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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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離してあげる気は無いからね

 七月中旬、西アーカムは暴力的なまでの猛暑に焼き尽くされていた。

 ミスカトニック大学のレンガ造りの校舎は熱を蓄え、夜になっても室温は下がらない。カニンガム教授の研究室では、扇風機が唸りを上げて生温い空気をかき回していたが、書類を押さえる文鎮が熱を帯びるほどだった。


「……もう駄目。溶ける。地上は空気が熱すぎて、肺が焼けそう」


 カイは机の上に突っ伏し、氷嚢を頭に乗せて力なく呻いた。傍らではヒナタが、氷を入れたバケツに足を突っ込みながら、うちわを力なく動かしている。


「……そうだ、荷物を届けるついでに海底都市に行こう!」


 カイが、汗ばんだ顔を上げて提案した。


「あそこは三千メートルの海水に囲まれてるから、地熱はあるけど管理されてて一年中涼しいよ。最新の雑誌やソーダファウンテン用に炭酸ガスとシロップを届けて欲しいって頼まれてるし、避暑には最高だと思うけど」

「……深海か。確かに、この茹だるような西アーカムよりはマシだろうね」


 カニンガム教授がハンカチで額を拭いながら身を起こした。


「だが、新調した調査船を動かすには、燃料の手配やカモフラージュの書類作成に時間がかかる。今の私には、その事務作業に耐える体力がない」

「それなら、以前使っていたあの漁船を使えばいい」


 いつの間にか研究室に現れていたコーエン教授が、目を輝かせて言った。


「海洋生物学研究室の倉庫で眠っている旧式の漁船だ。ボロだが、あれなら大学の備品として自由に動かせる。……ヒナタ君、カイ君。君たちの魔術で、あれを『潜水艇』に仕立て直すことは可能かね?」

「いいよ。水圧を逃がす歪曲の刻印と、酸素供給の結界を張れば、形なんてなんでもいいし」


 カイの言葉に、計画は即座に決まった。

 その夜、港の隅に係留されていたボロ漁船には、異様な光景が広がっていた。

 ヒナタとカイがチョークで甲板に複雑な幾何学模様を描き込み、古びた船体に魔術的な補強を施していく。見た目は相変わらずペンキの剥げた老朽船だが、その内側には三千メートルの水圧を「無視」するための強固な神秘が組み込まれていった。


「よし、これで大丈夫。……○○○、船室に炭酸ガスのボンベとシロップの瓶を積み込んで。あっちの連中、ソーダファウンテンを自作したはいいけど、肝心のガスとシロップがなくて困ってるんだって」


 ○○○は、重いボンベを担ぎながら船に乗り込んだ。

 狂ったような夏の暑さから逃れるため、そして未知の「青い楽園」をその目で確かめるため。

 魔改造を施されたボロ漁船は、月明かりの下、静かに波紋を描いて港を出た。


---


 西アーカムの灯りが水平線の彼方に消え、船が十分な深さのある海域に達した。夜の海は鏡のように静まり返り、月光を浴びて黒々とうねっている。


「……じゃあ、始めるよ。みんな、しっかり捕まってて」


 カイが甲板の中央に立ち、短く呪文を唱えた。ヒナタが呼応するように舷側に手を触れると、船体に描かれた幾何学模様が、呼吸するように淡い青色の光を放ち始める。

 次の瞬間、ボロ漁船を包み込むように薄い光の膜――「結界」が展開された。


「潜航開始!」


 カイの合図とともに、船体は傾くこともなく、エレベーターのように静かに沈み始めた。

 海面が頭上へと遠ざかり、船室の窓の外はすぐに深い群青色、そして完全な漆黒へと塗りつぶされていく。通常なら数百度の圧力で船体が悲鳴を上げるはずだが、ヒナタとカイの魔術によって「水圧」そのものが船を避けていくため、内部は驚くほど静かだ。


「……素晴らしい! 見たまえ○○○君、カニンガム君! あれが発光クラゲの群れだ。地上の図鑑には載っていない、新種かもしれんぞ!」


 コーエン教授は、鼻先を窓ガラスに押し付け、子供のように興奮して叫んでいる。暗黒の窓の外には、時折、自ら光を放つ異形の魚や、長い触手を持った発光生物が、魔術の光に引き寄せられるように船の側を通り過ぎていく。


