第15話「りっくん食べちゃうぞガオー!」
「りっくん食べちゃうぞガオー!」
部室へ戻った陸を待っていたのは銀色の耳と水着を身につけた陽女の、目のやり場に困る姿であった。
「せ、先輩!? 何なんですか!?」
「これは狼のコスプレ衣装やで~」
そう言って陽女は腰を振り、後ろにつけられた尻尾もみせつける。胸と腰回りを包む水着には銀色のフェイクファー、偽物の毛皮がついており実際には水泳道具としての役割は果たしていないだろう。また首と手首にも似たような装飾があり、彼女の言う通りコスプレ衣装であるのに間違いはなさそうだった。
「いや、何の為にそんな格好をしているのか? と」
となると問題は目的の方である。陸は陽女の身体から目を逸らしながら質問の訂正をした。目を逸らしたのは衣装が水泳道具としての役割だけでなく、身体の見えている表面積を減らすという役割もあまり果たせていないからだ。
大きな胸と明らかにサイズが合っていないブラジャー部分、肉感的な腰に食い込む紐、揺れ動くのでついつい目がいってしまう尻尾。先ほどは久子に迫られ今は陽女に悩殺されようとしている訳だが、
「前門の虎、後門の狼」
とはよく言ったものだと陸は思った。
「これはな。りっくんが作ってくれた『吸血鬼の能力リスト』の『コウモリや狼に変身する』のテストの為やねん~」
「いや変身ってそういう意味ではないです!」
「分かってるよ~。本番はこの後やで。でも形から入った方が成功するかな~? って。あと成功して制服やぶれても困るやん?」
陽女はそう言って部屋の隅のテーブルへ視線をやった。つられて目をやった先には折り畳まれた制服とより小さい布があり、陸は慌てて視線を戻す。
「ん? どうしたん~? もっと見たかったら変身してしまう前にじっくり見てくれてええんやで? 可愛いやろ~」
「かっ、可愛い衣装ではありますけど、それは破れてしまって良いんですか?」
可愛いと言うよりはエロい衣装である。となると何処かのいかがわしいお店で買ったのではないか? まあまあ値段がするのではないか? 陸はそんな疑問を抱いた。
「うん。ふつうにドンキで安売りしてたやつやし~」
「なるほどドンキ……」
陽女が驚安の殿堂の名を挙げ陸は納得した。確かにドン・キホーテの玩具売場でコスプレ衣装やウィッグが売られているのを見た記憶がある。
「分かりました。じゃあさっさと検証してみましょう」
陽女がそういう衣装を着ているとドンキではなく凶器だ。危険を感じた陸は早く話を終わらせる事にした。
「むう~。そんなそっけなく言われてもきぶん出えへ~ん」
その言葉に納得できないのは陽女の方である。もう少し粘り、一緒にプールへ行けなかった分をここで取り戻そうという算段だ。自分の艶姿をもっと陸の目に焼き付けて欲しいのである。
「それなら……ちょっと待って下さい」
言いながら陸はスマホを取り出す。もしやこの姿を写真に収めて何度も見返したいのか? りっくん意外とムッツリやな! と陽女は嬉しくなった。
「そっちも待って! 今ポーズを考えるから~」
と上機嫌で考え出す彼女の前で、陸はスマホの操作を止め部室のドア横まで行って電気を消した。
「え? 暗くしての撮影~?」
その行動を見てさしもの陽女も驚く。暗所での撮影は難しくもあるが、淫靡さも増すであろう。となるとりっくんのムッツリ度は想像以上なのか!?
「あとこれと……」
目を丸くする陽女の前で、陸は慎重にプロジェクターの前まで歩き、今度はそちらの操作を始めた。吸血鬼である彼女の目には彼の手つきがはっきりと見える。これは……スマホと映写機を接続しているのだ!
「はい、どうですか?」
やがて、いつもは映画を投影している壁に美しい夜空と満月が映し出された。上手く撮れてはいるものの技術は素人の域を越えてはいない。おそらく陸が撮影したものであろう。
「どうしたん、これ?」
孤独な少年が夜の空へカメラを向けている光景を想像して、陽女はやや声を暗くして訊く。
「狼に変身するのに必要かな? と」
陸の方は彼女のそんな口調の変化に気づかず応えた。
「ああ、そっか~」
「そうです。じゃあ、どうぞ」
「あ、うん。そやな~」
あまり戸惑っていると陸が不審に思うかもしれない。陽女はそれ以上なにも言わず、机に両手を置いて疑似的な四つん這い状態になった。
「あお、あお~ん!」
「…………」
「がぉー!」
「………………」
「やっぱ今日もあかんみたいやわ~」
満月の映像を睨み気分を上げて数度、吠えた後で陽女はあっさりと言った。
「その様ですね」
陸も淡々と認める。もし灯りがついていれば、半裸に近い狼コスプレの美少女が扇情的なポーズで吠えているのを見て顔を赤らめていただろう。だがこの暗闇の中では彼も冷静であった。
「今日も? って事は前も試したんですか?」
その冷静さは陽女の言葉にあった違和感にも気づかせた。
「うん。昨晩も試したけどあかんかった~」
「じゃあ今日ためす必要あったんですか!?」
「うち本番に強いタイプやし~。あと獲物が近くにいた方が、狼の気分が出るかな~? って思ったし」
陽女は獲物、と口にしながら陸の髪に何度か猫パンチを繰り出す。
「でも無理だった、と」
暗闇では陸にそれを避けようがない。彼は髪をくすぐられるのを我慢しながら、スマホを操作して月を消しメモアプリを起動した。
「あ! でも完全に諦めるにはまだ早いで! もう一つ試そ~」
「何をですか?」
「変身じゃなくて~、『狼やコウモリを操る』の方~」
陽女は陸のスマホを覗き込みながら、リストの該当部分を指さした。
「ああ、なるほど。でも近くにいますかね? 動物園にでも行きます?」
「とりあえず、身近な動物の方で試してみてもええんちゃう~?」
彼女はそう言いながら今度は陸のスマホのホームボタンを押す。すると画面がホーム画面へ戻った。
そこには陸がもっとも気にかけている動物の姿があった。




