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第16話「首輪も外して下さい!」

「首輪も外して下さい!」

 りく陽女ひめが向かおうとしているのは茶室の猫、レンレンの所であった。だがそこへ行く前に一悶着があったのだ。

「別にええやん~」

「何かのプレイだと思われたらどうするんですか!」

 面倒くさがる陽女に、陸は断固とした口調で言った。彼女は当初、狼コスプレのままで外へ向かおうとしたのだ。もちろんそんな事は人間の倫理的にも吸血鬼の生理的にもあり得ない。

 淫らな姿で校内を歩いている所を誰かに見られたら噂になるし、露出の多い肌が太陽に晒されたら黒こげだ。陸はそう説得して何とか陽女に着替えをさせた。

 もっとも、ボランティア部部室の外で待つ陸の前に現れた陽女は制服に耳と首輪をつけた状態ではあったが……。


「でも首輪あった方が同族なかま意識を感じひん~?」

「レンレンは付けてないですよ!」

 そんな事を言い合いながら二人は校舎を出て茶室へ向かう。御西女学院ごせいじょがくいん校内の雌猫レンレンは去勢手術と耳カットが済んでいる保護猫ではあるが、首輪まではつけていない。自由な女なのである。

「それもそっか~」

 そう呟く陽女を見て陸はため息をつく。実の所、これから行う吸血鬼の能力チェックにはかなりの期待をしているのだ。彼女が狼などに変身するのはそれはそれでロマンではある一方、人手が減ってしまう。だがもし他の動物を使役できるとすれば、強奪計画の中で使用できる策略や手が大幅に増える事になる。

 それにやはり、猫と意志疎通できれば単純に嬉しい。

「ほな耳はありとちゃう~?」

 だが粘る陽女は日傘の下の頭部を指さしながら言った。こちらもまた自由な女であった。

「そうすると耳が4つになりますけど……? あ、レンレン!」

 話す間に茶室の茂みに近づき、陸は目当ての猫を見つけて走り出した。

「にゃ~う?」

「はいはい、今日は魚ミックスだよ~」

 言いながら陸は茶室の軒下から出てきたレンレンの前に紙皿を2枚置き片方にウエットフードを、片方に水を満たす。

「にゃふにゃふにゃふ……」

「うんうん、美味しいねー。ゆっくり食べるんだよ?」

「なんか既に言葉通じてへん~?」

 そんな様子をサングラス越しに見ながら陽女は呟いた。その声には隠しきれない嫉妬が籠もっている。

「あ、吸血鬼のアビリティチェックでしたよね? でもレンレンが食べ終わるまで待って下さい」

 陸はそんな機微には気づかずしゃがみ込み、一心不乱に餌を喰らう猫の皿の位置を微調整し彼女の食事を手伝う。

「うん……。分かったー」

 陽女は渋々といった口調で応えた。ここであからさまに

「猫よりも私を優先して!」

みたいな態度を出すと彼から嫌われるかもしれない、と言うことは分かっているのだ。

「そうだ! 待ち時間の間に秘密兵器をお見せしますよ!」

 今度は陸も彼女の様子に気づき、立ち上がってレンレンから少し離れた所まで歩くと、鞄に腕を突っ込んだ。

「秘密兵器~?」

「ええ。対吸血鬼用の、銀の武器です」

 武器、という単語を聞いて陽女のサングラスの向こう目が輝いた。その顔の前に陸は銀色の棍棒めいたものを差し出す。

「おお、めっちゃ銀! これでぶん殴る訳やね!?」

「いえ、ちょっと違います。ところで先輩、吸血鬼になってから体育の授業って出てますか?」

「はえ? ううん、基本的にお休みさせて貰とるけど~?」

「そうだと思いました。これ殴打用の武器じゃなくて制汗剤のスプレー缶なんです」

 陸は銀の棒をくるっと回してラベルを見せつける。そちらには銀のもつ作用による消臭を謳った宣伝文句が書かれていた。

「ああ、デオドラントスプレー!」

「そうなんです。銀が含まれたこれを目に喰らえば……いや目だと人間でも痛いか。ともかく吸血鬼がこれをかけられるとあの時みたい……」

 陸はそう言って日傘を握った陽女の左手を見る。あのとき銀のピアスに触れた彼女の指は炭化し崩れ去った。

「なるかもしれん、てことやね」

「ええ。ただ固体と気体でどんな違いがあるかは分かりません」

「ほな試したらええやん」

「え!?」

 話す間に陽女は陸の手からスプレーをさっと奪い空中に噴霧し、その空間に缶を持ったままの右手を差し出した。

「熱ぅ~。いたたた……」

「先輩、何をやっているんですか!?」

 驚く陸の視線の先で、陽女の右手は激しい火傷を負った様に赤黒く変色していた。その状態ではスプレーを保持する事ができず、たまらず取り落とす。

「あ、ごめん! でもこれも効くってことやね~」

「いやそんなの良いです! 早く治療を……!」

 陸は素早く缶を拾って鞄へ仕舞うと、キョロキョロと周囲を見渡す。治療と言っても包帯を巻いたり保健室へ行ったりできる訳ではない。

 吸血鬼の傷を癒すと言えば……。

「吸って下さい……。えっと、もう少し陰で」

「ええん!? やった~」

 陽女は喜んで茂みの中へ進む陸を追う。なにやらマッチポンプ(自作自演)の気配もするが銀を含んだデオドラントスプレーの効力をどう試すか? は悩み所であり、彼女が躊躇わず試してくれた事は彼にとっても非常に有り難かった。

「ほな、頂きま~す」

 吸血鬼の少女はそう言って少年の首筋に牙を立てた。なんだかんだ言って本格的なスタイルで血を吸うのは久しぶりで、手の傷もまたたく間に再生していく。

「ぬぉ~! 元気いっぱい!」

 一分後。必要分を吸い終わった陽女は陸を抱え上げ、茂みから出て茶室の縁側へ彼を座らせた。

「治り……ました?」

「うん。けっこうなお手前で~」

 一方、血を失った陸は結構な脱力状態だ。お姫様だっこで運ばれた事にも陽女の台詞にも、突っ込む事はできなかった。

「にゃぁ~ん!」

 そこへレンレンがやってきて、食後のデザートはないのか? とばかりに鳴き声をあげた。

「先輩、例の……」

「うん! 今なら行ける気がする~」

 陽女は陸の意図を察し、猫を抱き上げると彼と同じように縁側へ座った。

「レンレン……」

「にゃ~あ?」

 そして名前を呼んで、ハチワレ猫の顔をじっと見る。

「~どうですか?」

「ん~あかんみたい」

 陽女は心の中で、

「レンレン、立ち上がってりっくんの顔を舐めてあげて!」

と念じていたがその願いはいっさい通じず、猫は己の顔掃除の方に勤しんでいた。

「まあ、そうですよね。じゃあ今日はもう帰りましょうか……」

 陸はため息を吐いてそう言う。声に疲労と落胆の色が強い。

「そやね~。あっ、ウチは忘れ物したから先に帰ってくれる?」

「そうなんですか、分かりました。では……」

 彼は陽女の言葉に素直に従い、まだ僅かに影響を感じる足取りで茶室を去る。

「レンレン……どうする?」

 その背中を見送りながら陽女はそっと呟く。血を失った中学生は彼女の嘘を見破ることなくそこを離れていった。吸血鬼の膝で急に痙攣の発作を始めた、シニア猫の様子にも気づくことなく……。

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