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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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同じ顔、同じ言葉、同じ化け物でしょう

 十月半ば、西アーカムの朝は、叩きつけるような雨と絶望的なニュースで始まった。

 大学の食堂やソーダファウンテンに置かれた新聞の一面には、黒々とした大見出しが躍っていた。


『全米チャイナタウン一斉捜査開始 ―― 西アーカムの戦慄、人肉食の饗宴を暴く』


 数ヶ月前、この街のチャイナタウンが「抗争」の結果として更地になった際、当局と一部の有力者が口を噤んでいた禁忌の事実が、ついにリークされたのだ。


 踏み込んだ警察官が見た、人間を家畜のように扱い、調理して提供していた店の凄惨な記録。

 それが全米に拡散された瞬間、アメリカ社会に渦巻いていた「東洋人への不気味な不信感」は、制御不能な「憎悪」へと変貌した。


---


「……これ、見てください。最悪だ」


 カニンガム教授の研究室に、顔を真っ青にしたアーサーが駆け込んできた。

 彼の手にあるのは、大衆紙だけでなく、彼が好むオカルト雑誌の増刊号だ。

 そこには悪意に満ちた憶測が書き殴られている。


「全米で消えた日本人の行方……その一部はチャイナタウンの地下で『食料』として消費されたのではないか、なんて説が真面目に語られ始めています。

 少し前の僕なら日本人を街で見ない事もあって信じたのでしょうね。

 でも、これには吐き気がする。……あまりに非人道的だ」


 アーサーが広げた新聞には、怒り狂った群衆が他都市のチャイナタウンを包囲している写真が載っていた。


 カニンガム教授は、深く沈み込むように椅子に座り、パイプの煙を吐き出した。

 隠す必要のなくなった惨劇の真実を、彼は静かに、しかし重苦しい口調で語り始めた。


「……西アーカムのチャイナタウンが消えた本当の理由は、あの店だけではない。

 抗争の鎮圧時、警察は『違い』を理解しようとしなかった。

 人肉を食らう異常な連中と、ただの善良……まあ、トン・ウォーズとかあったから善良とは言い切れない移住民……その区別がつかない恐怖が、あの街の女子供を含む全員を皆殺しにさせ、街ごと灰にしたのだ」


 教授はかつて警察に「人肉食はごく一部の文化だ」と進言した際の、冷淡な返答を思い出し、自嘲気味に笑った。


『連中に違いなんてあるんですか? 同じ顔、同じ言葉、同じ化け物でしょう』と。

 その場にいた○○○、ヒナタ、カイは、一様に沈黙した。


 ヒナタやカイたちは日本人であり、そもそも人間ですらない。

 記事では見分けがつかない事を利用して殺された被害者として同情的だが、地上の人間から見れば日本人たちは「いつか人を食うかもしれない気味の悪い東洋人」という括りでしかないのではないか?