「教授、落ち着いてください。窓が曇りますよ」


 ○○○が苦笑しながら宥めるが、正直なところ自分も胸の高鳴りを抑えきれなかった。

 窓の外は零度に近い極寒のはずだが、船内は結界のおかげで、西アーカムの猛暑が嘘のように涼しく、快適な温度に保たれている。


「あと少しで、海底火山が見えてくるはずだよ」


 カイが窓の外を指差した。

 漆黒の底から、次第に鈍い赤色と、人工的な白色の光が混ざり合った「何か」が見え始めていた。三千メートルの海底に咲いた、不夜城のような光の粒。

 ボロ漁船は水圧の壁を突き抜け、ついに禁断の深海都市へとその機首を向けた。


---


 漆黒の海に、突如として巨大な「光の山」が現れた。

 それは、複数の巨大なガラスドームが連結された、深海の不夜城だった。カスケード沈み込み帯から噴き出す熱水が、ドームの周囲でゆらゆらと陽炎のように揺らめき、その光を乱反射させている。


「……信じられん。三千メートルの底に、これほどの建造物を……」


 コーエン教授が溜息とともに漏らした言葉は、その場にいた全員の気持ちを代弁していた。

 ボロ漁船は、街の外郭を構成する巨大な沈没船へと近づいていく。その船体には魔術的に補強された巨大なハッチが後付けされており、そこが海底都市の「玄関口」だった。

 ヒナタとカイが巧みに魔力で開いたハッチの中に船を誘導すると、中に入った事を確認出来たらしくハッチが閉まり、水が抜けていく。

水位が下がり、金属製の桟橋が現れるとヒナタが慣れた手付きで桟橋に漁船をロープで固定した。


「ドッキング完了。……さあ、降りて。地上の暑さなんて忘れるよ」


 海底都市内部に繋がるハッチが開き、○○○たちが一歩足を踏み出すと、そこには奇妙な「生活の匂い」が充満していた。

 海底火山特有のわずかな硫黄の香りと、潮の匂い。そして、どこかの家庭から漂ってくる醤油の焦げた香りと、スピーカーから流れるノイズ混じりの日本の古い歌謡曲。


「ようこそ、海底都市「リュウグウ」へ。……おっと、お出迎えだね」


 通路の先から、十数人の若者たちが駆け寄ってきた。皆、ヒナタやカイと同じように、どこか中性的な美しさを湛えたティーンエイジャーの姿をしている。だが、その瞳には長い年月を生き抜いてきたような、独特の落ち着きがあった。


「カイ! ヒナタ! 待ってたよ! ちゃんと『あれ』、持ってきてくれた?」

「ああ、バッチリだよ。雑誌も、ガスも、シロップもね」


 カイが胸を張って答えると、住人たちの間に歓声が上がった。

 ○○○が辺りを見渡すと、ドームの天井は高く、見上げるほど巨大なガラスの向こう側には、時折深海魚の巨大な影が横切っていく。

 街の建築物は、沈没船の鉄板を剥がして加工した「ブリキの家」と、魔術で作られた透明な回廊が複雑に組み合わさり、退廃的でありながらどこか温かい、不思議な調和を保っていた。


