NTRれた俺は月夜の晩に
間違えて連載版に掲載してしまったので短編に掲載し直しです
眼の前で恋人の瑛美がメソメソと泣いている。
その横では親友の門脇がうつむき加減でオロオロとしていた。
それを睥睨している俺は瑛美の狭いワンルームマンションの玄関口で靴も脱がずに突っ立っているところ。
「違うのっ、優平。これには理由があって……」
「すまない、國崎。責任は……」
「あ、ふたりとも待って。俺さ、そういうの要らないから。もうさ、見たまんまじゃん」
瑛美と門脇は仲良く二人で瑛美のベッドで仲睦まじく情事に励んでいらっしゃったことは明白。
つっか理由とか責任とか言う前に服を着たらどうなんだろうか。マッパであれこれ言われても門脇のブツより先にこっちが萎えてしまう。
いや、なんとなくは察していたからそこまで心理的ダメージを受けていないってだけでなんにも感じてないわけじゃない。ここ数ヶ月の瑛美の様子や門脇の言動を見てりゃなんとなく怪しいのは気づいていた。ただそれだけ。
『ああ。やっぱりな』って思いが7割、『すげームカつく』が2割ちょっと。残りの1割弱が『この状況どう収拾するんだよ』といった気持ち。
二人の姿を見ているとどんどんと状況の処理方法に思いが傾いていく。正直、瑛美に未練はない。浮気されたって時点で氷点下まで冷めていたし。門脇なんてまずどうでもいい。
「ま、ふたりとも適当にやってもらっていいから。ただ——俺には二度と近づくな。話題にもするな。共通の知人にもだ。分かったか?」
「「はい」」
仲良くふたりとも同時に頷いたのでそれを以て俺の話は終わりにする。こいつらとは縁がなかったし、俺の見る目もなかったということで終いにする。
瑛美の部屋を後にして、電車に乗って行きつけのカフェに向かおうとしたが、つい先だって瑛美といっしょに行ったばかりなのを思い出してやめた。
目的地を失った俺はそのまま電車に揺られ、海の近くの終着駅まで来てしまう。ここは初めて来た場所だった。
「なんだろ。恋人と友だちをいっぺんに失ってセンチメンタルな気分にでもなっているんだろうか」
思いの外自分自身混乱しているようで気持ちが上手く言い表せない。
浜に降りると足に砂がつくし、海にこれといった思い入れもないので、防波堤の隅っこに座ってぼーっと海を眺めていた。その間はたぶん何も考えていない。
「どうかされましたか?」
「え?」
「なんかもう2時間近くここに座ってピクリとも動かないので何かあったのかな、って思って声かけてみました」
「2時間……そんなにですか?」
声をかけてきたのはリネンのシャツに色褪せたデニムを合わせた、年の頃は俺とあまり変わらなそうな女性だった。
「予報だともうすぐ雨が降ってくるらしいのでここにはいられないと思うのですが」
「ああ、そう。雨ですか。まぁ、濡れてもどうでもいいんですけどね」
「なにか深いご事情でも?」
「深いも浅いもないですよ。親友と彼女が浮気していた現場を見てきたので少々落ち込んでいるっていったところなんでしょう」
人と話してやっと自分の気持がはっきりした。俺は彼女らの姿を見て落ち込んでいたみたいだったのだ。そう分かってしまうといきなり悲しい気持ちになってくるから不思議なものだ。
「あー降ってきちゃいましたね。あれ、意外と強い雨だ。あなた、とりあえずわたしのところに来てみたら?」
「あ、はい。ありがとうございます」
言われるがまま、彼女の後をついて一軒の平屋に入らせてもらう。
「呼んでおいてごめんね。ここは私の家じゃないんで碌なものは置いていないの。ペットボトルのお茶でいいかしら」
「いや、勝手に付いてきただけなのでお構いなく。あなたのお宅じゃないとしたら、誰か家主さんが?」
「ううん。ここは亡くなったおばあちゃんの家でね。誰も管理しないからわたしがたまに来て空気を入れ替えているだけなのよ」
「じゃあ俺は運がいいんですね。あのままだったら完全に雨に降られて濡鼠になっていたところでしょう」
