第10話「え~!? くれんの!?」
「え~!? くれんの!?」
その言葉に陽女は思わず大声を出してしまう。
「しーっ! 傘でカバーしても聞こえてしまいますよ!」
陸はそう注意しながら日傘をぐっと引き寄せる。既に世界はマジック・タイム、日が山の向こうへ落ちて残った光だけが周囲を何とも言えない色に染め上げる時間だ。日傘など必要ない。
彼は傘を防音と視線の遮蔽だけに利用していた。
「でもりっくんから『ここで吸って良いですよ……』って初めてとちゃうん~?」
「さっきの動きと体温で血、使ったんですよね?」
「え~? それはどうやったかな~」
「人以上のパワーを出した時もそうでしたし、スピードでも血を使うんじゃないですか? あと拭いてた足も暖かかったですし。……あの子を驚かさない為にしたんですよね?」
「……う、うん」
陽女は陸から視線を逸らし靴下を履くのに集中する体で受け流そうとしていたが、彼の具体的な説明に仕方なく首を縦に振った。
吸血鬼として過ごす日々を重ね彼らはある事を学習していた。それは吸血鬼の能力は定額で何でも利用し放題なサブスクではなく、使えば使った分だけ払わなければならない従量課金制であるという事だ。
怪力や爪やジャンプ力を多く発揮すればするほど、陽女の吸血衝動は強くなる。その事から彼らは『血を使う』という概念を発見したのである。
また彼女は吸血鬼、つまりは死人だ。呼吸は行わないし体温も低い。しかし、これまた『血を使う』事で息を吐いたり心臓を鼓動させたり、肌を暖めたりする事もできる。つまり人間に擬態する事も可能なのだ。
そもそも川で遊ぶ際に、陽女はそれなりに血を使って人間っぽく振る舞っていた。そこに加えてあの幼女を救出する際に超スピードを出し、体温を上げたのだ。血の使用量はかなりのものだろう。
急にキャッチされた幼女が、己を掴む手の冷たさを意識するかどうかは疑問ではあったが……。だがそこを考えてしまうのが陽女という少女であった。
「ここなら多少、密着していても不自然ではありませんし」
そして陸はそんな陽女の優しさに光を見ていた。彼女の脳天気さや自由奔放さに振り回される所はあっても、決して嫌いにはなれない。
「えっと、じゃあ~」
「首はやめて下さいよ! 流石にその、恋人同士っぽ過ぎる……」
「ほな二の腕くらい~?」
「ええ、恋人同士じゃなくて仲の良い姉弟くらいで……あの『天国の日々』みたいに……いてっ……」
「アレは兄妹やで~。ちゅう~」
陽女は陸の言葉を訂正しながら、彼の制服をまくり上げて腕に牙を立てて流れる血を吸った。
周囲は闇が濃くなりつつも、まだ空だけは明るいままで幻想的な光景だ。風が近くの木々を揺らし、鳥達が山の方へ帰って行く。ちょうど彼らが話していた映画『天国の日々』の様に。
あの作品は多くの時間をマジック・タイム、夕暮れ時に撮影しその美しさで有名だった。また主人公は自分と恋人を兄妹と偽って旅をしていた。陸と陽女は今の状況からそれを思い出したのである。
願わくば結末はあの映画と同じになりませんように……。陸はそう願った。あと……そろそろ吸い終わってくれませんかね?
御西女学院の自転車置き場へ帰って来た時には、陽女は元気一杯で陸はヘトヘトであった。周囲は既に暗くなっていたので吸血鬼女子高生はサングラスも日傘も必要ではなく、吸血行為をして使用した以上の血を補充している。一方の陸は血と体力を失った上に、ある事で頭が一杯なのだ。
「りっくん、何を考えてるん~?」
「例の計画について、です」
陸の様子に気づいた陽女が訊ね、彼は俯いていた顔を上げて答えた。
「バスの奪い方も問題ですけど、どうやって安全な所まで逃げるか? も大事で」
「それか~。思ったんやけど、途中どっかに寄ってバスを塗装して、分からんようにして逃げるんは?」
「あーハリウッドの犯罪映画でありがちな! でもそれ、アメリカみたいな街並みと技術人手が必要ですよね?」
「ほな余所で大きな事件でも起こして、追っ手の目をそっちへ向けるとか?」
「それも人手が必要ですし、僕らにそんな大がかりな陽動を仕込めるでしょうか?」
ため息を吐きながら陸は陽女の案を却下した。陽女の食事と自分の健康の為、善意の献血を悪用する吸血鬼の権力者に一泡吹かせる為、強奪を成功させたい気持ちはある。しかしその計画に全く見通しがつかないのだ。
「そっか~。でも大丈夫! きっと何か思いつくって! ウチも『オーシャンズ・イレブン』とか観て勉強するし~」
「あ、まだご覧になっていなかったんですね!?」
陸は陽女とその作品について言及した記憶はあったが、どうやら彼女は概要を知っているだけの様だった。
「せやで~。ブラッド・ピット特集はりっくんとしたかったし、先に別のんから観てん」
言われてみればそんな話であった。もっともそれは彼女がまだ吸血鬼になっていなかった頃に建てた予定ではあったが。陸はそんな事を思い出しながら、ふとある可能性に気づいた。
「待って下さい……。『オーシャンズ・イレブン』のアレ、使えるかもしれません!」
「えっ、どれ~?」
「明日! 明日までにまとめて来ます! また部室で!」
陸はそう告げると自分の自転車に跨がり、急発進でその場を後にする。
「うん、明日! やった、明日か~」
陽女は嬉しそうにそう応えて手を振った……。