「……ヒナタと○○○が卒業したら一緒にリュウグウに引っ越せないかな……」


 カイが、絞り出すように呟いた。

 この地上の冷気が強まれば強まるほど、深海の暗闇にある楽園だけが、唯一の救いに感じられた。


 そんな折、窓の外から微かな振動が伝わってきた。

 ヒナタがハッとして窓の外、荒れる海の方を向く。


「……リュウグウから。ワダツミのメッセンジャーが、返事を持ってきたって」


 地上に吹き荒れる憎悪の嵐をよそに、深海では二つの海を繋ぐ新たな計画が動き出そうとしていた。


---


 ヒナタが受信した思念は、荒れ狂う十月の海を越え、リュウグウの評議会から届けられた「ワダツミ」との合意内容だった。

 カニンガム教授の研究室で、ヒナタがその内容を地図の上に指し示しながら説明を始める。


「……ワダツミからの提案は、単なる交易じゃないみたい。

 彼らは、太平洋と大西洋を繋ぐ『深海の回廊』を、もっと強固なものにしたいと考えてる」

「回廊だと? この広大なアメリカ大陸の地下を通るわけにもいかんだろう」


 教授が眉をひそめると、ヒナタは首を振って南米大陸の方を指した。


「南を回るんです。でも、あまりに距離が長すぎて、今のままじゃメッセンジャーの負担が大きすぎる。

 だから……パナマの遥か南、チリ沖の海底火山群の近くに、新しい中継都市を築く計画が進んでる。名前は『アメノウズメ』にする予定だって」

「海底火山……。地熱発電が出来る所以外に建てたくないよな。」


 ○○○が感心したように頷くと、アーサーが食い入るように地図を覗き込んだ。


「素晴らしい! まさか、海底にそんな一大ネットワークが築かれようとしているなんて。

……ああ、建設現場を見に行けたなら……!」

「アーサー君。君は本当に、この状況を楽しんでいるな……」


 教授が呆れたように笑ったが、アーサーの目は真剣だった。

 地上のチャイナタウンで起きた惨劇を知り、彼は「人間が人間を信じられない世界」から目を背けるように、この深海の開拓という純粋なフロンティアにのめり込んでいた。


 ワダツミ側からの要望は具体的だった。

 あちらは沈没船から引き上げた金塊や貴金属は腐るほどあるが、何より「情報」に飢えている。

 

「地上で今、どんな映画が流行っているか。どんな音楽が流れているか。

 そして……自分たちの同胞が、地上でどんな扱いを受けているか。それを知りたがってる」


 ヒナタの言葉に、部屋の中が少し静かになった。

 アーサーは自分の持ってきた「チャイナタウンの惨状」を記した新聞を見つめ、少し震える声で言った。


「……最新のレコードや雑誌は、僕が用意します。でも、地上の『憎悪』についてのニュースは……。

 彼ら自身は憎まれてなく、中国人に皆殺しにされたと同情的に見られてるとはいえ、少し選んで伝えてあげたいな。

 せっかく海底に楽園を作ったのに、地上に絶望してほしくない」


 西アーカムの秋の夜。地上では排斥と恐怖の嵐が吹き荒れているが、深海では新しい希望の種が、火山の熱を借りて芽吹こうとしていた。


---


「ワダツミ」への物資補給をどうするか――その方法について、アーサーは当初、自信満々に提案した。


「ボストンにある本家の海運会社を使いましょう! 従兄に頼んで、特定の座標で積み荷を『事故』に見せかけて投棄させれば、容易く彼らに届けられます」

「……待ちたまえ、ペンドルトン君」


 カニンガム教授が、冷徹な声でそれを遮った。


「君の従兄は、深海の住人のために無償で動く聖人かね? 違うだろう。

もし『海の下に自分たちの文明を上回る資源や技術を持つ集団がいる』と知れば、彼は間違いなく、その海域を独占し、彼らを搾取する算段を立てるはずだ」

「あ……」


 アーサーは言葉を詰まらせた。

自分の親族が、目の前のヒナタやカイたちを「ビジネスの対象」としてしか見ないであろう冷酷な現実を、突きつけられたのだ。


「地上のツテを使うのはリスクが高すぎる。

……結局、一番確実なのは、彼ら自身の力を使うことだ」


 教授の視線の先で、ヒナタとカイが頷いた。

 ワダツミとの連絡が取れた以上、リュウグウの住人たちが「運び屋」として太平洋から大西洋へ、再びあの広大な距離を泳ぎ抜く覚悟を決めていた。


「バニラエッセンスやレコード、雑誌……。

壊れないように防水処理をして、彼らが直接背負って運ぶ。

重労働だが、人間の目に触れるリスクを考えれば、それが一番安全だよ」


 ○○○が、アーサーの集めてきた最新のレコードや資料を、リュウグウの技術で開発された頑丈な耐圧ケースに詰め込んでいく。


「……僕にできるのは、これらを買い揃えることだけなんですね」


 アーサーは少し寂しげに呟いたが、すぐに表情を引き締めた。


「分かりました。僕の金が、彼らの『足』で運ばれる情報の対価になるなら本望です。

……ワダツミへの手紙には、地上での日本人の扱いは『悲劇の被害者』として同情されていること、そして、彼らの生存を信じて支援し続けている『我々』がいることを、必ず書いておきます」


