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小屋の近くは木が伐採されているので周辺の見通しが良い。
とはいえ、森の中であるというのは変わらないので、夜は目の前に広がる木々によって不気味な感じがある。
ニーレンは一人で温泉に浸かっていた。
マートルは、ちょっと離れたところで念の為に見張り役を買って出た。
「マートルさま、ノースポールの森というのはこの森と様子が違うのですか?」
見張りのマートルに声を掛けた。
マートルが後ろ向きのまま答える。
「この深淵の森の最深部の魔物があちらでは普通に森の入口辺りでも出くわすんだよ。」
「昼間のシシの魔物はマートルさまは食べたかったでしょうね。私達の簡易食ではお肉類を差し上げておりませんし。」
ニーレンがマートルの大きな身体を思い出した。
「アイスリンさまと合流すれば、それも叶うだろうから心配しなくても大丈夫だ。」
「そろそろ上がるだろう?湯あたりしては明日に差し障る。」
「私はもう少し離れているよ。」
マートルが気をきかせて、さらに距離を取って離れたところに移動した。
「では、お先に失礼します。」
ニーレンは見張りのマートルに声を掛けて温泉を上がった。
小屋に入って冷たい水を飲んで、マートルの分も用意しておく。
その後しばらくして、温泉から上がって小屋に戻って来たマートルにニーレンがグラスとピッチャーを渡した。
そのまま、ニーレンはマートルに断って先に休んだ。
朝から、フリージアはご機嫌だった。
今夜は遂にスリンに会えるかもしれないと思い、浮足立っていた。
「さあ、出発よ!」
フリージアが先頭を進もうとする。
「ジア、私の後ろを歩くんだよ。」
ネリネが杖を見せる。
「そうだったわ。」
ネリネとマートルが先頭で、その後をニーレンとフリージアで進んでいく。
小屋から遠ざかって行くほど、草深くなり足元の小石も大小バラバラなのがごろごろしていて歩きづらい。
「足元が不安定で歩きにくい〜。」
今までと違う初めての道にフリージアが苦戦する。
「そうですね、昨日と違って舗装されてないとこんなに違うんですね。」
ニーレンもバランスをとって必死で付いて行く。
木々の間隔も狭くなって陽の光が届きにくい。
「ノースポールの森はずっとこんな感じの道が続くの?」
フリージアが聞いた。
「そうだな、王都の森のように小屋などもそんなにないし、道も全く舗装されていないしこんな感じのイメージかな。」
「植物もこことは違うね。」
ネリネが話に加わった。
「ネリネさまは、うちになんの植物を採りに来られたんですか?」
「スノウドロップだよ。」
「ああ、森の入口付近に自生してますね。」
フリージアがニーレンの足元が覚束ないのを見てマートルに声を掛ける。
「マートルさま、ニーレンを背負ってくれる?」
ニーレンがグラグラしながら歩いている。
「ジアさま、私は大丈夫…」
「もちろんだよニーレン、遠慮はいらないから、ほら。」
マートルが背中を向けて屈む。
「ほら、マートルもこう言ってるし。」
「私もちょっと脚が疲れてきたよ。」
歩きにくい道にネリネも限界が来たようだった。
「お祖母さまも?どうしよう、マートルさま。」
マートルが少し思案して提案した。
「ではネリネさまを背負って、ニーレンを横抱きにしよう。」
マートルが屈んでネリネを背負う。
その後ニーレンを横抱きにした。
すごく頼りになる人だと3人は思った。
フリージアは軽い足取りで先頭を行く。
後ろからはマートルが背中にネリネ、前にニーレンを抱えて歩いてくる。
振り返ったフリージアを見てマートルが心配して声を掛ける。
「フリージアは、足は大丈夫か?」
「ありがとう、大丈夫。」
(いい人すぎる。私も足が痛いって言ったらどうするのかしら?)
先程よりもっと樹々が鬱蒼と茂り、急斜面に凹凸があって足元が斜めになったりしてバランスを崩しそうな道が続く。
目の前の景色が緑一色でずっと続いていく。
(そろそろ、しんどくなって来たわ。)
「お昼ごはんにしようかな?」
「休めるところはあるだろうか?」
「腰を下ろせるところはないわね。お祖母さま、ここで休むね。」
先を見ても普通に腰を下ろせそうなところはない。
マートルも少し休んだほうがいいだろう。
休憩と聞いて、マートルがニーレンとネリネを下ろした。
「ありがとうございました、マートルさま。」
「助かったよ、マートルさま。」
「さすがノースポールの森で魔物を討伐してるだけあるね。」
ネリネが自分の腰を叩いたり脚を揉んだりしている。
座りたくても座る場所もないが、マートルは立ったままでも休めるようで屈伸したり背伸びしたりして休憩を取っている。
片手で食べれるパンを早めに食べて昼食を終えた。
マートルが声を掛けた。
「そろそろ出立しよう。」
「森は暗くなるのが早いからね。」
ネリネが答えながらマートルの背後に回る。
マートルが、ネリネを背負ってニーレンを抱えて歩き出す。