雨はあっという間にポツポツからザーザーへと変化し、雷もゴロゴロと激しい。
「どうですか、話、しちゃいます?」
「話ってなんですか?」
「その友だちと恋人が浮気していたって話ですよ。なんの柵もない他人になら話しても何も問題ないじゃないですか。話してスッキリしちゃいましょうよ」
「それってあなたが俺の下世話な話が聞きたいだけですよね? まあ、いいですけど」
それから俺は真希子さん——彼女は石神真希子さんという——に俺たち3人の間にあったことを全部話してしまった。彼女の言う通り話してしまえば心のなかにあったもやもやは消えていた。
「優ちゃんはさ、大変だったよ。よく怒らずに我慢したと思う。わたしだったらひと暴れしている自信があるよ」
俺の名が優平なので、いきなりだけど優ちゃん呼びとなっていたが気にしないでおく。なにもない亡くなったおばあちゃんの家のハズなのにお酒だけは豊富にあったので俺の愚痴を肴に一杯引っ掛けているところだ。
「学生の頃と違って社会に出ると友人って少なくなるし、恋人だって出会いがないなんて話はよく聞くからね。一度に縁が2つも消えたと思うとショックかも知れないな」
「だよねー。でもいいじゃん。お陰でわたしとの縁が今ここに爆誕だよ。喜びなよ」
「そっすねー」
「なにそれ。ムカつく~。酒飲めコラ」
瑛美はどちらかと言うと大人しく清楚な感じの女性だったけど、眼の前にいる真希子さんは活発そう。その見た目は美人寄りの普通っていっていいんじゃないかと思う。酔って陽気な姿は可愛らしくもある。
「わたしもね。3ヶ月前くらいにカレシにフラれたの。もっと好きな子ができたって。ひどくない? 酷いよね。優ちゃんと同じだよ」
「だね。それは酷い。じゃ、その話を30分くらいに纏めて話してみようか」
「もうあんな男のことは忘れたからしらなーい。そんなことよりも優ちゃんの話をしてよ。お家はどこなのとか色々」
「え、まじで。俺んち来る気でしょ。べつにいいけど」
今日会ったばかりどころか、会って5時間くらいしか経っていないような気がするが真希子さんとはもう旧知の仲のような雰囲気である。全く知らない同士なので逆に何もかもをさらけ出すことが出来たのかもしれない。
少々人見知り気味の俺がこんなにも早く彼女と打ち解けられたのかはわからない。なんかシンパシーでも感じたのだろうか。ただ酔っ払っていたからって説もあるが。
「布団敷くのめんどい。優ちゃん、敷いて」
「えー、俺帰るし。そんなの自分でやりなよ」
「優ちゃん、田舎を舐めちゃいけないよ。終電はもうとっくに終わってるから帰れないよ」
「……まじかよ」
スマホで調べたら本当だった。タクシーで帰ると数万円は取られるみたいなので早々に諦めることにした。どうせ明日は日曜日で休みだから何も気にすることはないと思う。
それにしても見ず知らずの男をいきなりうら若き女性の家に泊めさせて大丈夫なんだろうか?
「歩いて10分弱のところにコンビニはあるから、ゴムは優ちゃんが買ってきてね」
「買ってくればしてもいいのか?」
「いいよ。優ちゃんだし。ほかの男じゃ雨に濡れていても声もかけないし家にも呼ばないし、部屋にも上がらせない。酒なんてもってのほかだよ。優ちゃんだからオッケーなんだよ」
「なんでそこまで?」
「びびびってきたから、かな。この感覚は間違いないって私の心がいっているのでそれに従うだけよん」
「ふーん、じゃぁ行ってくるわ。ほかに欲しいものは?」
「バニラアイス買ってきて。だから帰りは溶けないようにダッシュね」
「しないって」
午前中の出来事なんて完全に忘れていた。瑛美も門脇のことも一切アタマの片隅にもなくなっていた。
今俺の頭の中のすべてを占めているのは真希子のことだけ。
それがすべて。
この縁は大切にしないといけない。
そう俺の心がいっているので、従おうと思う。
雨はとっくに上がっていて、空にはきれいな月が輝いていた。