16
次の日は朝早くから、フリージア達3人は出発した。
昨夜は、ワイバーン討伐を成し遂げたので気が緩んだのか、アイスリンとマートルとエリカはかなりお酒が入りまだ眠っていた。
アイスリンとマートルは自棄酒だったが本当のところは、夜中にお手洗いに起きたネリネしか知らない。
「お祖母さま、その杖の先を少しください。」
なんてことを言い出すのだ、と内心思ったが失恋で傷心中の可愛い孫のために、言葉を飲み込み杖を差し出す。
ナイフで少しだけ先を削る。
削ると香りが立つのだ。
ニーレンが小さめの器を用意する。
フリージアが器を受け取り聞いた。
「マートルのことはいいの?」
「はい、楽しかったです。」
ニーレンの目が少しだけ赤かった。
フリージアが芳香木を器に入れて小屋の前に置いておく。
これで魔物避けになるだろう。
匂いを消す為に、3人で昨日フリージアが仕留めた熊の魔物を川に落とした。
魚の魔物の餌になるだろう。
来た道とルートを変える。
川沿いの正規のルートより少し西側に進路を変えて進むと、王家の所有するルートがある。
隠れるように木製の大きな籠のような形の車が止まっている。
車輪に大きめのタランが埋め込まれている。
地脈には線路が埋め込まれていて、決められたルートを車が進んでいくのだ。
3人が車に乗り込む。
車の前の方にスイッチがありそれを押すと進み出す。
後は、家の前でスイッチを切ればいいだけだ。
この森だけではないが、要所要所に車が隠れるように置いてある。
王族しか本来は知らないルートになっている。
全てのルートは明かされていないが、フリージア達は森のルートは使うことが出来る。
この車を使えば、フリージアの家まで僅か1時間程度で着く。
「アイスリンどのは、どうやらエリカどのと政略結婚するようだったね。」
ネリネが労るように声を掛ける。
「お祖母さま、私……恋の一番美しく楽しい時を味わいましたから後悔はありません。」
「エリカよりもスリンの心の内側に触れましたから。」
「育った環境が複雑だと、こうも偏屈になって強がってしまって、しょうがないですね。」
ニーレンが横目でフリージアの表情を読もうとする。
「やめて、強がって悪い?今はほっといて。」
ちょっと鼻声だ。
「帰ったら、スイレン殿下のドレスに刺繍を施してくださいね。」
「わかってるって!バイオレットで染めた糸ででしょう。」
「フリージアさまの刺繍の腕は見事ですからね。」
「他国への献上品になるほどですから。」
「今度の晩餐会は他国の貴賓の方がいらっしゃるので我が国の良い宣伝になりますよ。」
「ネリネさまは、念の為に解毒剤を調合しておいてくださいね。」
フリージアには、この車に乗れることこそが王家の縛りだと思った。
一般には明かされていないこのルート。
これこそが手枷、足枷だろう。
王家の監視を受ける理由だ。
「スリンがエリカと婚姻しないなら、ノースポールに行きたかった〜!」
「そうでしょうね、強がってもそれが本音でしょうから。」
「次の恋もお付き合いしますから。ね、ネリネさま。」
「そうそう見届けるから、また振られておいで。」
「スリンさまあああ。」
そうこうしているうちに家に着いた。
車はスイッチを押すと勝手に森に戻っていった。
フリージアは帰宅早々に盥にお湯を張った。
昨日、小屋近くの川岸で採集した花の蕾が枯れる前に一仕事する。
染色用の手ぶくろをして優しく布を押して色を染めていく。
どんどん美しい色に染まっていく。
スリンがワイバーンを討伐した時の静かに燃えている瞳を思い出しながら、生地を優しく押して浸すのを繰り返す。
バイオレットに、昨日摘んだコバルトの花の蕾を混ぜて生地を染めていく。
ちょうどアイスリンの髪の色と同じだ。
(この生地の色なら、アイスリンの瞳と同じ透明度の高い水色の宝石を一緒に縫い込んでいこう……きっとアイスリンのように美しく仕上がるはず。)
次の恋は、貴族以外にするぞと心に決めて、スリンへの想いをひと刺しごと刺繍に込めようと誓った。