 十月の終わり、ハロウィンの喧騒が近づく中。

 西アーカムの暗い海中を、数人の屈強なリュウグウの住人たちが、最新の文化を詰め込んだケースを背負い、静かに、しかし力強く大西洋へと向かって泳ぎだした。


---


 ハロウィン当日。西アーカムの街は、例年以上の殺伐とした熱気に包まれていた。

 チャイナタウンの一斉捜査と凄惨な報道は、西アーカムの中国人は既に皆殺しにされているという事実もあり、西アーカム人々の心には特に何の影響も無かった。

 そして、血気盛んな若者たちは、去年の失態を忘れてはいなかった。


「去年の『カボチャの亡霊』が何だってんだ!

  幽霊だろうが怪物だろうが、大勢で囲んでショットガンをぶち込んでって……重武装のイカれ警察はどうする?」

「死にたいなら好きにしな、あいつら撃ってから制止してくるんだぜ?」


 そんな声がソーダファウンテンや裏路地で囁かれる中、いつもの理髪店の地下「スピークイージー」には、昨年と同じ顔ぶれが揃っていた。


 三つの組織の代表たちは、もはや「依頼」というより「神頼み」に近い顔で、テーブルに札束を積んだ。


「今年もジャック・ザ・カウボーイを頼む。連中は去年から反省してないようだからな。

またお仕置きしてやってくれ」


 カニンガム教授はパイプを燻らせ、隣に座るヒナタを見た。

ヒナタはすでに、汚れ加工を施したカウボーイのコスチュームに黒マントと、手入れの行き届いた数本の「投げ縄」を準備していた。


「……ヒナタ君。今年もよろしく頼むよ」

「了解です、教授。」


 ヒナタの背後で、髪に擬態した触手が器用に縄を編み直している。


 作戦は去年と同じ「追い込み漁」。○○○とマフィアの用心棒たちが暴徒を袋小路へ誘い込み、そこを「怪人」が仕留める。だが、今年のヒナタは一味違った。


---


 ハロウィンの夜。霧が立ち込めると同時に、狂乱が始まった。

 一部の暴徒が大学の貯蔵庫や寄宿舎へ向かおうとしたその時だ。


「Heeeeeee—haaaaaw!!」


 霧の彼方から、あの耳をつんざくようなカウボーイの叫び声が響き渡った。

 

「出たな、化け物め! 構えろ!」

 暴徒たちがブラックジャックを構えようとした瞬間、彼らの背後から縄が伸び、四人が絡め取られて霧の中に消えた。

 

 魔術の霧で方向感覚を狂わせたのだ。暴徒たちは怪人を捉えられずに、次々と街路樹等の頂点へと吊り下げられていく。


「去年より数が多いね。……でも、逃さないよ」


 ジャック・オー・ランタンの面から緑の炎を噴き上げ、ヒナタは重力を無視して壁を駆け上がる。


 暴徒たちが「返り討ち」にしようと固まって行動していたが、一撃も浴びせる事も出来ずに全員揃って教会の尖塔や電信柱の先端に「装飾」として固定されていった。


 翌朝。

 西アーカムの住民たちが目にしたのは、去年を遥かに上回る数の「生きた吊るし飾り」だった。


 メインストリートの街路樹は、まるで蔦に巻かれた果実のように、縛り上げられた若者たちで埋め尽くされている。

 彼らは一様に「もう二度とハロウィンなんてやらない」と泣きべそをかいていた。


---


 同時刻、理髪店の地下。


 ヒナタは報酬の札束をカバンに詰め、○○○と教授と共に、出来立てのパンプキン・ブランデー「ジャック・ザ・カウボーイ」で乾杯していた。


「お疲れ様。……今年もありがとう」


 ○○○の言葉に、ヒナタは満足げに頷いた。

Q.トン・ウォーズって何?


A.1920年代に起きたチャイニーズマフィア同士による抗争です。(史実)

中国系移民同士で凄惨な殺し合いをしてアメリカ人をドン引きさせてました。

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