第12話「エントリーナンバー1番!」
「エントリーナンバー1番! 慎子ちゃんの真面目な彼氏がくれた、将来を誓い合ったシルバーのリング~!」
「最初から重い!」
陽女が宣言と共にテーブルへ置いた指輪を見て、陸は思わず呻いた。
「二人で行った夏祭りの帰り道、お祭りというのに制服姿の彼がポケットから取り出して『来年も一緒に来よう』と言いながらくれたんがこれになりま~す」
「予想以上の重さだった!」
刻印か何かを確かめようとした陸の手が止まる。
「ほな確かめてみよ~」
代わりに陽女の、手袋をつけていない左手が伸びて指輪を掴もうとする。それを見て少年はゴクリと唾を呑んだ。
「……えい。つんつん~」
「何か……感じますか?」
「ううん。まあ強いて言えば『軽いな~』って」
そのリングを掴んだ陽女の手にも、身体全体にも何の変化も訪れていなかった。
「偽物、てことやね~」
「いや、銀が吸血鬼に効かないって可能性もあります!」
バッサリ切り捨てる陽女に陸が少し食い下がる。
「あと本人は銀だと思って買っていた可能性も……」
「だとしてもウチらの実験には関係なくない~?」
「それはそうなんですが……」
既に指輪を片づけ始める陽女を見ながら、陸は悔しそうに呟いた。重いと文句をつけつつも、慎子さんと彼氏さんの純愛に少しときめくものを感じていたのだ。
その象徴となるシルバーのリングが偽物としたら、何だか切ない。
「続いてエントリーナンバー2番! 久ちゃんのオラオラ系彼氏がくれた、銀のピアスジュエリーつき~!」
「落差が凄い!」
陸は思わず両手で高低差を表現しながら叫ぶ。
「バイト先の先輩が自分の彼女さんとお揃いのピアスを片方づつつけているのに影響を受けて、彼氏さんがくれたのがこれで~す」
「因みに彼氏さんのバイトって?」
彼が訊ねると、陽女はさぁ? と首を捻った。
「ウチの関係じゃ無いと良いんですけどね……」
陸はこわごわと呟く。彼の家は……つまる所カタギではなく、オラオラ系のお兄さん達が出入りする飲食店とも大いに関係があった。もしかしたら久ちゃんの彼氏、或いはバイト先の先輩とやらを辿りに辿れば陸の父親に結びつくかもしれないのだ。
「まありっくんの名前は出してへんし大丈夫やで~」
「あ、そう言えば今更ですけどよく貸して貰えましたね?」
彼は陽女の持ってきた巾着三つを眺めて言った。先ほどのリングは大事そうなモノだし、目の前のピアスは星形の土台に宝石が埋め込まれ高価そうだ。最後のはまだ見ていないが、シルバーのアクセサリーとはそんな簡単に貸し借りできる物なのだろうか?
「うん。いっぺん見てみたいねん~、ってお願いしたら『アン王女が遂に興味を!? じゃあ喜んで!』ってみんな言ってた~」
陽女はそう言って朗らかに笑った。このアン王女とは彼女のあだ名である。本名の安藤陽女、アンドウヒメからアン姫、アン王女という連想ゲームになった訳だが、もちろんその背景にはあの名作映画『ローマの休日』の存在があった。
「な、なるほど」
一方の陸は複雑な表情だ。陽女と親しく映画も好きな彼は、アン王女という異名については知ってはいた。気になったのはそれよりも、クラスメイトの反応である。
陽女に男ができた、という噂が流れると何かと不味い。しかもその相手が自分だとしたら……。
「ほなこれもつんつ……痛ぁ!」
陸が考え込む間に陽女がピアスを指で突き、苦痛の悲鳴を上げた。
「どうしました!? え、指が!?」
陽女の手袋をつけた右手で押さえる左手の、人差し指が先が完全に消失していた。更に付け根付近までもが炭化したように黒くなっている。
「指が消え……本当に!?」
陸の脳裏に浮かんだのは『ローマの休日』のあるシーンだ。嘘を吐いた人間が手を差し込むと噛みつかれる、という噂がある彫刻の口に主人公が手首を入れる場面。そこでグレゴリー・ペック演じる新聞記者はスーツの袖の中に手首を隠し、さも噛み千切られたかのように見せてアン王女を騙しからかうのである。
「うん、ほんまみたい……」
しかし、これが陽女の悪戯であるという陸の願いは彼女本人によって否定された。その苦痛に満ちた表情を見た中学生は咄嗟に机上のピアスを手にし、躊躇う事なく自分の人差し指をピアスポスト、つまり針の部分で突き刺す。
「りっくん!? 何を!?」
「先輩、吸って下さい!」
陸の蛮行で痛みを忘れた陽女へ、彼は血の流れる指を差し出した。
「何で指なんか突くん!? 痛いでしょ!?」
しかし陽女は渡りに船と吸いつく事はできなかった。急ぎ自分の鞄から絆創膏を取りだそうとするが、痛みで身体が強ばる。
「先輩だって痛そうですよ! 早く吸って再生して下さい!」
そんな様子を見て陸は指を彼女の唇に押しつける。一度、拒むように閉じられたピンク色の唇は、しかし誘惑に負けてそっと開いて少年の指を受け入れた。
「ん……。ちゅぱ……ちゅぱ……」
陽女は妖しく鼻を鳴らしながら陸の指を下で舐め上げ、傷口をつつき流れる血を嚥下する。
「先輩、どうですか?」
「んん? ちゅぱ……ああん」
「先輩? 血を吸って指を再生しているんですよね!?」
「ああん……ちゅ! りっくんこそどう? 上手く出来てる……?」
陸に問いかけられた陽女はちゅぽん! と神学校に相応しくない音を立てて指から唇を放し、逆に上目遣いで問う。
「え……あ……はい! 再生したみたいですね!」
その妖しい表情に気圧されながらも、陸は陽女の左手を掴み両者の顔の前へ持ち上げる。
「あ、ほんまや!」
そう叫ぶ陽女の人差し指は、完全に元の姿に戻っていた。感心してそれを眺める彼女の姿を見て、陸は二重の意味でほっと胸をなで下ろした。