「……ここは、時間が止まっているみたいだな」


 カニンガム教授が感心したように、手製の街灯――✕✕✕製の電球がつぎはぎの笠に収まったもの――を見上げた。


「さあ、立ち話もなんだし、さっそくソーダファウンテンを動かそうよ! 暑い地上から来たお客さんには、とびきり冷たいやつが必要でしょ?」


 住人の一人が笑いながら○○○の腕を引き、街の中心部へと誘った。

 アーカムの猛暑を忘れさせる、深海の祝祭が始まろうとしていた。


---


 ドームの中心部にある広場には、沈没船の真鍮製パイプやバルブを器用に組み合わせて作られた、いかにも手製らしい「ソーダファウンテン」が鎮座していた。

 ○○○が担いできた炭酸ガスボンベが接続され、ヒナタがいくつものシロップ・ポンプ・ディスペンサーを並べると、周囲に集まった住人たちから感嘆の声が漏れる。


「よし、いくよ……!」


 店員がレバーを引くと、シュワシュワという心地よい音と共に、炭酸水がグラスに満たされる。そのまま客の注文に合わせてシロップを注ぎ、氷を追加してステアする。

 リュウグウ産の深海水から作られた冷水と、西アーカムから届いたシロップ、そして本物の炭酸。

差し出されたグラスを受け取った○○○が一口飲むと、弾ける刺激と濃厚な甘みが、猛暑で麻痺していた脳を心地よく叩き起こした。


「……美味い。地上で飲むよりずっと冷たく感じる」

「そりゃそうさ。このサーバーの冷却部、ドームのすぐ外の冷たい海水に直接触れるように設計されてるんだから」


 住人の一人が誇らしげに笑う。地上の娯楽と深海の人々の努力が、この一杯のソーダの中で完璧に融合していた。

 広場の隅では、届けられたばかりの新聞や雑誌、漫画を、若者たちが頭を寄せ合って貪るように読み耽っている。

最新の流行、野球の結果、見たこともない広告。彼らは久しぶりに文明人に戻れた気がした。


 やがて、広場の中央にある長机に、リュウグウの住人たちが腕を振るった料理が並べられ始めた。

 熱水鉱床のミネラルで育ったという肉厚な海藻のサラダ、香ばしい焼き魚、そして、日本から届けられ、海底都市で育てた米を精米して炊いた白米。


「醤油が出来れば、これでもっと美味しくなるね」とヒナタが笑い、教授たちもフォークを休めることなく動かしていた。


 見上げれば、巨大なガラスドームの向こう側には、どこまでも深い闇と、時折横切る潜水艦のような深海魚の影。

 だが、ドームの内側は、✕✕✕の電球が放つ温かい光と、ソーダの泡が弾ける音、そして若者たちの笑い声に満ちている。


「……ねえ、○○○。お酒も出るらしいし、後でヒナタも交えて一緒に飲もうよ」


 カイが、ソーダのグラスを掲げながら隣で囁いた。

 窓の向こうの暗黒とは対照的な、この眩いばかりの安らぎ。それは、社会の底辺に追いやられた人々が、深海という極限の地に見出した「自由」の形だった。


 西アーカムを焼き尽くす猛暑のことなど、今はもう誰も覚えていない。

 三千メートルの静寂の中で、彼らはただ、届いたばかりの雑誌をめくり、冷たいソーダを飲み、ささやかで贅沢な夏の夜を楽しんでいた。


---


 翌朝、海底都市の宿の一室で○○○はひどい頭痛と、もっとひどい現実に直面した。

 同じベッドに少女の姿をしたヒナタとカイが裸で入っている。夜から何があったのかは彼自身、はっきりと覚えている。

 

「おはよう。水はいる?」

「いる……」

 

 酔った勢いでカイとも行く所まで行ってしまった。

 ベッドの中から触手で水入りのコップを持って来るヒナタを見ながら自らの行いに頭を抱えた。

 

「……昨日はその……すまない……」

「良いよ○○○なら。カイも私もそのつもりだったし」

「凄かった……これからは私の事もよろしくね……」

 

 何故かヒナタが二股を容認してきたが、喜ぶ気にならない。浮気したような物だ。

 

「浮気したような物じゃ━━━

 

 二人に唇を重ねて抱きしめられる。それ以上言わせるつもりは無かったらしい。

 呆けた顔をしているとカイが口を開いた。

 

「始めて君に会った時から気に入ってたし、ヒナタに君との馴れ初めの記憶を追体験させて貰ってもっと好きになっちゃったんだ。

 ……君がヒナタを見る目が大好き。それに、ヒナタも私を巻き込むつもりだった。

 ……私、好いてないやつと同棲できる訳じゃないんだよ?

 離してあげる気は無いからね」

 

 返答を待たずに再び二人から唇を重ねてきつく抱きしめられる。何を考えられないまま、二人のなすがまま、キスマークを全身にいくつも付けられていた。

ヒナタやカイの恋愛観は神話生物感を出す為に重婚バッチコイな感じになりました。倫理観は投げ捨てる物……

何で深きものは一夫一妻を守ってたんだろう?

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