最後の間にたどり着いた勇者は魔王と対峙するようです
勇者はとうとう、魔王城の最深部にある、魔王の間の扉の前に立っていた。
この場に立っていたのは、勇者一人。
到底一人では叶う相手ではないと、わかっている。
しかし、これは誰かが担わなければならない役目。
たとえ相打ちになろうとも。
扉には、魔法使いではない勇者にも、明らかにそれとわかる強い魔法がかかっているのが分かる。
しかしその魔法がなんなのかまでは、わからない。
(神よ、我に祝福を!)
勇者は扉に手をかけると、勢いよく開けた。
目の前が白い光に包まれる。
走馬灯のように、これまでの冒険の記憶が光の中に流れていく。
鄙びた村で病弱な妹と暮らしていたこと。
妹を治せる治癒薬を、魔王が持っていること。
勇者になるために街に出て、死ぬような思いでレベルを上げたこと。
とあるパーティーに所属して、そして裏切られたこと。
別のパーティーに入り、裏切ったパーティーメンバーに復讐を遂げたこと。
しかし、新しいパーティーメンバーを危険に晒すわけには行かないと、仲違いをしたふりをして別れたこと。
(すまない。ただ俺は、この世ではなく、妹を救いたいんだ。分かってくれ……)
勇者の視界は、さらに明るさを増した光に包まれて、もはや見えなくなっていた……
◇◇◇◇
「いかがでしたか、魔王様」
「うむ、義に生きる勇者か。悪くないが、前にも見たような気がする」
「はい、先月にも、似たような過去をもった女魔法使いが参りました」
魔王の側近が、魔王に伝える。さらに扉の前で光に包まれて静止している勇者を見ながら、つぶやく。
「それにしても、相変わらずの効果ですな。『再生』の効果を付与した扉は」
魔王の間の扉に付与されていた『再生』は、扉を開けた者たちの動きを止め、その頭上に彼らの今までの記憶を映し出す効果がある。
部下たちは、人間界で死人が出ない程度に暴れては、魔王退治に立ち上がる冒険者を量産していたのだ。
冒険者たちの冒険の記憶は、娯楽に飢えた魔王の格好の楽しみとなっていたのだ。
「最近は、追放モノや裏切モノなどが多くて、食傷気味だったが、今回はなかなか良かった」
「ありがとうございます」
魔王に褒められた側近が、頭を下げる。
「して、この気を失っている勇者は、いかがいたしましょうか?」
「エリクサーを持たせた上で、近くの森まで運んでおいてくれ。エリクサーは、楽しませてくれた礼だ」
「承知いたしました」
部下たちの継続的な仕込みによって、大体一週間ごとに新しい冒険者たちが、あの扉を開ける。
次の冒険者が待ち遠しい魔王であった。
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