表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

これ以上の幸せは望んでいないので

作者: 高月水都

転生エンジョイ

 華やかで憧れた世界は見せかけで、一度入っていくとその華やかな世界には醜い争いがあり、尊厳破壊と思われるようなこともたくさんやっていかないと生きていけないほど苦しい場所だった。


(帰りたい……)

 帰りたいのはあんなに何もないと思った故郷なのか。ただ憧れるだけで満足していた子供の頃の日々か分からない。


 貴方だけに与えられた特別な仕事と言われて向かった先がホテル街だったことに怪しめばよかったのにそんなことすら気が付かなかった自分の愚かさに涙を流しながら歩き続けて、信号が赤になったのも気づかずに渡って命を落とした――。




「セリカ。そっちの作業はどう?」

 母に呼び掛けられて、顔が見えるように立ち上がり、

「こっちはあと少し~」

 と返事をする。


「無理しないでね~」

 母の声掛けに分かっていると答えて、作業に戻る。


 地面に腰を下ろして草を刈っていく。最近座りながら移動できる椅子を幼馴染に話をしたら試しに作ってみると言われて作って貰ったら作業がしやすくなった。


 大物の草と格闘をしていると、

「切れ味が悪くなっているな」

 いきなり頭上から声を掛けられる。


「リック」

「ちょっと貸してみな」

 何処からともかく軍手と携帯用の砥石を取り出して鎌を綺麗に研いでいく。リックの新発明のその携帯用砥石が出来てから刃物を研ぐのに場所を取る必要が無くなったと評判だ。

 

 幼馴染のリックは作物を育てるのが苦手で、爪はじきになっていたが……そういうのは向き不向きがある。 幼馴染は草でかぶれ易い体質だったのだ。


 だけど、私が作ってほしいと言ったものを作ってくれるようになってから、リックは日曜大工というか農耕道具を作る才能は優れていることが判明したので、今では村の大工に弟子入りしている。その片手間でこういった便利道具を作って助けてくれるので今では村で一番頼りになると評判になっている。


 そんなリックの慣れた手つきを見ながら凄いなと感心してしまう。


「何見ているんだよ」

「う~ん。働き者の手だなと思って」

 前世ではそんな田舎が嫌だと都会に行った。でも、都会の荒波にもまれて、その時になって田舎の良さに気付いた。


 そして、今は充実している。


「リックの作業を見ていると落ちくな~」

 規則正しい音。真剣な眼差し。爪はじきにされて暴れまわっていた少年時代から知っているからこそ大人になったなと思えるし、技術に自信があり、誰かのために一生懸命にしている職人とあり方が見えるのだ。


 つい褒めると。

「落ち付くって意味分かんねえ」

 少しだけ照れたように笑う。


「親方に言わせるとまだまだだけどな」

 直したぞと渡されて、さっそく使ってみる。


「切れ味が良くなっている!! ありがと」

 助かったとお礼を言うと照れたようにそっぽを向くリック。


 切れ味のよくなった鎌で草刈りを再開していると、

「リック~♪ みいつけた」

 何処からともかく声がしたと思ったら同じく幼馴染のカンナの姿。


「ねえねえ♪ 一緒に都会に行く話考えてくれた?」

 リックの背中にくっついてそんなことを告げるカンナに、

「リック。都会に行くの?」

 初耳だったと尋ねると、

「そんな訳ないだろう!!」

 背中にくっついていたカンナを振りほどき、ごみでも払うようにくっついていた場所を軽く叩く。


「なんでよっ!! こんな何もない田舎にっ」

「そう思うなら一人で都会に行けばいいだろう。なんで俺を誘うんだ。こっちは仕事もあるんだ」

 不機嫌に告げるとリックは私の手を取って、私共々カンナから遠ざかっていく。


「いいの?」

「いいんだよっ」

 カンナはもともとここの生活が好きではなくて、都会に出ていくと言っていたから幼馴染でも遠巻きにしていたけど、あんな子だったんだと初めて知った。


 都会と言われると前世のイメージが悪すぎて行きたいと思えないので、行きたいと言っているカンナは強いというべきかこの世界の都会……王都は前世の都会のようなひどい場所ではないのかと疑問を抱く。


