陽女はそう言いながら彼に追いつき、仮想の運転席の隣で立ち回りを演じてみせる。
「だと良いのですが」
「残念ながら坊やの悪い予感は的中なのだわサ」
と、憂う陸の足下で聞き慣れない声が響いた。
「え!?」
「レンレン?」
そこにいたのは茶室の地域猫、レンレンであった。猫離れした知性を感じる視線で二人を見上げ口を開く。
「今回のバスの襲撃には、別の勢力も来てしまったのサ。計画の抜本的な見直しが必要だわサ!」
彼女はそう言ってニコリと笑った。その口から延びる牙はとてもシニア猫とは思えぬ鋭さで光り、黄色かった目の中心は鮮血の様な真っ赤な輝きを放っていた……。