「荒れていた頃なら行きたいと……この村を出たいと思ったけど、今はこの村での暮らしに文句は……草でかぶれること以外はない。第一、一緒に村を出るってことはそう言う関係だと思われるだろう!!」

「そういう関係………ああ、結婚秒読み!!」

「んなわけねえ!!」

 苛立ったような叫び声。


「いいか。俺が結婚したいのはカンナじゃなくて、セリカなんだからな!!」

 道の真ん中で叫んで言われた。


 こっちが動揺して言葉に詰まるよりも先に、

「やっと言ったか~」

「ひゅーひゅー」

「いや~いつ言うんだとこっちもやきもきしていたからな~」

「セリカはいい嫁さんになるだろうしな~」

 農作業をしていた人たちに見られていた。いや、見るだけではなくこっちを茶化してくる。


「えっ……え……っと」

 どう答えればいいのか困惑していると、

「なんでよっ!! 何でセリカみたいなモブがっ!!」

 こっちを追いかけてきたカンナが怒りを顕わにして叫んでくる。


「リックは私と一緒に王都に行って、同棲するのよっ!!」

 まるで決定事項のように叫んだかと思ったらずかずかと私の前に近付いて、頬を叩く。


「このバグ。モブキャラならモブらしくしなさいよっ!!」

 叩かれて呆然としているとリックが慌てて私の頬を確かめて、

「血がにじんでる……」

 すぐさま前世で実は憧れていたお姫様抱っこをしてリックが村医者の所まで連れて行ってくれる。


 なので、私はその後のことは詳しく知らないけど、後日カンナは都会に憧れるなら出てけばいいと、村に来ていた行商人に連れて行かれた。


 カンナの荷物は適当にまとめられて一緒に持っていたのだが、その荷物がたまたま道に落ちていたのを見付けて拾ったら懐かしい日本語が書いてあった。


――幼馴染のリックが田舎に嫌気が差して村を出るのを追いかけるヒロインが、リックの横暴さに耐えながら日々を過ごしていると攻略対象に助けられる。


 とよく分からない何かの物語が箇条書きされていて、その途中で、リックが田舎暮らしを嫌がっていない。どこでバグがとメモ書きされていた。


「……そう言えば、そんな話が一時期はやっていたな」

 転生系の話でドアマットとかそういうもの。


「理解できないな……」

 ドアマットというのはシンデレラとかそういうものだろうけど確かに境遇が酷い。でも、シンデレラもその境遇の中でも楽しんで過ごしていたからそっと何者かが助けたいと手を貸したのだろう。


 でも、彼女は自分が幸せになるために現状に不満のないリックを無理やり都会に連れて行こうとしたなんて……。


 しかも、箇条書きを読んでいったらその後リックはヒロインが選んだ男によって罰を与えられるとか。

リックを踏み台にして幸せになろうとする神経が信じられない。


「そんなことをして幸せになれると思うのかな……」

 現状に満足している自分には理解できない世界だと落ちていたカンナの持ち物はカンナの両親に返しておく。娘のやらかしに申し訳なさそうにしていて白髪が増えた人たちに気苦労を増やすかもしれないが、日本語なら理解できないからただの娘の遺品扱いしてくれるだろう。


(そう言えば、うやむやになったけど、リックの告白どう返事しよう)

 受けるつもりだが、村の人たちに見られない場所で返事しないとただでさえ揶揄われているので返事しにくいのが目下の悩みだった。


セリカに農作業の道具を頼まれなかったらざまぁ展開されるはずだったリック。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
カンナに待ち受けるであろう末路は「『何故悪い子に育っちゃいけないか』嘘つき、卑怯者…そういう悪い子供こそ、“本当に悪い大人”の格好の餌食になるからさァ!!」という某ライダーのセリフを思いだします。
カンナ嬢が次に生まれかわって記憶を持ち越していたとしたら、今度は「都会の男なんてとんでもない」になるのかな? 何はともあれリック君は腐らずにすんだし、健気なヒロインとは言い難い現カンナ嬢だと、助けて…
>「リック~♪ みいつけた」  何処からともかく声がしたと思ったら同じく幼馴染のカンナの姿。 お目が高い読者の皆々様はこれが腹黒ヒロインの登場とお気づきになったはずですわ。 予想に違わずシンデレラの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